プロヴァンスの空はいつも青い 4

「ねえ。そんなに嫌がらないでよ。このニースの街じゃ、ぼくより上手い男娼は、他にいないよ。素敵な思い出を作ってあげる。北の国から来た旅行者さんのために」


少年はそう耳元でささやきながら、なかんずく私の大事なものを手にとった。

脳の根元が痺れるような、甘い感触。

道徳にさいなまれる気持ちとはうらはらに、それは昂まり、膨張していく。

私の快感のツボをはじめから知り尽くしているかのように、少年はもてあそび、愛おしむ様に愛撫する。

快楽の波に押し流されて、私のちっぽけな砦は、いとも簡単に崩れ落ち、少年の愛撫に身を委ねる。

意識が朦朧もうろうとしてくる。

何度も何度も大きなうねりが、私の中に渦巻き、もはや自分の欲望を抑える事はできない。

私は少年の足首を掴み、その少女の様な華奢な肉体を貪った。

わずかにすかした瞳に映っているのは、私の動きに合わせる様に揺れる少年の背中と、鷲づかみにしている小さな形のよい尻。

ほのかな喜悦のこもるよがり声を聞きながら、私は意識と共に、果てた。




 気がつくと陽はまだ高い所にある。壁にかかった時計を見ても、あれから1時間経っていない。

まだ少し、霧のかかった様な頭を抱えながら、私はベッドから起き上がった。

掻き回されて乱れたシーツの上には、少年の絹の様な長い髪が幾筋、陽の光を反射してキラキラ輝いている。かすかに鼻腔をくすぐるコロンと混ざりあう体液の匂い。それらはまぎれもなく、情事の証だった。


 私はベッドに座り込み、あたりを見渡す。

少年は、いない。

帰ったのか?

挨拶もないんだな…


漠然とした不満を感じながら、私はベッドから足を降ろす。

床に弾力があるかの様に、足許あしもとがふらつく。

陽が目にしみる。

めまいがする。


「あいつ… 媚薬を使ったのか…」


そうつぶやくと、私は壁に手を当ててからだを支えながら、バスルームに向かう。

カランをひねり、冷たい水を勢いよく出すと、二回三回顔に浴びる。

少しだけ意識が戻ってきて、私は過ぎた情事に想いをせた。


少女と見まがうばかりの美貌に、こちらの愛撫に、澄んだ音色を奏でる弦楽器の様に、素晴らしい反応をみせるそのからだ。

快感の裏まで知り尽くした、手際よく、巧みな愛撫術。

男という(私にとっての)ハンディを差し引いたとしても、あの少年はパリの高級娼婦にもけして引けはとらない。

それにしても、とんでもない子を拾ったものだ。


『…まさか?!』


そこまで考えが至った時、不意に悪い予感に襲われた。

からだも拭かないまま、私はバタバタとバスタブを飛び出すと、ベッドの脇に置いてあった鞄を開け、中の財布を確かめる。

ない!

財布の中に入れてあった1000ユーロの金は、ものの見事に消えている。

しかも憎らしい事に、その他の貴重品、時計やカメラ、パスポートにクレジットカードといった物には、まったく手がつけられていなかった。


「1回の艶事つやごとに1000ユーロか… なんてこった」


あまりのショックに、私はただ呆然と、その場に座り込んだ。



 しばらくそうして、ようやく気を取り直して立ち上がると、私はゆるい足どりでバルコニーへ出た。

プロヴァンスの陽射しは午後4時を回っても、まだ、焦げる様に熱い。

私はロッキングチェアの脇のテーブルに目を向けた。

少年に与えたカフェオレのグラスは、すっかりカラになっている。

あいつ…

私が意識を失っている間に、この椅子に座って外の景色でも眺めながら、のうのうとカフェオレを飲んでいたのか?

もらえる物はすべて頂く。

まったく、足の裏まで抜け目のない奴だ。

腹を立てる気力も萎えて、私は力なく口許くちもとを緩めて笑うだけだった。


ふと、気がつくと、窓辺に置いてあった花瓶の花は、少年の持っていたあざやかな紅色のレッド・レフアの花に変わっていて、それには結び文がつけてあった。



   『あなたの所望した花一輪

     花代1000ユーロ頂きました』



「…」


呆気あっけにとられて、わたしはその紙切れと花一輪を交互に見詰めていたが、次第に愉快な気持ちが腹の底から沸き上がってきた。


そうだ。


確かに少年は、私との契約を履行したに過ぎないんだ。

この私自身が、『望むままにお礼して差し上げます』と言って、この部屋に連れ込んだのだから。

あの少年(誘った時は少女とばかり思い込んでいたが)にそう約束したのは、事実なのだ。


 私はあの時、少年の見せた笑顔の意味を、初めて理解した。

まるで、プロヴァンスの青い空と、海と、補色を描くかの様に、真っ赤に咲き誇るレッド・レフア。

その花束を抱えて私を見詰め、したたかに微笑む少年。

そこには罪とか罰とか、そんな常識めいたかげりは微塵みじんも感じられない。

そうして少年は次第に透き通っていき、プロヴァンスの情景に重なっていく。

少年のくれたこの思い出も、格別のものかもしれない。


プロヴァンスの空は、やはり青いのだ。


END


09th Dec. 2011

29th Mar.2018 改稿

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