第7話

 リーフが来て数日が過ぎた。その間、わかったことがある。


 ――リーフは、とても役に立ってくれる。


 最初この部屋を見た時、研究資料を探さなければ、と思っていたのだが、そんな必要など全くなかったのだ。


 それは、

「リーフ、この火竜の資料なんだが、どこに集めているんだ?」

 こうやって、私が資料の一部を渡すと、

「あぁ、これですね。この文字ならここにたくさんありますよ」

 そう言って、関連資料をまとめてある場所を教えてくれるから。


 どうやらリーフは最初に書類を移動させた時、文字群のなかからキーワードを見つけ、さらにそのキーワード別に整理してくれたらしい。欲しい資料を探す手間が省けてとても助かっている。記憶力のいい秘書が付いてくれたような感じだ。


 だが、少し困ったことに、私がリーフにお礼を言って、「何かして欲しいことや欲しい物はないか」と聞いても、「そんな恐れ多いことしてもらうわけにはいきません!」といって何も言ってくれないのだ。


 やはり最初の印象が悪かったのか……。まだ心を開いてくれていないのがよく伝わってくる。


 それに、やりたいことが見つかるまでここに居ていいと言ったはずなのに、リーフはもういつでもここを出れるように準備しているのだ。


 ベッドの横には、自作のリュックがパンパンの状態で置かれてる。常に。


 ……何かないものか。

 私だけが何かしてもらうだけでは、仲間だという感じがしない。それが、なぜだか無性に私を落ち着かせなくするのだ。

 そして今日、落ち着かない私は行動を起こすことにした。


 食料庫(リーフはキッチンと呼んでいる)の扉を開けると、昼ご飯の匂いが漂ってくる。


「キリシャ様。どうしましたか?」


 私が入ってきたことに気づいたリーフが料理の手を止め、こちらを振り向いた。


「あ……いや、その、なんだ。まず、その『様』って言うのを止めてくれないか?」

「え!? お気に召しませんでしたか!? では、キリシャ殿? それともキリシャさんでしょうか?」


 リーフはわたわたと慌てて敬称を入れ替える。私の真意はまったく伝わっていない。


「いやそうでなく」

「……では、キリシャ、君?」

「…………それでいい」


 君なら、いいか。別に強く言い聞かせる必要もないしな。

 私は妥協だきょうしてしまう。


「そうですか! それではこれからはキリシャ君とお呼び致しますね!」

「あぁ。それとだな、敬語も止めてくれないか?」


 敬称は妥協してしまったが、私だけ敬語を使われるというのは、嫌だ。リーフは別に使用人ではないのだから。


「……敬語も、ですか?」

「あぁ」

「それは……。癖というか、もう離れないくらいこびり付いてしまっているので、無理だと思います。申し訳ありません……」


 ……なるほど。奴隷生活の弊害へいがいか。これも妥協するしかないじゃないか。


「そうか、ならいい」

「すみません。あ、以上ですか?」

「いや待て。まだ本題が終わっていない!本当に言いたいことはだな。もっと我儘わがままになってくれということだ!」


 さすがに収穫なしでは引き下がれない。何か一つでも――勝ち取る!

 私は意地になっていた。


「え? 我儘に、ですか?」

「そうだ。リーフは私の家に来てからというもの、自由だとは言いながら、何か自分を抑えているように感じてな。それに、私だけ何かをしてもらうというのもなんだか落ち着かないんだ」

「……そう、ですか」

「あぁ。で、何かないのか?」


 リーフは顎に手を当て、少し考え込んだ後、話し始めた。


「あの、私はですね。そろそろここを離れないといけないなと思っているんです」

「……それは、どうしてだ?」


 リーフがここに来てから、まだほとんど日にちは過ぎていない。その上、やったことと言えば炊事洗濯掃除日常生活くらいだ。やりたいことが見つかったような素振りも見せなかったし……。

 まさか、ここの居心地がそんなに悪かったのか……?


