第59話 混沌世界《カオスワールド》種明かし


 ―― サァ、乱レ狂イナサイ 混沌世界カオスワールド


 リリスがその言葉を発し、能力スキルを発動した瞬間、世界が一変した。


 無気力病となった者達は皆、リリスの操り人形となった。

 ある者は夢の中で意のままに操られ、ある者は本能のまま動く野獣となり、そしてある者はリリスの忠実な下僕しもべとなった。


 しかし、夢の都ドリームタウンようを知る由もない雄也達は、一体リリスが何をしたのか分からずにいた。リリスは両手を広げて叫んだだけで、星空の舞台スターライトステージでは何も起きていない。


「リリス……貴方……何をしたの?」


 鋭い視線でリリスを見据えるルナティ。緑色の血はそのままに傷だらけのリリスは、見るからに戦える様子ではない。そんな状況にもかかわらず、不敵な笑みを浮かべるリリスが不気味でならなかった。


「ふふふ……知りたい? まぁ、心配しなくても、もうじき分かるわよ?」


 紅く細い口を広げ、リリスはニヤリと嗤った。


「茶番だ……付き合いきれねぇ……終わらせよう……」


 刀身に再び炎を宿し、リリスへ向かって歩みよるファイリー。リリスに止め刺すつもりのようだった。


「嗚呼……残念だわ……こんな身体じゃあ全く動けないわ……誰か私のために戦ってくれる方は居ないかしら……?」


 リリスがわざとらしく助けを求めるような仕草を取る。


「よし、ファイリー! あいつが何かして来ないよう俺も見張ってるぜ」


 ファイリーの横へ和馬が駆け寄った。


「……そうだな、相棒……」


 次の瞬間起きた出来事に、その場に居る誰もが目を疑った! リリスだけが不気味な笑みを浮かべたまま佇んでいた。


「え? なんで……?」


 和馬の身体には大きな刀傷がつき、赤い血飛沫が舞った。そう、突然和馬が斬りつけられたのである。和馬は片膝をつき、何が起きたか分からない表情で自身を斬りつけた相手を見つめた。目の前には赤い髪をなびかせた女妖精――ファイリーの姿があった。





 ファイリー・・・・・の放った一撃は、和馬のミスリルプレートをも打ち破るほどの強力な一閃だった。炎で焼かれ、血飛沫が舞う自身の身体……真っ赤に染まった両手を見つめ、和馬が考えを巡らせる。身体が熱く感覚が麻痺する程の痛みを感じる。だがそれ以上に、今起きている事が信じられず、流れる血もそのままに、和馬は困惑した表情でただ茫然とその場に立ち尽くしていた。


「ファ……ファイリー……」

「相棒……すまない……全てはリリス様のためだ」


 刀身に再び炎を籠めるファイリー ――


「和馬ーーー!」

「愛の一閃! 夢妖精の鞭ルナティビュート!」


 優斗が叫んだとほぼ同時に、ルナティがファイリーの手の甲へ向けて鞭を放つ。手の甲に受けた反動で、ファイリーの火炎の剣フレイムソードが宙を舞い、回転しながら地面へと突き刺さる。


「嗚呼……美しいわぁーー私のためにみんな戦ってくれるのねぇーー! サァ、一緒ニ乱レ狂イマショウ!」


 リリスは一切手出しをしようとせず、この状況を楽しんでいるかのようだった。ルナティはキっとリリスを睨みつけ、地面に刺さった火炎の剣フレイムソードを取ろうとするファイリーを見据える。そして、リリスがいつ、どのタイミングでそんな事を仕掛ける事が出来たのかを考えていた。今の戦闘中にはおかしな動きは見られなかった。コンサート会場へ来たのも皆今回が初めてのハズ……だったら、いつ……ルナティは思案する。


