第26話

「おい! 何がどうなってる?」

「雨が止むのは、戦争の合図なのだ」


 あれだけ土砂降りの雨が瞬く間に干上がってしまっている。こいつらの国は、敵国から雨と結界の力で痛めつけられているという話しだったが。


「魔法の効果が切れたのね」

「そうだ。数日間もの雨を降らせていたせいで、魔力が切れてしまてるのだよ。その間、直接的な攻撃はしてこないが、切れた途端に侵略してくるのだよ」

「だから雨が止むと、開戦の合図というわけなのね」

「そうだ。一方的に雨で衰弱していく中、我輩は次の開戦時に向けて、異世界人の召喚を行ていたのだ」


 雨で弱らせてから、単純な戦力で叩き潰す。それが敵国のやり口なのだろう。攻撃を仕掛けてくるのも相手のタイミング次第というわけだ。

 対して、こいつの国は結界が張られている以上、まったく手出しができず、ただ嬲られていくだけ。

 王は反撃の一手を探るべく、こいつらの言葉を借りれば異世界人を頼ることにしていたのか。


「……理由はどうであれ、俺たちは力を貸す気はないぞ」

「分かてる。君たちを頼るのは、もう諦めたよ。それに、もう……我輩たちに戦う力はない」


 戦意喪失している。敗北を悟った顔をしていた。


「そっか。兄さんが王様の部下たちをみんな、殺しちゃったから、戦える人たちがいないだね」

「そうだ。思た以上に、君は我輩の国をメチャクチャにしてくれたのだ」


 だとするなら、この国が滅びる原因は俺になるのか。勝手に召喚されて、殺されそうになり、その上、国の滅亡にも関わってしまうのか。俺は。

 悪いことをした。とは思えないな。すべてこいつらが俺に仕掛けてきたのが悪い。


「恨むなら、お前らが俺たちにしてきた仕打ちを恨め」

「……些細な行き違いがこんなことになてしまうとは。……やりきれん」


 止むことない攻撃の嵐は、この城にまで及んでいる。城壁の一部が崩落したような、激しい衝撃音が伝わってきていた。ここも、そう長くは持ちそうにないな。


「そろそろ俺たちを帰らせてもらおうか。これ以上、お前たちの事情に巻き込まれるのもごめんだからな」

「ああ、しかしここは散らかり過ぎている。もう少し広い、屋上に移動しよう」


 お前が散々破壊してきたのだろう。と言ってやりたかったが、黙っておいた。いまは、元の世界に戻れる召喚魔法をさっさと使ってもらいたかった。

 王についていき、部屋の隅にあった螺旋階段を登っていく。ところどころに錆びた格子窓が嵌められ、まるで年季の入った監獄のようだ。


「本当に、戦争が起きているのね」


 格子窓からのぞき込んだ瑠璃が、景色の感想を言ってくれる。俺も似たような感想だ。

 爆発音が響き、城内が軋み、螺旋階段を登っている俺たちの頭上から、破片が落ちてくる。この建物の造りが弱いのか、敵の攻撃が熾烈なのか。

 俺は瑠璃の頭を城壁の破片から守るようにして歩いた。むせ返り、足に傷を負っている瑠璃は、壁に手を付いて歩いているので、自然と歩幅も合わせた。背負ってやろうかとも思ったが、瑠璃は自分の足で歩きたがった。

