第31話 ブライティエルフ攻防戦

――彼は二つの背中を見て育った。


 どれだけ大きな魔獣相手にも怯まずに立ち向かっていく。流れるような動きで敵を翻弄する双剣使い。どんなに強大な負の妖気力フェアリーエナジーも、輝きを放った聖撃で浄化させるレイピア使い。


「ルーディス、お前は誰よりも優しい。仲間を想う気持ちはお前の強さになる。それを忘れるな」

「戦い方は俺も教えてやるよ。俺の特訓は厳しいけどな」



 …………



 ……



 一瞬目を閉じ、ふと父からの言葉を思い返すルーディス。目を開け覚悟を決めた表情を浮かべる。


「ルーディス、強くなったな。もう昔みたいに俺が特訓する必要はなさそうだな」クレイが声をかける。


「いえ、まだまだです。僕が皆に任せてしまったばかりに大切な仲間の命を失ってしまいました。もう、これ以上仲間を失う訳にはいきません」敵の動きをまっすぐ見据えたまま話すルーディス。


「いや、お前が自分を責める必要はない。仲間を信頼していたからこそ、仲間に任せていたんだろう? 俺達が来たんだ、もう大丈夫だ」

「ありがとうございます」クレイの言葉に頷くルーディス。


「クレイさん、知り合いなんですね?」和馬がクレイに問う。


「ああ、和馬君。こいつはルーディス、現〝聖の守護部隊セイントガーディアン〟隊長にして、あのダークドラゴンと戦った、前隊長レインの息子だよ。俺はガキの頃からこいつを知ってるからな。おっと、そろそろ敵さんが動き出す頃だな。ルーディス、一体・・任せていいか?」

「はい、クレイさん、僕は負けません」ルーディスが返事をする。


「よし、じゃあ俺も一体片づけてくるか……和馬君、ファイリーさん」

「ああ、クレイさんよ。言われなくても分かってるさ。和馬、もう一体はあたい等でやるぜ!」

「よっしゃー任せとけ!」


 各々がグランドグールを誘導し、戦いが始まる――――





★★★


「くそ! こんなグランドグールが来るような場所に居られるか!」


 早々に王宮の戦時対策室を出て、街の入口付近へ駆け足で向かう髭面の男。普段運動をしないせいか、お腹の脂肪が急ぐ男の邪魔をする。貴族の格好が暑いのか、体格のせいなのか、額から汗が滲み出ていた。


 なんとか東地区の入口へと辿り着く。が、外に出ようとすると、お腹の脂肪が透明な何かに阻まれ、ボヨンと後ろに弾かれてしまった。透明な何かに恐る恐る触れてみる。


「な、なんなんだ! これは! これでは外に出られないではないか!」

「ん? あなたは確か、バイツ公爵! なぜこんなところに居るのですか!?」魔導士の格好をした青年が声をかける。


「うるさい黙れ小童! それより何だ、この壁は! わしは外に出たいのじゃ! 早く開けろ!」

「開けろと言われましても、今戦時警報発令中ですから、バイツ様と言えども外にお出しする事は出来ません。むしろ、これは敵の侵入を防ぐ、魔導連結部アークリンクユニット特製の巨大ドーム型結界ですから、今街から外に出る事は出来ませんよ?」


「な、何だと! これでは逃げられんではないか!」


 激しく拳を当て、結界を叩くバイツ公爵。開けろ! 開けろ! と叫んで居る。すると目の前に外側から水球が飛んで来る。水球は結界によって弾かれ、飛び散ってしまった。


「う、うわぁっ」


 思わず腰が砕けるバイツ公爵。結界の外には結界を破ろうと攻撃を続けるマージインプの姿があったのである。


「な、なんて事だ!」


 慌てて、結界から離れ、バイツ公爵は違う街の入口へと走って逃げるのであった。





水爆砲アクア!」


 放たれた水球が見えない何かに弾かれ消滅する。この水球はリンクが放ったものでも、雄也が放ったものでもなかった。大きさも放つものによってまちまちで、リンクが見ると『水はそんな使い方をしてはいけません』と怒っていたところであろう。


「マージインプ達よ、何をやっておるのだーー! 弱敵ザコ弱敵ザコなりにちゃんと仕事をしろーー!」怒鳴りつける赤いフードを被った妖魔。


水爆砲アクア!」

「うぎゃあ!」


 突然一体のマージインプが赤いフードへ向かって水爆砲アクアを放った。まるで、理不尽な事を上司に言われてキレタ部下のようだった。


「き、貴様ーー! キャッツヴェーン様に向かってなんて態度だーー!」


 周辺のマージインプが動くのをやめ、じーーっと妖魔を見つめている。まるでお前がやれよ……と言わんばかりに……。


「ちっ、言う事を聞かんやつだ。キャッツビーンの言う事は聞けて、なぜ俺様の言う事は聞けんのだ。しょうがない、俺様がお手本を見せてやろう」


 妖魔は槍を取り出し、目を閉じ念じ始めた。槍の先から黒い妖気力が煙のように出て来た。


「しかと見よ! これが俺様の力だ! 闇槍一突ダークストライク!」


 バチーンという音と共に、槍の先端が結界にぶつかる。しかし、結界には傷ひとつついていなかった。むしろ、結界に弾かれた衝撃で、妖魔が悶絶していた。そのままごろごろ転がる妖魔。ひじを角にぶつけた時のあの痺れのような衝撃が、全身を駆け巡ったようだ。そのまま冷めた目で見つめるマージインプ達。


「く、くそーー! どいつもこいつもナメやがってー! おい、キャッツボーン、聞こえるか、応答しろ!」

 

――ザザザ、ザザ、なんですかいヴェーン兄貴? こっちはこっちでガキのお守で忙しいんだけど?


