第12話

 腰に差したボウイナイフに手をかけようとした刹那、拳銃使いの火が吹いた。同時に投げ放ったボウイナイフが拳銃使いの腹部に突き刺さる。俺が受けた少々の傷では大事ないことは明らかであり、多少の痛みが生じるに留まっている。反対に拳銃使いは腹部の痛みに悶え喘ぐ。

 好機と理解して、疾く迫るとともにボウイナイフを無造作に抜き取る。止めは拳銃使いの腕を絡めとり、顎下に銃口を合わせて即座に引き金を引いてやった。

 一人目の命が散ると、背後で殺気を感じ取る。

 身体は殺し屋としての本能に従い、ボウイナイフを逆手に持ち替えて、肉薄した気配を絶ち斬った。その正体は命(ひと)だった。

 こめかみに叩きつけたボウイナイフを抜き、死体と化した人間を蹴り飛ばす。その背後に控えていた三人の人間は、ドミノ倒しのように次々と地べたに押し倒される。

 先刻の拳銃使いから取り上げた拳銃に弾が入っていることを確認し、銃口を一番手前の男に向ける。

 異国の言葉で痛みに喘いでいるが、至極どうでもいい。同じ人類とはいえ、鳴こうが喚こうが助けてやるつもりはないし、情が湧くわけでもない。

 前提として泣きついてくる相手を間違えているのだ。殺し屋をやっている俺にとっては、いちいち殺戮を行うことにためらいはない。目的完遂のため、死んでもらいたい命もある。

 ――故に鳴らす発砲は三度で済む。

 打ち上げられた魚がのたうち回るのを止めるように、三人は力尽きる。その直後――いつの間にか背後に迫っていた人間に俺は羽交い絞めにされる。

 油断したつもりはない。おそらく、こいつは頭一つ抜けた実力者だろう。おそらく達人級に迫る武術でも身に付けているのだろう。恐ろしいほどに気配を遮断した接近だった。振り解こうともがいてみるが、解放されそうにない。そればかりか、前から新手が近づいてくる。

 巨漢の大男だ。鈍器みたいな腕で殴られれば一たまりもないだろう。身動きの取れない俺は数日分の雨を染み込ませた土を蹴りあげ、大男の顔面に文字通り泥を塗りつけてやる。

 大男が付着した泥で視界を遮られている僅かの間に、羽交い絞めをしているこいつを何とかしなければならない。

 俺はかかとで男のふくらはぎを蹴り、一瞬の隙を作りだす。すかさず、しゃがみ込むと同時に胸倉を掴んで地面に叩きつけてやり、男の顔を足で踏みつけてぬかるんだ土に沈める。

 その間に大男は再び俺に敵意を向けて来ていた。イノシシの突進の如く鬼気迫る突進をしてくる大男を相手に、俺は拳銃に残った銃弾をありったけぶち込む。予想以上に弾は込められていたようで、全弾使い切るまでに時間がかかった。しかし、そのおかげで弾が切れたころには、鉄板のような分厚い肉が完全粉砕され、見事に大男は事切れた。代わりの弾もない拳銃はただの鉄くず同然となり、冥土の土産として死体となった大男の元に投げ捨てる。

 また一人、命が亡くなった戦場。だが、一人死のうが二人死のうが終結へと向かうはずもなく、終わりはただ全員が死ぬか、俺が死ぬかで決まる。

 油断も隙もなく今度は、足元に顔をうずめている男が反撃に転じてくる。足を掴まれ、俺が地面へと引きずり倒されそうになる。入れ違いに立ち上がった男は掌底を俺に叩きこんで吹き飛ばす。泥水が外套を汚すが、気にしている暇はない。やはり、あの男は相当な手練れだ。

 日系人らしく見える風貌をした男は、独特な武の構えで俺を挑発してきた。

 容姿と武術の構え方からして、中国拳法であることは間違いない。確か、内家拳と外家拳だったか……。あちらの国の連中とはまともにやり合ったことはなく、骨が折れそうな相手である。

 深呼吸を一つ零すか否かの速さで迫ってきた男。次々と繰り出される拳法の技に苦戦しながら、反撃の一手を探っていく。異世界では俺を含め、人類は現実世界よりも身体能力が大幅に飛躍している。それと合わさって、あまりにも速過ぎる技の数々に対処が追いつかない。かすりながらも次々と打撃を喰らい続けていたが、ついに強烈な最速の一撃が炸裂する。

 俺は大きく吹き飛ばされ、地面を転がって泥水を被った。このまま正攻法でまともにやり合い続けていても俺が一方的に押されてしまうだけだ。

 ならば、どうするべきか。

 奴が速さに特化していることは明白だ。だが、それはこちらも同じこと。

 朽月の技には、ただただ速度に任せた疾走の一撃がある。限界まで極められた速度が為せる最速かつ、無音の世界を駆け抜ける必殺の技。

 俺が速いか、奴が速いか。

 おそらく、次の一手はコンマ一秒の差で決着が付くだろう。


 “無の境地”


 ぬかるんだ土に足をうずめ、爆発的な疾走を生み出す準備をする。

 さほど間が明かない内に、俺たちは合図をするまでもなく互いに仕掛けた。練り上げられた力が土を跳ね飛ばし、真っ向から対峙する男との交錯するその一瞬――。


 “散華”


