第69話 動き出す刻
眠い眼をこすりながら、
「あら、雄也おはよう。休みなのに早いのね」
「母さん、おはようー」
「朝ご飯、パンとスクランブルエッグ、ウインナーでいい?」
「あ、ありがとう、お願い」
母親の言葉に相槌を打ち、食堂の椅子に座る雄也。そして、おもむろにTVを点ける。朝のニュースが気になっていたからだ。
「速報です! アラタミヤ町で、先日より行方不明になっていた、
「な!?」
雄也は思わず椅子から転げ落ちそうになった。
「あら、行方不明事件の子供達見つかったのね! 犯人は捕まっていないようだけど、よかったわねー皆無事で!」
雄也の母親がキッチンでスクランブルエッグを作りながら、TVの速報に耳を傾けていた。
「母さん、行方不明事件があってたの……覚えてるの?」
「雄也、何おかしな事言ってるの? 覚えてるも何も、町中その話題で持ち切りだったじゃない?」
出来た雄也の朝食を食卓へ並べつつ、雄也の母が当たり前のように雄也へ告げた。
「そう……だよね……」
おかしい……優斗と一緒にあの時助けた女の子……確かにミズハラマリネという名前だった。それは優斗から聞いていたので間違いない。問題は、雄也達が助けていない、残りの子供達まで見つかっている、という事……さらには行方不明事件をニュースが取り上げていて、自身の母が
「雄也、何朝から真剣な顔してるの? まだ犯人捕まってないなら出掛ける時は気をつけなさいよ?」
母が心配そうな面持ちで雄也を覗き込む。雄也の母は何かと心配症だ。
「ああ、わかってるよ。てか、もう高校生なんだから心配せんでいいよ」
スクランブルエッグを食べながら雄也が母に返答する。
「だって、雄也、ついこの間も和馬君と
「いやいや、大丈夫だっ……ん? 母さん、今何て言った?」
今さらっととんでもない発言を母がしたような気がして思わず雄也は聞き返した。
「え? だから神社に出掛ける時は気をつけてって……」
「いや、その前!」
「え? 和馬君と
「そう、それだよ!」
どうやら、色々大変な事になっているらしい……雄也は朝ご飯を慌てて食べ、スマフォを手に取った。
『優斗……優斗……』
「ん……嗚呼、ルナティか……」
語りかけるような声に優斗はうっすら目を開ける。目の前にいつものレオタード風の格好をしたルナティの姿があった。
『おはよう、優斗。こないだは助けてくれてありがとうね』
「いいよ別に。ルナティが助かったんなら俺はよかったよ」
『私も優斗とひとつに慣れて本当よかったわ。今優斗の温もりを感じられて……私幸せよ』
「そうだ、それだよルナティ、ひとつになる
『そう言いながら、私の下着と自分の女性姿に興奮してたじゃない? 嬉しいわー。まるで優斗が私で興奮してくれてるみたいで』
「ちょ、あれは……てか女性の裸見てしまったら、こ、興奮するだろ?」
ルナティの言葉に慌てて弁解する優斗。
『でも、その身体、様になってるわよ? 私の美貌には負けるけど、美人よー、優希ちゃん?』
そう言われて初めて優斗は自分の身体を見る。優斗の身体は何も
「ちょ、な、何で? ルナティ戻ったんじゃないの?」
『私と優斗はずっと一緒よ?』
そうルナティが告げると、ルナティの身体がゆっくり優斗の身体に近づき、優斗の女性姿な身体に吸い込まれるように消えていった。そして、優斗の身体が桃色の光を放ち始める……。
ブーー、ブーー、ブーー!――
――!?
