2018年3月26日 蜥蜴丸(別ver)

一日一作@ととり

第1話

かさり。と、小動物が草を踏むような音が聞こえた。たぶん大きさは手のひらに乗るくらい、この昼日中に活動しているところを見ると、とかげか蛙か、蛇かも知れぬ。こどもはそう思って藪に目を凝らした。親はすでに遠くの方を歩いている、こどもは親の手伝いで畑から帰る途中、とかげを捕まえようと道草をしていたら、遠く離れてしまった。


それでも、こどもは藪の中に動くものは無いか夢中で目を凝らす。その時だった、目があった。藪の影の中に二つの目が。とかげでも蛙でも蛇でもない。鼠でも小鳥でも、猪でも、鹿でもなかった。人の目だ。人だと認識したら全体が見えた。こっちをじっと見ている、黒装束の大人の姿。こどもは一瞬で凍り付いた、ばけものだ。やまのばけものが潜んでいる。そう叫びそうになったのと、その黒装束が素早く腕を伸ばしたのは同時だった。


次の瞬間、こどもは、黒装束に抱えられて風のように木々の間を飛んでいた。実の親の姿をそれから見たことはない。こどもは黒装束の男に育てられた。もう田畑を耕すことはない。井戸で水を汲むこともない。仲良く一家団欒を過ごすこともない。ひたすらに忍びの術を仕込まれ、暗殺術を仕込まれた。


ある、武家屋敷の奥の庭で、身分の高そうな侍が池に向かって立っていた。「蜥蜴丸」そう囁くように侍が呼ぶと、庭に控えていた蜥蜴丸は、知ってるものにしか分からない、小さな声で答えた「お呼びでございますか?」「東に飛べ、蜥蜴丸」「東の国で不穏な動きがある」「わかりましてございます」そう答えると、かさり。と、小動物が草を踏むような音が聞こえた。とかげが身をひるがえすような、乾いた小さな音だ。


(2018年3月26日)

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