 散ったのは俺か、奴か。

 交錯した最中のことは、夢幻を見たような刹那的に残る想い出。あの一瞬で何が起こったのかなど、結果でしか証明することは出来ない。

 結果――俺には確かに斬った感覚が残っている。そして、身体のどこにも打撃を喰らった感覚は残されていない。すなわち、この速度対決は俺の勝利に落ち着いたことになる。

 遅れて泥水が跳ねる音が聞こえる。それは、男が倒れる音でもあった。

 これでまた一人脱落者が現れ、ようやく割り込める隙間を見つけた残りの敵が一斉に強襲してくる。そいつらと張り合っていく中で、ある確信が生まれた。

 ここまでの戦いで、こいつらの一人一人の戦闘能力をみれば、武芸の達人であることは明白だ。しかし、それはあくまでも個人の評価である。人種も扱う武芸も違っていれば、それぞれが得意とした戦法で単身かかってくる。結論から言えばまるでチームワークがないのだ。

 異世界の軍隊は、個人の力だけで見れば赤子を捻るような労力で骸に変えてやれるが、代わりに統率が取れていた。つまり、連携した戦法が出来ているのだ。

 逆にこいつらにはそういうものが一切ない。

 例え一人一人が強くても、全員がバラバラな動きをして、違う武芸を扱うとなれば戦略などはない。加えて言語の違いもあるためにチームワークはガタガタだ。

 武道で攻めてくる奴がいたとしても、空手や中国拳法、ボクシングなど様々なタイプが襲ってくるし。武器を携えている奴がいたとしても、剣や槍、重火器など多岐に渡って襲ってくる。

 各部門の選りすぐりが一斉にかかってきているだけだ。おかげでそれぞれの本領を発揮できずに、為すすべもなく俺の手によって散っていく。

 あの中国拳法の使い手のように、一対一で挑まれるような事態にならない限り、俺が敗退することはない。つまり、勝ち抜き戦のような状況にさえならなければいいだけだ。

 現状を維持しつつ、着実に数を減らす。もう僅かというところまで殺し尽くすと、俺の死角を狙った位置から矢が飛び、とっさにボウイナイフで斬り伏せる。

 放たれた矢は闇に包まれた木々の隙間からのようだ。大方、人が減ったことで的に当てられる余裕が出来たのだろう。しかし、そのうざったらしい援護に目を向けてやるべきではない。大体の位置だけを把握し、残っている敵の排除を優先する。

 数は四人……か。目の前に三人と闇に隠れてる奴が一人。

 さっさとこの三人を仕留めなければ、次の矢が飛んでくるだろう。そうなれば、形勢は逆転してしまう。

 次の矢が放たれるまでは十秒とかからないだろう。だが、それだけあれば十分だ。俺の最速の一撃はそれを遥かに上回っている。

 朽月の速度を活かした技。“散華”にはまだもう一段階上があるのだ。

 いまこそ、見せてやるべきか。朽月の誇る最速を越えたその更に先を――。


 狙うべき標的は三人。そいつらには俺を止めることは不可能だ。俺を止められるのは、自身の体力が尽きる以外にない。


 ――これは、俺の体力が続く限り幾度でも咲き散らすことが可能な究極の技。


 連続して咲き誇る鮮血の花弁は桜吹雪の如く舞い散り。途絶えることのない影の閃きは、囚われることのない残像の如し。

 その名を――“続・散華”


 目前に迫った敵に“散華”が花開き、続く二人目にも“散華”が行われる。

 一人、また一人と血しぶきを上げていくその様相は、まさに儚く散る桜の吹雪く姿。

 そして、“散華”と“散華”で紡がれていく疾走は影となり、残像を映す。

 ここに、最速にして無音の殺戮を完遂する。

 何が行われたのか理解するまでもなく、三人の男たちは倒れ込む。残す敵は木陰に潜んでいる弓使いだけとなった。

 すでに位置は把握しており、俺は鎖鎌を携えて敵(そこ)へ向かう。その途端、弓矢が飛んでくるが、鎌で軽く弾いてやると、矢を構える前に木陰にて移動を始める弓使い。俺はその気配を感じ取って、大体の位置へと鎖分銅をぶち込む。

 当たりはしなかったが、惜しいところを掠めたようで弓使いの驚愕の声が漏れる。鎖を辿って近づくと、果たしてそこには弓使いがいた。

 たった一人残された弓使いは俺への畏怖を表した。だが、そんなもので俺の同情を引けるわけもなく、無情になって構えた鎌を脳天に振り下ろした。

 これで、ようやく終わったのだ。辺りにはもう生きているのは俺しかいない。シャワーのように降り注ぐ雨を浴び、地表には血と泥が混じっている。

 すべての殺戮がようやく終わり、あとに残されたのはおびただしい数の死体。築き上げられた死を前に、俺は大切な者を守り抜けたことに達成感を覚えた。

 小屋から様子を窺がっていた瑠璃が泥水を跳ねさせて死体の山を渡って来る。


「怪我しちゃってるね」

「かすり傷だ」


 受けた傷は武術使いによる打撃と最初の銃弾のみだ。さほど、目に見えた傷を負ったわけではない。


「怪我を診るのは私の役目だから」


 瑠璃は小屋から持ってきたであろう、包帯を銃弾が掠めた部分に巻いてくれた。


「はい、出来た。兄さん……ご苦労様」


 慈愛の籠った労いの言葉を受け取り、仕返しに瑠璃を優しく抱きかかえてやる。

 勝利の栄光を称えるのは一層強さを増していく雨。そいつを浴びながら、俺と瑠璃は闇に満ち溢れた木々の合間へと歩を進めた。

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