「ん……んん……」
ベットの横に置かれていた
「嗚呼ー、夢か……よく寝た……」
どうやら夢を見ていたらしい。朝からとんでもない夢を見たものだ。優斗は目をこすりながら、自分の部屋を見渡す。見慣れた部屋、本棚には漫画とラノベグッズ、壁にはアニメのポスター……そして、その横にかかった茶色い女性用のブレザーにカッターと赤いリボンが……。
「ん?……んん!?」
ベットから飛び起きる優斗! なぜアラタミヤ高校の女性用制服がかかってるんだ!? それに、ベットから飛び降りた時に、何か胸に重みを感じた。何かがぷるんと揺れた感覚に、思わず胸のあたりを触ってみる優斗……。
「え……げぇええええええ!?」
馬鹿な!? 夢じゃない!? 自分の身体を見つめる優斗……それは今まで夢の国で見て来た、ルナティと融合した優希ちゃんの身体そのものだった。俗に言うTSというやつだ。そっと下半身の大事なところに手をあててみる……。
「ない……俺のアイデンティティーが……
泣きそうになりながら、机の横にあった鏡で自分の顔を見る。サラサラのブロンズヘアーに長い睫毛、金色の瞳、もちもちとした肌にぷるんとした唇……自分の顔とはにわかに信じ難い可愛らしく美しい顔にゴクリと喉を鳴らす優斗。
「いや、てか何で戻ってないん? しかも、女子の制服かかってるし……」
そして、優斗は気づいてしまった。Tシャツの下に履いているものが、今まさにスカートだったのである。そっとめくってみると、ピンクの表面積が小さいパンツが見え隠れしていた。そのまま慌てて洋服タンスを開けてみる。
「きゃあああああああ」
思わず女の子のような悲鳴をあげる優斗。いや、今の姿はまさしく女の子なんだが……。そう、タンスの中身は、優斗が愛用していたTシャツ以外は女の子の下着やワンピース、スカートなどの
「優希! 起きたの? 悲鳴が聞こえたけど大丈夫?」
え、このタイミングで母親の声!? 部屋の外から母の声がした。いつも仕事で忙しいから朝家に居ない事が多いにもかかわらず、なぜこの日に限って家に居るんだよ、と嘆く優斗。いや、待て……今なんて言った?
「母さん、大丈夫だから! てか、俺……優斗だよね?」
「朝から何からかってるの? 優斗は貴方がもし男の子だったら母さんがつけようとしていた名前でしょ?」
ガチャリと扉を開けた優斗の母親は、女性姿になっている息子に驚きもせずに返答する。
「そ、そんな……」
「どうしたの? 今日の優希……何か変よ? それより、朝ご飯作ってるから食べておいて。行方不明事件の子供達が四名全員見つかったみたいだから、母さん今から中継に向かうわね。水霊の森周辺は犯人が見つかっていないようで厳戒態勢みたいだから、気をつけるのよ?」
行方不明事件の子供が全員発見!? あまりにも色々な出来事が同時に起こり過ぎていて、優斗の頭はパンクしかけていた……ふと、優斗の脳裏に
「これも……
優斗が考えを巡らせつつ部屋を出ると、母親が玄関の扉を開ける所だった。同時に家のインターホンが鳴る。
ピンポーン――
「あら?
「おはようございます、おばさま! 優斗……じゃなかった、優希居ます?」
幼馴染の美優らしき声がして、慌てて部屋に隠れる優斗。
――こんな女性の姿なんて見せられないし……あ、でも元々優希だった事になってるのか……ん? でも、今
美優の発言に思わず反応する優斗。
「ええ、居るわよ。
「分かりましたー! あいつ……じゃなかった、あの子の事は私が一番分かってるつもりですから、任せて下さい!」
「ありがとう美優ちゃん、じゃあおばさん行って来るわね」
「はーい、行ってらっしゃーい」
そのまま優斗の母が車に乗って出ていく姿を見送った後、家にあがりこみ、優斗の部屋の前に立つ美優。
「……優斗……居るんだよね? 出て来なさい!」
コンコン! とノックをする
「コホッコホッ、すいません、今日は調子が悪いので帰っていただけるとありがたいです……」
扉を閉めたまま、丁重にお断りするかのように帰ってもらおうとする優斗。
「いやいや、
「いや、何の事でしょう?」
扉ごしに会話をする二人。
「その声の高さ……本当に女の子になっちゃったの? パパに今朝『今日も
最後の方は泣きそうな声に聞こえた。
「……え、誰?」
「いやいや、今美優自分で言ったやん? 優斗だよ、優斗! 姿は優希だけど、優斗だから!」
その瞬間、美優の顔が優希の胸へと近づき、ゆっくりと柔らかなクッションの中へと埋もれていった。