「兄貴に逆らうんじゃない! 俺様にあれを寄越せ!」


――えええ!? さっきもグランドグールを二体・・送るのに使ったばっかですよ? あまり勝手に使うとナイトメア様に怒られますよ? 


「いやいやいや、ブライティエルフ壊滅の命を失敗したらそれこそ怒られるどころじゃなくなるだろうが! お前もバーンやビーンみたいに死にたくないだろう!」


――そりゃあ、そうですけど……分かりましたよ。じゃあ送りますよ? その後どうなっても知らにゃいですからね!


 キャッツヴェーンが、意思伝達で誰かと会話を終えた瞬間、キャッツヴェーンに異変が起きた。赤いフードは張り裂け、背丈がぐんぐん伸び、筋肉が隆々となる。身長三メートル級の巨大な化け猫がここに完成した。少し赤身がかかった肉体から蒸気のような煙が出ている。


「俺様はバーンやビーンのようにはいかないぜ、妖精共……」


 不敵な笑みを浮かべるキャッツヴェーン。


闇槍一突ダークストライク!」


 肉体が大きくなったために、槍がさっきより小さく見えるが、倍の黒い妖気に包まれた一撃は結界を真っすぐ貫いた!


 ピキピキピキ……――


 大きな衝撃音と共に、結界に穴が開く。キャッツヴェーンを先頭にマージインプが中に入っていく。



 研究室のような部屋、正面の壁一面に、百近くあるのではないかというモニターに、まるで監視カメラのように街の映像が映っている。机には妖精界に似つかわしくないコンピューターのような画面が並んでおり、隊員達が何やら作業をしている。格好が魔導士風なため、これまたギャップのようなものを感じさせる。


「まほろば隊長! 東地区B004結界付近、穴を開けられた模様です!」


 隊員の一人が声をかけた。


「はい、おーけー。じゃあ第二フェーズに移行してちょーだい」

「了解しました! ヨロズー、そっちは準備いい?」


 右手後方にある大きな試験管のようなものの前に居たコボルトへ声をかけるまほろば。


「は、は、はい、こっちは大丈夫です! じゃあ作戦通り、よろしくお願いしますね!」


 コボルトの副隊長、ヨロズに声をかけられ、妖精が返事をした。


――おーけー、ようやくの出番だね!



「く、くそーー! 出口はないのか出口は……」


 肩で息をしながら汗びっしょりのバイツ公爵。ぴしっとしていた貴族の服が崩れて来ている。街から出る方法を探して歩き回るバイツ公爵。やがて、一箇所の穴を見つける。


「おぉーー! あるではないか出口がーー!」


 一つの光明を見つけたかのように、穴へ向かって走り出すバイツ公爵。しかし……。


「ぎゃしゃああああ! 水爆砲アクア!」


 横から突然水球が飛んで来る! 吹き飛ばされるバイツ公爵。見上げると何体ものマージインプが迫っていた。


「な、なんてことだ……」


 逃げる事に頭がいっぱいだったバイツ公爵は、あの穴から妖魔が大量に入って来た事に気づく。マージインプがバイツ公爵に迫って来る。


水爆砲アクア!」

「もう……終わりだ!」


「ぎゃあああああああ!」


 しかし、悲鳴をあげたのはバイツ公爵ではなかった。ドーーンという衝撃音と同時に目の前に居た数体のマージインプが吹き飛ばされた。水爆砲アクアが放たれた方向にはなぜか、何本もの植物の蔓が柵のように地面から出現し、マージインプからの攻撃を受け止めていた。周辺のマージインプも地面からの爆発より吹き飛んでいく。


「ど、ど、どういう事だ……?」

「ど、どういうことにゃーー! お前がやったのかーー!」


 背後からの叫び声を聞き、振り返ると巨大な猫姿の化け物が居た。


「ひっ、化け猫!?」


 腰が砕けたままの状態で後ずさりするバイツ公爵。彼にもう逃げる術はない。


「き、貴様ーーどんな術を使ったーー俺様の槍に貫かれて死……」


 化け猫キャッツヴェーンがそう言い終わる前に足下が爆発したのである。思わず吹き飛ばされそうになるが、片足が少し焼けただけで体勢を取り戻す。


「く、くそーー妙な術を使いやがってーー!」

「わ、わ、わ、わしは何もやってない!」


「――そうね、そこのおじさんは何もやってないわよ!」


「な、何者にゃ!」様子を見ていた美しい光妖精を見てキャッツヴェーンが叫ぶ。


「私は光妖精ライトフェアリーのライティよ。悪いけど貴方、ここで死んでもらうわよ」

「な、なんだと!? だが、その妙な爆発程度では俺様は倒せんぞ!」

「ああ、勘違いしているようだけど、爆発は私の術ではないわよ? パンジー、聞こえる? こいつは私がやっとくから、貴女は周りのマージインプ達を片づけて!」


『了解!』


「ば、ばかな! ここにはお前しか居ないではないか? 一体そいつはどこに居る!」

「その子は魔導連結部アークリンクユニットの特殊指令室に居るわよ? 敵さんが攻めようにも分からない場所にあるけどね。貴方達、残念でしょうけど、ここを壊滅させるなんて不可能よ? この街全て・・・・・が私の仲間の花妖精が設置した、種子爆弾の地雷原・・・・・・・・になってるから」


「くそっ、まぁいい、街を壊滅させるなど、俺様一人で充分だ。お前こそ俺様の槍に貫かれて死ぬがよい!」


 ライティとキャッツヴェーンが対峙する――――

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る