お昼ご飯の時間 その4
街には人が溢れていたのですが、ヴァリアッテが歩いていると、どういうワケか、ヴァリアッテを避けるように道ができるのでした。
街の人々はヴァリアッテの事を畏怖と尊敬を込めた複雑な眼差しで見守るだけで、声をかけたりすることはありませんでした。
当のヴァリアッテは、そんな視線などもやは慣れているのか気にしているそぶりさえ見せず、定食屋へと平然と向かっていました。
「変わらぬものだな」
不意にヴァリアッテが昔を懐かしむような目をしながら、そんな事を呟きました。
「何が?」
久能はヴァリアッテの後ろを歩いていたのですが、ヴァリアッテが歩く速度をゆるゆると緩めて久能と並んで歩いていました。
久能はヴァリアッテの後ろを控えるのを諦めて、並んで歩いていました。
「魔族と魔王との距離感というものだな。恐れているからこそ距離を取ってしまう。だが、その強さに心ひかれるものがあるからこそ、恐れおののいて逃げ出す事ができず、かといって、崇拝する事ができぬという曖昧な位置に魔王というものは位置しているらしい」
「なるほど」
久能は言葉の意味が魔族ではないので上手く飲み込めませんでしたが、とりあえず頷きました。
「この言葉は父上の受け売りであるがな」
ヴァリアッテは照れくさそうに笑いました。
「ヴァリアッテが肉親の話をするのは、これが初めてかもね」
久能は数週間ヴァリアッテと過ごしてきましたが、その間、家族についてヴァリアッテの口から語られる事はありませんでした。
そのため、タブーか何かだと思っていたのです。
「異世界転生の勇者に倒されたという話であるが、よく覚えてはいない。当時、余は師範の元で魔王の修行していたからな」
「魔王の修行?」
久能は思わずオウム返しをしてしまいました。
普通の修行ならば意味が分かるのですが、魔王の修行とか如何なる修行であるのか興味を持ったからです。
「魔王であるために必要な教養と知識、そして、魔王としての力を覚醒させるための修行である。久能の世界で言うところの魔王の『義務教育』である。魔王にとっては必要な課程である」
「ヴァリアッテには必要な事だったんだね」
義務教育と言われても、久能はピンときませんでした。
魔王にとっての教養課程があるなどとは思えませんでしたし、何よりも魔王にとって必要な教育とは如何なるものであるのか想像できなかったのです。
「魔王たるもの勇者に倒される程度などもっての外である。そういったものが魔王哲学だ」
「魔王哲学!?」
久能はすっとんきょうな声で、オウム返しをしてしまいました。
哲学は主題によって区分される事を知ってはいましたが、その区分に『魔王』などという主題があるとは想像したことさえなかったのです。
「父上は魔王として未熟であったのだ。勇者に倒されるなどもっての外である。余は七人の異世界転生の勇者を半殺しにし、簀巻きにして元の世界に戻してやったわ。魔王を名乗るのであれば、造作もない事だ」
ヴァリアッテがとある店の前で足を止めました。
「変わらないな、ここは」
大衆食堂と言っていましたが、日本の夫婦でやってそうな街の定食屋さんと言った店構えでした。
チェーン店やフランチャイルズのお店とは違い、味わいがありそうな雰囲気がしていて、久能は期待が膨らむのを感じました。
「入るぞ」
ヴァリアッテが扉を開けて中に入ると、
「へいらっしゃい!」
威勢の良い、ドスの利いた声が聞こえてきました。
久能はヴァリアッテに続くように入店しました。
店主らしき男が厨房で調理していたのですが、その男が海坊主そっくりで度肝を抜かれました。
「おお! 久方ぶりだな、ヴァリアッテ。今日は、魔界定食しか出してねぇが、それでいいか?」
「二人分頼む」
「あいよ!」
海坊主が久能の事をちらりと見たのですが、興味がなかったようで、すぐに調理の作業に戻りました。
「店主は父上の右腕と呼ばれた男だ。今では大衆食堂の店主となってしまったが、昔は今の十二使徒など手も足もでない程の豪傑だったのだぞ」
店内は半分くらい席が埋まっていました。
それだけ賑わっていたのですが、入ってきたのがヴァリアッテだと分かると、店内の空気が一変し、お客さん同士の会話が少なくなりました。
ヴァリアッテはそんな事に気にかける様子を露ほども見せず、カウンター席に腰掛けました。
「言い忘れていたが、お前へのお仕置きは、昼ご飯を食べたら直ちに隣町までデザートを買いに行く事だ。おやつの時間までに戻ってこなければ、お仕置きだな、お仕置き」
「はい」
隣町までは、この街から十キロほどあります。
魔界定食を食べた後で、隣町まで全力で行き、デザートを買って、時間内にお城まで戻る事ができるか、久能にはあまり自信がありませんでした。
ですが、ヴァリアッテのために、必ず間に合わせると心の中で誓ったのでした。
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