「その口調……やっぱり優斗だ……この胸が大きいのが女として凄く悔しいけど……本当に優斗なんだね……」
目尻から落ちる雫をそっと拭い、美優が笑顔になる。
「……てか、何で美優だけ記憶が残ってるん?」
「そんなの……私が聞きたいわよ!」
そこに優斗のスマフォに電話がかかってくる。『
「あ、和馬? おはよう」
『おはよう、じゃねーよ。なんで優斗が優希のままなんだよ。雄也に聞いてびっくりしたじゃねーか』
「そんなのこっちが聞きたいよ」
『とりあえず、昼十三時に神社へ集合して欲しいと、雄也へ連絡があったそうだ。優斗……いや今は優希なのか? 嗚呼もう、ややこしいな! とにかく一緒に来てくれ」
「おーけー、わかった」
『じゃあな!』
電話を切る優斗を満面の笑顔で見つめる女の子が目の前に居た。
「
「で、ですよねー」
幼馴染の笑顔に苦笑いするしかない優希ちゃんなのである――
★★★
「支配人、短い間だったけど、お世話になりました!」
雄也達が人間界へと戻る少し前、ウインクがカジノ&バー『プレミアム』入口の前で支配人であるプレミオ・オードブルへ挨拶をしていた。
「世話になったね、ウインク。無事に翼が戻ったみたいでよかったよ」
ウインクに笑いかける支配人。
「いえいえ、こちらこそ。それに支配人、こんなにもらっていいの?」
袋の中には十枚近い金貨と数十枚の銀貨が入っていた。
「
リリスが潜入していた事も、どうやら支配人の耳に入っていたようだ。
「ありがとう、支配人! また遊びに来るわね!」
「おう! いつでもおいで。あとあの銀髪メイドさん、あの娘もディーラーの才能あるから連れて来てくれ!」
「え、ああ、レイアの事ね、本人に伝えとくわ」
ウインクは、天使のような翼を羽ばたかせ、空へと舞い上がって行ったのである。
「生きなさいな……ウインク」
小さくなっていくウインクを支配人は目を細め、最後まで見送るのだった。
和馬達が人間界へ還るのを見届け、
「やっぱり飛んで行くのは気持ちいいわね」
肌に触れる風に心地よさを感じながら、村へ急ぐウインク。三ヶ月近くになるだろうか? 村を離れて少し経ってしまったので、皆きっと心配しているだろう。それに、早く家にある
山を越え、だんだんと村が見えて来た。いつもと変わらぬ家、よく見ると所々から煙のようなものがあがっている。村の家々が見えて来るとなぜか崩れているような……そう見えてならない……。
「え!? 何……これ?」
村の丸太や木々で出来た家が全て崩れてしまっているのだ。屋根が吹き飛び、吹き抜けとなった家、炭となり、真っ黒に焼け落ちた家だったものの残骸……瓦礫の山が残った惨状……血が固まり黒くなった後も所々に見える。
「どうなってるの!? 誰か!? パパ? ママ!?」
瓦礫の隙間から焼け残った獣の……腕だけが見える。ウインクがそっと近づくと誰のものか最早分からない兎のような獣妖精の腕が崩れ落ちる。
「そんな……私の家は!?」
慌てて自分の家へと向かうウインク! どうか……どうか!? しかし、家があった場所には吹き飛んだ屋根と崩れ落ちた壁が瓦礫と化し、山となった家の跡があった。
「酷い……誰が……こんな……!?」
寝室のベットらしきものが残っており、ベットの下に隠してあった使役具であるイヤリングを取るウインク。しかし、父と母の姿は残念ながらそこにはなく……。
「誰よ!?……こんな事したの!?」
ウインクが止めどなく溢れる涙そのままに、空へ向かって叫ぶ!
――そこに、誰か居るん!?
ウインクの叫び声に返事があって、思わず振り返る。
「……あんた……誰?」
そこには黄色い髪をバンドでポニーテールに束ね、まるで忍び装束のような黄色と黒の衣装に身を包んだ、羽根の生えた妖精が立っていた。
「まだ生存者がおったんやな……うちは雷光の
「あんたが……やったの!?」
気がつくとウインクは、怒りに任せウイングカッターを投げつけ、同時に強力な風を巻き起こしていた。しかし、放った風の矛先には既に相手の姿はなく……
「堪忍な、お嬢さん、うちらは暗殺集団やねん、そういった大技かわすのは得意やねんな」
背後から相手の声がして、ウインクの意識はそこで途切れたのだった――――
《――Next Stage is Dreamer Power Awakening Stage》
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