ラウルバーシュの名のもとに

雄大な自然

第1話 ラウルバーシュの名のもとに

光が奔る。音もなく無数の斬撃が宙を舞い、双方から放たれた光の軌跡がぶつかり合い、絡み合って周囲に轟音と暴風を巻き起こす。

その暴風の中心に立つのは二体の巨大な機人。

超光速域に至った装機の戦いを常人が感知するのは不可能だ。

彼らに出来るのは、障壁に守られた観客席で、光速を超えた速さで飛び交う機人の姿を垣間見ることしかできない。瞬きほどの瞬間しか見えないその戦いぶりは、だが、そこに残像を残して人々の前にその姿を現す。

一瞬、暴風が途切れる。光を超えた巨人同士の戦いが巻き起こした衝撃が大地を割り、粉塵を巻き起こし、伝播した衝撃波は、100ケルテル離れた観客席の前で不可視の障壁に阻まれて消えた。星を砕く威力をも防ぐ魔力障壁が、ひび割れる。

人々のどよめきの中で、途切れた噴煙の中から二体の機人の姿が見えた。

黒い機人が膝をつき、深緑の機人が手にした十字槍をその眼前に突きつけた。

「セントゥリス!」「セントゥリス!」

人々は歓声を挙げ、口々にその勝利を称える。

正義はなされた。彼らはそう信じて疑わなかった。


「——終わりです。伯父上」

膝をついたヴァルザードから目を離すことなく、セントゥリス・ラウルバーシュはそう告げた。言葉とともに、手にした槍の穂先がわずかに震える。

乗機であるサウザードとヴァルザードは細かな装飾や体格、体色の違いこそあれど、その機体はほぼ同じものだ。しかしサウザードは、まだ発展途上ながらヴァルザードをわずかに凌駕する性能を発揮していた。

そして乗り手であるセントゥリスもまた伯父であるドルティウスをわずかに上回った。それがこの差につながったのだ。

「——終わり、だと」

だが、伯父はその結果を嘲笑する。30リッドを超え、サウザードより二回り大きなヴァルザードがドルティウスの動きに追従して震えた。笑っているのだ。

「この程度で、儂に勝った程度でラウルバーシュの名を継ぐつもりか?」

「伯父上!」

突きつけられた槍先をものともせず、ヴァルザードが立ち上がる。観客席のどよめきが、サウザードが拾った彼らの声が、セントゥリスの耳に届いた。

「たかが超光速程度で!星海に誇る槍術の名門、ラウルバーシュの名を継ごうなど片腹痛いわ!」

ぞくり、とセントゥリスの背筋が凍る。

ヴァルザードから放たれた巨大な闘気プラーナの奔流がサウザードを押し返し、セントゥリスはその場に止まるのが精いっぱいだった。

あり得ない光景だった。すでにヴァルザードに戦える力は残っていないはずなのに。

次の瞬間、サウザードの顔面に鋼鉄の拳が叩き込まれた。反応すらできずにセントゥリスは機体ごと数百リードを吹き飛び、かろうじて踏みとどまらせる。

だが、直後に追撃。蹴り飛ばされ、今度こそ地面に叩きつけられる。

「——!!!」

セントゥリスの全身が緊張する。張り巡らされた闘気プラーナがサウザードの魔導エーテリアル回路と同調し、セントゥリスの光すら超えた超光速の知覚が物理事象を超え、更なる高次元領域で世界を捉える。

だが、その超光速をもってしても、ヴァルザードの動きは一瞬しか捉えられずに三度サウザードの巨体が宙を舞った。叩きつけられた機体が大地を割り、星すらも震わせる。結界により何万倍にも強化されたはずの大地が、そのまま惑星ごと割られそうになる。

「どうした!そんなものか!」

まるで地獄の底から響くような伯父の叫びが、その言葉そのものが巨大な圧力となってセントゥリスに叩きつけられる。

「自らが光となり、光を超える。その先に、更なる世界がある」

ヴァルザードの巨体が軋む。装者である伯父がそうであるように、その機体もまた限界を超えた出力の負荷に膨張し、全身から血と蒸気を噴き出している。

その領域に、彼らは一瞬しかたどり着けないのだ。その一瞬のために乗り手も機体も限界を超えていた。

軋み、呻き、悲鳴を上げて、ヴァルザードが揺れる。

「これが神速というものだ!!!!」

放たれた怒号がサウザードの機体を貫き、セントゥリスの全身に砕けるような激痛が走った。


「これは……」

あの日、伯父の不正を暴くために忍び込んだ私室で手にしたものが何なのかわからず、セントゥリスは困惑した。

手にした薬瓶に見覚えはなかった。物心ついた時から育ての親である伯父が、何か病気であった記憶などない。

「あら、いけない子ね。こんなところまで入り込むなんて」

「——伯母上?」

気配もなく、奥につながる部屋の扉の裏から妖艶な美女が姿を見せた。

魔女とすら称される伯父の妻、ファトナは不気味な笑みを浮かべてセントゥリスの手にした薬瓶を見やる。

「あの人もこんなところに置いていくなんて、困ったものね」

「伯母上、これは一体?」

叔母から目を離さず、セントゥリスは詰問する。

「わからないかしら?」

「強化剤……ですか?しかし伯父上ほどの戦士がこんなものに頼るはずが」

「……本当にあり得ないかしら?」

叔母の纏わりつくような言葉に、セントゥリスは身を震わせた。


「ラウルバーシュ家の名を継ぐということは、この全銀河に、星海の最高に名を連ねるということだ。そこには小細工など通用せん。ただ力あるのみ」

「……だから、薬を使ってでも強くなったというのですか」

重い。全身が砕かれたように重かった。

それでも、そこで動かないわけにはいかなかった。

あの日からどれほどの月日が経っただろう。

伯父への悪評は何度も耳にした。勝つためには不正に手を染める男だと、自分の父を殺し、ラウルバーシュ家の乗っ取りを企んでいたと。

それでもセントゥリスにとっては彼こそが父なのだ。誰より強くあれと、自分より強くあれと鍛えた師なのだ。

幼い頃に亡くなった父に代わり、今日まで育ててくれたのはドルティアスに他ならない。

その父が、死を覚悟してでも自分にあるべき力を見せつけようとしている。

セントゥリスの動きに合わせてサウザードが手にした槍を構える。

「ならば僕は、今のまま、あなたを超えて見せます」

「……それで、良い」

放たれた槍がそこに達したのは一瞬。わずか万分の一秒程度。

だが、ドルティウスは、自身を刺し貫くそれが、確かに光速を超え、超光速を超えたさらに先、神速に達したのを知覚していた。何かに頼ることなく、自らの力のみで、セントゥリスはその領域に到達したのだ。

「——それで、良い」

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