久能、優しさを知る


 隣町まで10キロだったのですが、実際に走ってみると全然余裕である事に久能は気づきました。

 時速25キロ程度で走れば、往復1時間で帰ってこれて、そのままヴァリアッテが待つお城まで行けば、おやつの時間まで十分に間に合う算段でした。

 出発してから30分後には、無事にヴァリアッテの指定したお菓子屋にたどり着き、


「あれと、これと、それと、あっちのを10個ください」


 美味しいそうなお菓子を見繕い、注文したのですが……。


「……あれ?」


 お金を支払おうとして財布を取り出そうとしたのですが、衣服のどこを探しても財布がなかったのです。

 何度確認しても見つからなかったため、お店のゴブリンのおばちゃんに不審な目で見られ始めました。


「……落としたのか?」


 財布をどこかで落とした事に気づき、久能は途方に暮れてしまいました。

 これではデザートを買って、お城に戻るどころではありませんでした。

 今から屋敷に戻ってお金を取ってくるのでは、おやつの時間には間に合いません。

 デザートを買わずにお城に行くのでは、ヴァリアッテを裏切るような事になりますので、それだけはできませんでした。

 そこで久能は機転を利かすことにしたのです。

 その事はヴァリアッテに説明しなければならない事を理解し、説明したらしたで必ず怒られる事も当然の帰結でしたが、それしか方法がなかったのです。


「店員さん。財布を落としてしまったようなので支払いができないのですが、この首輪にかけて、必ず明日お金を持ってきますので売ってくれませんか?」


 久能はヴァリアッテからもらった魔王の所有物である事が示されている首輪を店員に見せて、そう提案したのです。


「その首輪は魔王ヴァリアッテ様の……」


 ゴブリンのおばちゃんの表情に畏怖とも尊敬とも取れる複雑な感情が合わさった影が落ちました。

 おばちゃんは腕を組んで、しばらく考えた後、お菓子をもう一袋用意して、こう言いました。


「あんたが地球人なのは噂で聞いているよ。信用していい気がするし、明日、必ずお金を持ってくるんだよ。それと、この袋はあんたの分だ。あんたの分も渡さないと、私がヴァリアッテ様に怒られちゃうかもしれないからね」


 そう言って押しつけるように久能に渡したのでした。


「ありがとうございます!!!」


 久能は深く深く頭を下げて、お菓子の袋を二つ受け取り、急いでお城へと戻ったのでした。


「このうつけ者が! 余の顔に泥を塗る気か!」


 おやつの時間ということもあり、休憩室にいたヴァリアッテにお菓子を届けて、事の次第を説明すると、久能の予想通り、ヴァリアッテは怒気を露わにし、久能の事を足蹴りしました。


「明日必ずお金を払いに行くのだぞ。ただし、久能の分のお菓子代を含めた金額の二倍、いいや、四倍持っていけ。魔王がツケ払いするなどもっての他。余の名を信頼したその者にきちんと礼は尽くせ!」


 そして、ヴァリアッテは久能の事をもう一度足蹴をして、この件については不問に付すといった態度になり、久能が持ってきたお菓子を食べ始めました。


「……魔王御用達、と宣伝しても良いと伝えておけ」


 ヴァリアッテは美味しさのあまり目を細めて幸せそうにしながら、そんな事をぼそりと言ったのでした。

 ヴァリアッテに二回も足蹴された事と、ヴァリアッテの幸福そうな表情を見ただけで、蹴られた痛みなど忘れてしまい、久能は幸福感で心が満たされたのでした。




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