僕がUFOを見た理由
レインマン
第1話 弱い心
ちょうど一か月前、僕が自殺未遂をした日のこと。
その頃はすでに、大学に行かなくなって三か月が経っていた。
寝ては起きて寝ては起きての繰り返しで、時間感覚はなくなり、生活習慣という言葉も忘れていた。ただ流れる時間をボーっと観察し、その穏やかな波に身を乗せて、クルージングを楽しんでいた。
変化があるとすれば、スマホで視聴する動画に笑ったり、ネットでみた怖い話や不思議な話に興奮するときぐらいだ。
起きている時間の大半を画面と向き合うことに費やしている結果がこれだ。そもそも液晶以外に目をやるところなんてなかった。
布団の中にいてもこんなに笑うことができる。僕にとってはそれだけでも素晴らしいことだった。
しかし、毎日同じことをしていると飽きがくるもので、スマホをいじる気力すらもなくなる。今がちょうどその時だった。
刺激が全くない生活は僕の望んだ結果ではあるが、心を蝕む側面もある。
自分の望みすらも満足に楽しめないなんて、本当にどうしようもない人間だ。そんなことは嫌というほどわかっている。だからこそ、悲観で身を滅ぼす前に、気分転換でもしたい。
二四時間ずっとカーテンが閉め切られた部屋には、永遠と太陽が昇らない。そんな牢獄にいてはいつまで経っても気分は晴れない。
そして僕は今が真夜中だとも知らずに、たまには外に出て太陽でも拝もうかと、徒労の企てを思いついた。そう、珍しく気分が外に向いた。
ちょうどそのとき、
ピンポーン
突然インターホンが鳴った。
放送事業者の受信料請求か、どうでもいい商品の訪問販売か、最近この辺りに出没する新興宗教団体の勧誘か、どうせそのどれかだろう。
いつもだったら無視するが、僕はちょうど外に出るつもりだった。たまたま気が向き、玄関で突っ立っている奴にツラをみせてやろうと思った。
風呂なんて入っていないし、髪型を整えようとも思わない。今更他人にどう思われようが知ったこっちゃない。
ただ気の向くままに動くだけだ。
それ、布団から出よう。
…………あれ?
…………おかしい。
……身体が動かない。
そして僕は思い出した。自分が鬱病だったことを。
どうしてこんな生活をしているかって、決して自分が望んだわけではない。ただ、人と同じことがなぜかできなかった。
大学に行こうとする意志が、外に出たいという感情が、日に日に薄れていって、気づいた時には布団から出られなくなっていたんだ。
まるで根を下ろしたように布団と一体化していて、並大抵の努力では布団から出られない。信じてもらえないかもしれないが、本当に身体が鉛になっているようなんだ。
ピンポーンピンポーン
僕が布団の上で悶えている間にも、インターホンは鳴り続ける。
ピンポーンピンポーンピンポーン
そしてなぜかその激しさは増す。
ピンポンピンポンピンポンピンポンピンポンピンポン
これは普通の来客ではないと僕は確信した。
鳴り止まないインターホンと動かない自分に酷く苛立った。そしてその苛立ちをエネルギーに変え、叫びながら布団から出た。
「ひとんちのインターホンで遊ぶんじゃねえ‼」
勢いで布団から出たはいいものの、地に足をつけたとき、そこに殺虫剤が転がっているのを見落とした。
玄関まで駆け寄る予定だった僕の足は、円柱型の殺虫剤を踏みつけ、それを車輪にして勢いよく進んでいった。当然身体は置いていかれ、バランスを崩した僕はそのまま全身を床に打ちつけた。
転ぶときに体が本棚に当たり、追い打ちをかけるように数冊の本が僕に向かって落ちてきた。その中の一冊がとても重く固いもので、僕は背中と足の激痛に悶絶した。
いつの間にかうるさいインターホンは止み、痛みも引いて、再び静寂が訪れた。
溜息を吐きながら激痛を生んだ重い本を足元から拾う。
それは中学の卒業アルバムだった。
おもむろにケースからアルバムを取り出す。
こんな僕にも思い出はあって、1ページ1ページめくり一人一人の顔をみては、「そういやこいついたなぁ……」「この人誰だっけ?」などと呟きながら見入った。
自分のクラスである三年六組のページに到達すると、すぐに自分の写真が目に入った。本当に自分なのかと疑うほど、輝いた目と幸せそうな笑顔が似合っていた。
「この頃はまだツラが良くて、部活も毎日頑張って、勉強もそこそこできて、かなりモテてたな。関東大会に出たっけ。あの時の写真どこいったかな……。机に『好きです』って書いてあったこともあったよな。なんでもっと素直に好意を受けなかったんだよ。アホか、自分」
自分で自分に語りかけていることがおかしくて、フッと鼻で笑ってしまった。そして煙草の箱に手を伸ばす。
「すげーな、過去の自分。こんなに立派だったんだ。それが知れただけでも、嬉しい」
そう言うと煙草に火をつけ、再び自分に語りかける。
「お前は中学を卒業したら、突然人生が辛くなる。なんでだろうな、高校でいじめられるし、身体は壊す。勉強で見返そうと思っても、ある日突然勉強ができなくなる。不登校になって引きこもってから、鬱病だと言われる。浪人して見返そうとしても、受験は失敗する。大学生になってもこのざまだ。でも、いいんだ。お前の人生は中学で終わっている。その後のことなんて全部嘘さ。いつか近いうち、神か、悪魔か、はたまた宇宙人か、得体のしれない何者かが、この悪い夢から覚めさせてくれるはずだ。だから、大丈夫」
煙草の火を消すと、今度は転がっているドラッグケースに手を伸ばす。
そして、入眠剤ゾルピデムを5錠ほど取り出すと、ラムネ菓子を食うように一気に口に放り込み、唾で飲み込んだ。その後も機械のようにただひたすら同じ動作を繰り返し、薬の量を増やしていった。視界がぼやけて身体がだるくなるまで止めることはなかった。
この時は忘れていたが、最近の睡眠薬はいくら飲んでも成分的に服毒自殺はできないと知っていた。それでも、死んでやるという確かな意思があった。
だんだん思考が鈍くなり、湧き上がる快楽が脳を支配し、おかしくておかしくてたまらなくなった。嫌なことは全てどこかへ消えていき、裏返った笑い声が部屋に響いた。
意識は次第に遠のいていき、埃まみれの床に寝転がったまま瞼が重くなる。
意識が飛ぶ寸前、ベッドの下に転がり落ちているデジタル時計が目に入った。
その時刻は午前三時を示していた。
なんの冗談だ……こんな時間の、訪問……者……。
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