「和馬ーー和馬ーー! しっかりしろ! 彼の者に癒しの祝福を! ―― 治癒光ヒーリング


 必死に和馬の傷を治そうとする優斗。和馬の身体が光に包まれるが、血がなかなか止まらない。


「おぅ……ミスっちまった……すまねぇー優斗」

「いつもの和馬らしくないやん!? くっ、くそっ! 彼の者に癒しの祝福を! ―― 治癒光ヒーリング!」


 何度も治癒光ヒーリングを重ねがけする優斗。だめだ。回復量が足りない。目の前に居るのに親友を助けられないのかよ……額に汗が滲み、涙が出そうになるのをぐっと堪える優斗。そのまま和馬は痛みにより気を失ってしまう。


「行くぜ! 炎陣えんじん!」

水爆砲アクア!」


 ルナティに向けて放たれた炎が、横から放たれた水球により遮られる。舞台上の異変を察知し、雄也とリンクがこちらへ向かって来たのだ。


「優斗! ルナティさん! これは……一体!?」

「え? 和馬さん!? それに……え、ファイリー?」


 優斗と和馬の前に雄也が立ち、ファイリーとルナティの間にリンクが立つ。


「全てリリスの仕業よ! 優斗、雄也君の治癒源水ヒールウォーターで和馬君の一命はなんとか繋ぎとめられるわ。すぐに完全回復は無理だけど、戦闘中の時間稼ぎにはなると思う。今は悲観している場合じゃない。リリスを倒さなきゃ犠牲者が増えるだけよ」


 震える優斗を強い言葉で奮い立たせようとするルナティ。


「く、くそ……雄也、和馬を頼めるかい?」

「おーけー……任せろ優斗!」


 優斗がルナティの傍へ移動する。


「ファイリーさん、どうしたんですか? 目を覚まして下さい!」


 リンクがファイリーの攻撃に備え、防御態勢を取る。


「何言ってんだ? あたいは正気だぜ? むしろこうして蒼眼妖精ブルーアイズと戦える日が来るなんて、凄く嬉しい事じゃねーか?」

「そうですか……あくまで本気なんですね……」


 リンクが残念そうに首を振る。が、すぐに真剣な表情へと切り替える。


「ファイリーさん、邪魔が入ったら嫌でしょう? 向こうへ移動しましょう!」


 リンクが笑顔を無理矢理作り、ファイリーを誘導する。恐らく他の者を巻き込まないようにするためだろう。


「よし、いいぜ! 始めようか蒼眼妖精ブルーアイズ!」


 ファイリーがリンクの誘いに乗る。


「リンク! 絶対死ぬなよ!」


 その様子を見て、いつもより強い口調で雄也が叫ぶ!


「ありがとう、雄也さん! 大丈夫です! シャキーンです!」


 リンクは飛びきりの笑顔でシャキーンをし、そのままファイリーと移動を開始した。



「……で、そろそろ説明してくれてもいいんじゃない? どうせまだまだ余裕なんでしょ?」


 溜息をつきながらルナティがリリスへと尋ねる。


「この状況で傷だらけの私にとどめを刺しに来ないところはさすがねルナティ。いいわ、特別に教えてアゲル。……と、その前に……」


 リリスがパチンと指を鳴らすと、リリスの両脇に黒い渦のようなものが現れ、ねじ曲がった空間より仮面舞踏会で使うような色とりどりのバタフライマスクと白いシルクハットを身につけ、同じく真っ白のスーツを着た男達が五名ほど現れた。


 するとリリスは、真横に居た男の首筋に指をなぞらせ、唇と唇を重ねたのである。くちゅっくちゅっと卑猥な音を奏で舌と舌を絡ませる。……が男はそのままビクビクと身体を痙攣させ、やがてしぼんでしまったのである。ミイラのように水分という水分が抜き取られたかのように、そのまま崩れ落ちていく男。続け様にもう一名の男が犠牲となり、気づけば先ほどの戦いで受けていたリリスの傷が完全に癒えてしまっていた。


「優斗……契約者パートナーが私で良かったでしょ?」

「う……うん……ルナティ……俺さすがに快楽のためにあんな風な死に方したくはないよ……」


 目の前で起きる異様な光景に思わず顔をしかめるルナティと優斗。


「はぁーー生き返ったわー。残りの皆は私が合図したら、あそこに居る眼鏡君の相手してあげてね。あ、殺しちゃダメよ? 弱らせたところで私の下僕しもべにする予定だから!」

