第43‐1話 突然の転移(前編)
……
―― 綺麗な歌声が聞こえる。
会場は静まり返り、みんな凛とした歌声に聞き入っている。
聞いた事のない曲だが、聞いていて気持ちが安らかになる曲だ。
よく見ると、耳の長い人、人型だが、猫の顔の女の子、全身真っ白の毛だらけの人……いや、みんな恐らく人ではないんだろう。もうこの夢は何度目だろうか。夢の中とはいえ、普通でない事に気づく雄也。
……
…… 助けて。
――!?
前と一緒だ。頭の中に声が聞こえた気がした。
横に目をやると、優斗に和馬、そうか……リンクとファイリー、もう一人大きな胸の妖精は優斗の言ってた夢妖精だろう。
―― 誰が助けを求めてる……。
ホールの真ん中にはアイドルの衣装を身にまとった少女。
そして少女の瞳に吸い込まれるように視界がズームしていき……。
…… 助けて。
――!?
―― 待って! 君が助けを求めているの?
視界が暗転する前に雄也が叫ぶ。視点は瞳の奥へとそのまま入っていく。うねうねとした空間の中を光が走っていく。やがて空間を抜けた時、うねりを伴いながら様々な色に変化する渦――雲のようなものに覆われた空間へと出る。見つめる先には、先ほどの色鮮やかでカラフルな衣装を着たアイドル……しかし、先ほどステージに居る時と違い、なぜか瞳に光を感じられない……そして、アイドルの横には……。
「あら、もしかして、見つかっちゃった?」
――え!?
そして、世界は暗転した ――
★★★
ドサッ――
「いてててて……何だよ、このアニメとかゲームにありがちなベットから落ちて夢から覚める展開……いや、ないわー」
隣のベットで寝ていたのはどうやら優斗らしい。声が聞こえて横を見やる雄也。優斗が派手にベットから転げ落ちている。雄也は、家で着ていたパジャマそのままに、平べったい
「どういう事なんだ……」
ベットから起き上がる雄也。確か昨日、水霊神社で
「こ、これは……」
雄也が人間界に還って来る際に身につけていた、ホーリーベストと
「ケ、ケーキ!?」
あの時雄也がリンク達のためにと買って来ていた『アンジェリーナ オリオン』のケーキが入った箱が置いてあった。戸棚の中にあったため、しっかり冷えているし、中身のケーキもちゃんと入っていた。昨日雄也宅の冷蔵庫に入れたはずのケーキが、なぜかここにある。同じものかどうか、箱の中身を確認していると、横から優斗がアラタミヤシューをつまみ食いした。
「どんだけご都合主義なんだよって感じやん?」
そう言いながらシュークリームを頬張る優斗。いつの間にか横に居たので、その様子を驚いて見る雄也。いや、俺買って来たシュークリームなんですけど……と思っていると……。
「うめーー、カスタードたっぷりやし! いや、昨日の『魔法陣が発動しないで必死だった俺』はなんだったんだって話やん。こんな簡単に異世界へ行けるなら最初から言って欲しいやん?」
口についたクリームを指で取りながら話す優斗。
「たぶんこれ、水無瀬先生も予想してない展開じゃない? また明日神社に来なさいって、言ってたしさ」
色々何か出来ないか模索してみると昨日水無瀬先生には別れ際に言われていたのだ。
「異世界から戻る時もそうだけどさ、異世界の道具は
「そうみたいやね優斗。そして、今着ている服はパジャマのままなんだね。まぁ、何にせよ、ここはたぶん
優斗に質問を投げかける雄也。
「そうなんやない? とりあえずはここがどこなのか聞いてみるしかないやん? あ、てか……和馬はどこなん?」
「あ、そういえばそうだよね……」
そう言われて和馬が居ない事に気づく……。この部屋もベットは二つしかないのだ。どこかに和馬も居るのだろうか……。そう考えていると……。
―― きゃぁああああああ!?
「え!?」
雄也と優斗がその声にビクっとなる。
突然壁の向こうから悲鳴が聞こえたのだ。
「とりあえず行ってみよう!」
慌ててパジャマ姿のまま部屋の外に出る雄也と優斗。
部屋の外に出ると、木造の廊下に部屋がいくつか並んでいて、隣にある部屋の前に人だかり……。
――いや、人間っぽい人居ないね……。
この時点で雄也は人間界でない事を察した。
――筋肉ムキムキのおっさんっぽい人は居るけど、こんな人も果たして妖精なんだろうか……エプロン姿の猫妖精に、コボルトに獣人族のオーク、耳の長いエルフはメイドさんかな?
淡い水色のメイド服とフリフリエプロンの隙間から溢れんばかりの果実が主張している。どうやら部屋の並びからして宿屋のようなものなんだろう。部屋の扉を叩いている背が低い髭面の男。姿を見るに、これはドワーフだろうか? 恐らく彼がこの宿屋の主人だろう。心なしか貫禄があるようにも見える。
「ウインクさん、どうしました! またお酒に酔い潰れて起きたら血まみれとかじゃないよな? 取りあえず鍵を開けてくれ!」
宿屋の主人らしきドワーフが木製の扉をドンドン叩くと、部屋の中から何やら男女の声が聞こえて来た。
――大丈夫だ、お嬢さん……とりあえず、服を着て……。
――いや、君こそ……早く
「おい
筋肉ムキムキのおっさんが宿屋の主人に許可を貰い、たまらず扉をぶち開ける。何度かの衝撃で倒れる扉、宿屋の主人とムキムキの男が慌てて中に入り、それに続く取り巻き達、雄也と優斗も紛れ込む!
部屋の中では見た事のある青年と、謎のセクシーな女性が言い争いをしていたのだった。
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