私とあなたの異世界存亡

メープル

第1話

 今、置かれている現状について、俺は何かしらの説明を誰かに求めたい気分だ。

 あれは一瞬のことだった。自宅で眩い光を直に受けたあと、この身体はいつの間にか見知らぬ土地へと転送されていた。

 初めはどこか遠くの森林にでも飛ばされたのかと思い、取りあえず開けた場所に出て位置把握をすることにした。方向感覚も分からないまま妹の瑠璃(るり)と彷徨い続け、なんとか出てくることは出来たのだが、そこで俺たちの姿を古めかしい民族衣装を着た連中に眼をつけられたのだ。その目は明らかに訝しむようであり睨みつけてくる謎の五人組。

 そう思われるのも無理はないだろうと思えた。

 いまの俺の格好は、全身を黒の外套で覆っている状態だ。加えて仮面をつけている。俺の、いや……俺たちの一家が先祖代々受け継いできた衣装だ。


「兄さん……あの人たちは一体何者なの?」


 傍らで寄り添っている妹の瑠璃(るり)が恐ろしい物でもみたかのような震えた声音で聞いてくる。

 獣の耳と尻尾を持つ人間。最初は俗に言うコスプレなのかと思ったが、まるで生きているような滑らかな動きを見せつけられたら、そうではないと否定が出来る。


「分からん。だが、安心しろ。俺がいる限り、お前には危害が及ぶことはない」


 連中は動きを見せず、俺たちをただ警戒している。どちらかが何らかの行動を見せたとき、現状は大きく動き始めることだろう。


「ねえ、兄さん。きっと、その仮面のせいで余計に怪しく見られているのかもしれないわよ。なんだか、みんな兄さんのことばかり見ているような気がするもの」

「これか……? そうだな。確かに素顔を見せておいた方がよさそうだ」


 瑠璃は俺と違って、清潔感が漂う白い絹のようなドレスを身に付けている。だれがどう見ても非力で可憐な少女としか思えない容姿で、なるほど瑠璃の言う通り一番この場で怪

 しい風貌をしている俺に注目がいくのも頷ける。

 このまま突っ立っていても何も始まらないだろうし、ここは瑠璃に従って白一色の仮面を取り外す。

 僅かに身じろぎした集団だったが、俺の素顔を見るなり、内輪で会話を始める。


「――――」

「――――」

「――――」

「――――」


 一体奴らは何を話している? 驚くことに言葉のイントネーションも違いすぎて、うまく聞き取れない言語に俺はただ、戸惑いしかなかった。


「瑠璃。奴らの言語に聞き覚えはないか?」

「ううん。あんな言葉知らないわ。一般的に知られている言語ではなさそうだし……」


 日ごろから、たくさんの書籍を読み漁っている瑠璃ならばもしかしてと思ったが、やはり耳にしたことがないらしい。

 博識である瑠璃ですらお手上げだというなら、この場で対話の余地はなさそうだ。おそらく、奴らも俺たちと同じく、こちらの会話は聞き取れていないだろう。


「お前たちは何者だ?」

「――――」


 お互いに一方通行の会話。やはり、これではらちが明かないだろう。


「仕方がない。騒ぎが大きくなる前にいったん身を隠すことにしよう。――おいで、瑠璃」

「はい、兄さん」


 か細い瑠璃の手を引っ張り、奴らがいる方向とは逆向きに進もうとしたとき――。


「――――!」


 俺の直感が奴らの敵意を感じ取り、疾く振り返ると炎を宙に浮かせている奇怪な現象に出くわした。


「なんだ……! あれは――」

「夢でもみているみたい……。種も仕掛けもない空中で炎を出すことができるなんて……! まるで手品師みたいだけど……兄さんも見たことがないのかしら?」

「知らん。しかしなんだ? 俺たちは幻覚でも見せられているのか?」


 数々の修羅場をくぐってきた俺ですら、あんな芸道は見たことがない。


「想像の範囲内でしかないのだけど、もしかしたらアレは超能力や魔法の一種なのかもしれないわ」


 珍しい物を見たせいか、言葉の調子を弾ませて答える瑠璃。だが、そんなリアクションに俺は合わせることなんて出来ない。


「瑠璃。いくらなんでもそんなバカな話はないだろう。ここは現実のはずだよ。……まさか、空想やおとぎ話の世界に俺たちが紛れ込んだとでも言うのか」

「でも、おかしなことばかりじゃない。この不可思議な力や言語とあの獣耳。それに見たこともない大自然も何もかも説明が付かないことばかり。こんなの普通じゃないわ。まるでファンタジー小説の物語の舞台に迷い込んだようだわ」