 まあ、ここまでくれば、そう急ぐ必要もないか。

 やがて、屋上までたどり着き、久しぶりに晴れた空の下に出て来られた。王が雷で破壊した一部分が景観を損ねていたが、あまり差し障りはない。


「ここで、召喚魔法を行う」

「分かった。それじゃあ、早速やってもらおうか」


 俺と瑠璃の戦いがついに、終わるのだ。長く苦しい戦いだった。


「……兄さん。見て」


 柵にしがみ付いて、眼下を見下ろしている瑠璃が呼んでいた。完全に景色に見入っている瑠璃に俺も釣られて眺めてみた。

 国境部分から戦争は広がっていき、もう随分と国の内部にまで攻め込まれているようで、各地で争いが勃発しているのがよく見えた。

 国は大きく荒れ、爆発し、炎上し、血と暴力が蔓延し、人々の嘆きと怨嗟で悲惨さを物語る。まるで、世界が歌っているかのようだ。

 平凡な世界が壊され、作り替わっていく過程がはっきりと見て取れる。国が滅んでいく一端を俺たちは眺めていた。

 こうして俯瞰していると、国は壊れやすいんだな。なんて思える。大金と大勢の国民の手によって、何十年も何百年もかけて、今なお進化の途中である国でも、壊すことは容易い。

 世の理だ。人の手で造られている以上、それを壊すのもまた人の手だ。

 国だけじゃない。物だってそうだし、環境だってそうだし、人間だってそうだ。

 全部、人が作って人が壊す。

 現実世界でも、異世界でもそれは変わらない。

 俺は人を壊し続け、ついにはこの惨状までもを引き起こした。たった一人の人間の手で狂っていった。

 積み木みたいなもんだ。どこか一か所が壊れてしまったから、あとは勝手に瓦解していった。

 気の毒に。とは感じてやれない。先に仕掛けてきたのはこいつらなのだから。破滅を呼び起こしたのこいつらだ。


「この世界ももう終わりだな」

「君が滅亡させた世界だ」


 紛れもない事実だ。


「自分たちで解決せず、異分子に任せようとするからこうなったのだろ。いい教訓になったんじゃないか」

「……身に染みたよ」


 王はうなだれるしかなかった。この国の歴史がどれだけ続いているのかは知らんが、一国の王として、さぞかし無念なのだろう。


「これ以上は見ていられないわね」


 柵から手を離した瑠璃は、俺の袖を掴んで異世界に言葉なく別れを告げていた。


「帰ろう……瑠璃」


 瑠璃の白くて細い腕を取って、俺は異世界の王と向かいあう。


「さぁ、俺たちを元の世界に戻せ。それで、お前たちとの因縁もすべて消える」

「本当にいいのだな?」

「今さら何を聞き返している。まさか、俺たちがこんな世界に未練を残しているとでも思っているのか?」

「……ないのか?」

「あるわけないだろ。こっちは、お前らの訳わからん事情に巻き込まれて、とんでもない目に遭わせられた身だ。あるのは、怨みと怒りだけだ」


 その感情から、何度か滅んでしまえと願ったことがある。まさに叶っているわけだが。最後の最後に神も融通を利かせてくれたようだ。


「……王様。召喚魔法を使って」

「分かた」


 王は念仏のような言葉を唱え始める。その瞬間に足元に文様が浮かび上がり、微かな浮遊感に襲われた。

 そうだ、この感じだ。

 異世界に召喚される際に感じた気味の悪い浮遊感だ。宇宙空間を遊泳する宇宙飛行士も味わっているあの浮遊感。このまま跳び上がれば、どこまでだって突き抜けていけそうだ。

 何もかも、あの時と同じだ。

 光の壁のような物が俺と瑠璃の周囲に現れ、外界との接触を断絶してくる。いよいよ、異世界から離れることが出来る。

 嫌な体験ばかりで、良い思い出なんて一つもない異世界。ここまで無感動になれるのは、全部それが原因だ。

 液晶が割れるかのような巨大な亀裂が頭上に走り、砕け散って真っ黒な空間が覗けた。

 何もない。何も見えない。あるのは、黒いだけの虚しい世界。

 手を握っていた瑠璃の力が強くなっている。怖いのだろうか。それも無理はない。あんな寂しさのある空間内に入り込もうというのだ、多少なりとも恐怖はあるのかもしれなかった。

 だから、俺は恐怖を振り払ってやるために握り返した。

 そうして俺たちは吸い込まれるように、裂けた空間内に取り込まれ、同時に意識も途絶えた。

 それが、異世界で体験した最後の記憶となった。

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