「はっ、承知!」


 残りの下僕しもべは優斗へ視線を送り、ニヤリと笑った。優斗はそれを見て気持ち悪くなる。


「ああ、付き合わせてごめんなさいね。私がどうやったか、だったわよね?」


 次の瞬間、リリスが煙で覆われ、姿が変貌した。目の前にはスーツ姿で眼鏡をかけた女性が立っている。


―― ある時は、プラチナ・ルーミィの敏腕マネージャー、リリナ。


 パチンと指を鳴らし、再び煙と共に姿を変えるリリス。


―― またある時は、童夢TV生中継のアシスタントディレクター。


 生中継の時に投影鏡を持ったエルフの横、魔法陣を創り映像を送っていた女性の姿へと変化する。そして、次の変貌した姿にルナティと優斗が反応する。


―― またある時は、カジノ&バー『プレミアム』の新人バニーちゃん! 


 そのバニーガールの姿は、ウインクのアルバイト先で見たカクテルを零したと言って、ファイリーと接触していたバニーそのものだった。


―― かくして、その正体は……


 そして、再び煙を浴びて現れた姿は、二本の角と紫髪はそのままに、蛇の尻尾と蝙蝠の羽根を生やし、大きな胸を隠すだけの黒い戦衣とゴスロリのスカート、ガーターベルトを身につけた女悪魔リリス、真の姿であった。


妖欲ようよくの女王 偉大なる女悪魔、リリスちゃんなのでしたぁー」


 最後の変身を遂げると同時に下僕げぼく達がリリスの前に片膝をついてかしずいていた。


「やっぱり同じセクシーキャラでも貴女の事は好きになれないわね」


 ルナティが変身の終わったリリスへ話しかける。


「あらそう? 同じ香りがしたんだけど、残念ね」


 表情は変えずにリリスがルナティと言葉を交わす。


「で、そうやって色んな姿へ変身して、夢の都ドリームタウンへと潜入していたという訳ね? じゃあファイリーに仕掛けたのも、ウインクの翼を奪ったのも、バニー姿の時って事よね?」


「そうね。そこの赤眼妖精レッドアイズ蒼眼妖精ブルーアイズと同時に直接戦うのって、面倒でしょう? それに、あの店に居たバニーちゃん……ウインクって名前だっけ? あの娘、適合者みたいだったから先に芽を摘んでおいたのよ。後はルナティ、あの時貴方が死んでくれていれば計画は全て思い通りだったんだけど……、なかなか上手くいかないものね」


 やはりウインクの翼を奪ったのも、ファイリーが今、洗脳されているのもリリスの仕業だったようだ。


「これでも地道に準備するの大変だったのよ? 毎回コンサートを通して少しずつ下僕しもべを増やしていくの。でも、時々お気に入りが出て来て面白かったわ。童夢TVのプロデューサーも今では私の虜よ? 生中継の時に投影鏡へ仕掛けもしておいたから、今頃町は大変な事になっているかもね?」


 雄也は和馬の出血を止めながら、リリスの話す言葉を聞いていた。今までコンサート会場に居たお客さんが皆こいつの下僕げぼくになっているとしたら……町はきっと大変な事になっているだろう。レイアやブリンク、ゴルの宿屋も危ないのではないだろうか? TVのプロデューサーも堕ちているとすれば、パンジー達は無事で居るだろうか? しかし、町の様子が心配になるが、こちらも今それどころではなかった。今は皆を信じるしかない。予断を許さない状況が目の前にある。雄也は気を引き締める。


「リリス、じゃあ早く貴方をここで止めるしかないわね。この前の続きを始めましょうか?」


 ルナティが鞭を握り、リリスと対峙する。


「あら、ルナティから言ってくれると思わなかったわ? 嬉しいわね。宴のメインディッシュになりそうだわ。さぁ、私の下僕しもべ達、始めるわよ!」


 パチンと指を鳴らすと、三名の下僕しもべが優斗の前へと移動し、同時にルナティがリリスと一直線上に並んだ。


 リリスが引き起こした混沌世界カオスワールドはさらなる騒乱を巻き起こす ――――

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