 これまでに出くわした現象を思い返せば、瑠璃の言っていることにも一応は納得してやれないこともない。

 瑠璃が一言まやかしだと言ってくれればそっちを信じてしまいたいのだが、ここは紛れもなく現実で夢なんかではない。

 俺の五感すべてと瑠璃のぬくもりは疑いようがないことを告げている。


「現実であって、現実でない世界……か」

「異世界とでも言った方がいいかしら。ファンタジー小説なんかではよくある舞台設定よ」


 まったく知らんがそうなのか。なら目の前にいる奇妙な連中は異世界人とでも呼べばいいか。

 そんな異世界人は敵対行動を保ったまま、俺たちから目を離そうとはしない。

 きっとこれが最後だろう。ここで背中を見せれば、奴らの格好の餌食となる。ならば、こちらも相応のやり方で対応しなければならない。


「――――」


 外套の下から武器を取り出そうとした瞬間、怒声と共に炎が礫となって襲い掛かってきた。

 すかさず、俺は瑠璃を抱いて炎を掻い潜ってやり過ごす。――が。

 なんだ? この感覚……? 微かに違和感が身体に付き纏った。


「瑠璃。怪我はないか?」

「私は平気。兄さんこそ、大丈夫? 当たったりしていない?」

「問題ない。この程度を躱すことぐらい造作もない」


 抱いた瑠璃を地面に下ろす。

 外傷はない。しかし、だ。俺は良しとしても、瑠璃に危害を加えようとしたことは万死に値する。


「危ないから、下がっておくんだ。瑠璃を傷物にしようとした罪は、その命で以て贖ってもらう」


 今度こそ、外套に隠している俺の得物を取り出す。

 二対で一刀として扱っている愛用品のボウイナイフ。これさえあれば、こいつらをこの場で皆殺しにするには十分すぎる。


「朽月(くちづき)の四代目。朽月玻璃(くちづきはり)が受け継いだ殺しの芸をとくと味わえ――」


 俺が真っ向からボウイナイフを携えて突っ込むと同時に、奴らは炎の礫を浴びせてくる。

 軽くそれを避けてやると、五人はそれぞれ次々と炎を放ってくる。数撃てば当たるとでも思っているのか知らんが、どう考えても戦闘慣れしていない素人だ。だがそれは、この世界では俺にも当てはまるのかもしれない。

 先ほどから付き纏う違和感。身体の中身が空っぽになっているのではないかと錯覚するほどに軽いのだ。右へ左へと体を捻って避ける動作一つ取っても、恐ろしいまでに身のこなしが軽すぎる。果たしてこれは俺の身体なのか? 誰かに乗っ取られていると言われても自然と納得が出来てしまいそうだ。

 だが、むしろこれは慣れてしまえば非常に戦いやすい環境じゃないのか。

 俺は思い切って足腰に力を入れ、一気に地を蹴りあげて加速する。連中は眼前にまで一瞬で肉薄されたことに対して、表情から驚いているのが分かる。無論、俺も驚いている。

 まさか、ここまでの速度が出るとは思っていなかったのだ。

 これはなんて好都合なのか。普段とは打って変わった身体能力で奴らの内、三人の首を掻っ切って血しぶきを上げさせる。

 戦う力を持ってはいるが、やはりただの素人だ。こいつらは狙撃しか能がないのか、ただうろたえるだけで酷く滑稽だ。

 命乞いのつもりか知らんが、何かを訴えるように声を荒げている。しかし、言葉が通じ合わない以上、俺には何も感じることはない。殺し屋の世界は非情だ。いちいちそんなことに気を使っていては俺が殺される。だから、いつものように淡々と止めを刺してやった。


「……あっけない。こいつらはこの世界ではただの一般人にしか過ぎなかったようだな」


 だからと言って慈悲をかけてやるつもりもないが。瑠璃に牙を向けたからには相応の報いを。そして、殺し屋に喧嘩を売ったことを思い知らせてやっただけ。


「――きゃ……っ! 兄さん! 助け……!」


 瑠璃の悲鳴を聞き、とっさに振り返ると。こいつらと同じ服装をした連中に組み倒されていた。


「瑠璃――! 貴様ら……っ」


 周りの木陰にでも身を隠していたのか? それとも偶然通りかかっただけなのか? いずれにしても、俺としたことが油断してしまった。他にも敵がいないかどうかぐらいは気を配っておかなければいけなかった。それよりも、訳の分からない世界で瑠璃から目を放したことが一番不味かった。

 こともあろうか、炎を瑠璃の側で発生させやがった。言葉は分からなくとも、その行為が瑠璃を人質に取っているのだということは分かった。

 俺は大人しく、武器を納めて様子を見ることにする。そうすると、連中が手招きをしてくるので敵意を見せずにゆっくりと近づいていく。

 連中の数名が俺を取り囲み、瑠璃の言うところの魔法を向けてくる。炎、水、土と色とりどりだ。

 その気になれば、こいつらの包囲網は簡単に突破できたが、瑠璃が人質になっているからには、俺は抵抗すら出来ずに連中のされるがままになってしまった。

 後ろから組み倒され、後頭部に一撃。あの土の魔法だろうか。鈍い痛みが走ると同時に土塊が頭からこぼれていた。

 最後に瑠璃の悲鳴を聞き届け、俺は意識を失った。

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