「そろそろあの人たちが来ると思うんです」


 あの人たち……。リーフの知るあの人たち……。


「盗賊たちか?」

「はい。私が逃げてから、しばらく経ちましたから、あの人たちもここに登ってくる準備が出来たはずです。ですから、ここに居ていいと言って下さったのは嬉しいんですけど、迷惑にもなりますし、逃げないと……」

「ここの居心地が悪いわけではないのか?」

「めめ、滅相もございません! キリシャ君を差し置いてあんないいベッドまで使わせて頂いて……。恐縮の極みです」

「ほう、ということは盗賊さえいなければここに残りたいということでいいんだな?」

「もちろんですよ。でも、あの人たちはきっと私を探してここに来てしまいます……」


 リーフは俯き、本当に悲しそうな素振りを見せてくれた。私はその時――これだと思った。


「よし。私がその盗賊とやらを迎え撃ってやろう」


 私が自信満々でよう言うと、リーフは目を見開いて首をぶんぶんと振った。緑の髪も共に振り回され、草本のように抜けてしまわないかと心配になる。


「いえいえ! 無理ですよそんなの! あの盗賊たちはSクラスの危険団体に指定されているんですよ!? それに、あの人たちは冷酷で残忍で人を玩具おもちゃのように扱う人たちですよ!? キリシャ君もどこかに売り飛ばされるか、あるいは……」

「ふん。団体でS級か。私は個人でSSだが?」


 するとピタリとリーフの動きが止まった。


「……今なんと仰いましたか? 大変申し訳ないのですが、頭を振っていて聞こえなかったみたいで」

「私は個人でSS級だ」


 するとリーフは口と目をかぱっと開いてしばし沈黙した。そして表情を変え、胡乱うろんげな目を隠そうともせずに言葉を発した。


「ええと、SS級といったら、ドラゴンの、それも古龍エンシェントドラゴン伝説級レジェンドクラスが分類されるくらいなんですけど……?」

「ふん。信じていないな?」

「あ、いえ、信じていないわけじゃあないんですけど、危険が伴うことなので、証拠でもないと……」


 全く信じていないではないか。仕方ない。その『証拠』とやらを満足するまで出してやろう。


「秘境と呼ばれるこの地で、なぜこの家が魔物に襲われないんだと思う?」

「はい?」


 リーフはもう言葉にまでも疑いの色を滲ませ始めた。


「結界を敷いてあるんだ。この家周辺に」

「結界を敷いているから、この家に魔物は近寄ってこない、と?」

「あぁ」

「でもでも、この前グラーシアさん?が連れてきた竜の赤ちゃんドラゴンベビーはこの家の中に入ってたじゃあないですか」


 もしかして、リーフはグラーシアのことを人間だと思っているのか?


「グラーシアは神話に出てくるような人化できる竜だからな。私の結界を壊さずに中に入るくらいできるだろう」

「えっ、え? 神代かみよの竜? 人化?」

「ほら、グラーシアが帰る時、背中に翼が生えていただろう?あれが竜である証拠だ」


 そこまで言ってようやく、リーフは私の言葉を取り込み、嚙み砕き始めた。


「えっと、つまり、キリシャ君は、SS級で、神代の竜とお友達?」

「あぁそうだ。その通り」


 私がしっかりと首肯してやると、リーフは急にひざまずき、「先ほどまでのご無礼をどうかお許しください……」と涙を流しながら言った。仕方ないのかもしれないが、いちいち反応が大袈裟だ。


 だが、今はわかりやすくていい。今、私とリーフはお互いにどちらの意見を通すかの対話をしていたな。その対話の途中で相手に弱みを与えるなど。

 ――勝機。

 私は勝った、と密かに拳を握った。


「許して欲しいか?」

「許じでぐだざい……!」


 ……最初に会った時ほどではないが、なかなかひどい顔をしている。


「なら、私に盗賊を倒して欲しいと言え」

「キリシャ君に盗賊を倒して欲じいでず!」


 言わせた。言質を取った。私の勝ちだ!


「よし許そう。涙を拭け」

「はい! ありがどうございまず!」


 これは勝者が敗者に手を差し伸べる、美しい光景じゃないか。……最初の主旨と少しズレているような気がしないでもないが、まぁいいか。


 それから私はリーフが落ち着くまで待った。


「よしそれじゃあ、草原に出るぞ」

「え? どうしてですか?」

「ふっ、対集団用の魔法陣を作るためだ」

「……私にはよくわかりませんが、何か凄いことを考えてるんだってことはわかります。とっても悪い顔ですから」


「あいた!」


 隣の女を小突いて、私たちは草原へと歩を進めた。


 必要な材料を手に入れるために。

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