第31話 いざ魔王城へ!
「ふぅ~っ。ほんと良い湯だったなぁ~」
思えばこんなゆっくりと過ごした時間は久しぶりだったかもしれない。本音を言えばこのまま宿屋のベットに行き朝まで眠りたいくらいなのだが、生憎と今の俺にはそんな猶予は残されていないだろう。
そして温泉場を後にするとジズさんがいる玄関ホールまで戻る。するとそこには既に天音達が俺のことを待っていたのだ。俺は今後の予定を聞くため静音さんへと声をかける。
「静音さん、これから俺達どうするのさ? 魔王を倒しに行くんだよね? なら魔物とか倒して経験値を得てレベル上げとか必要なんじゃないのかな?」
まぁ静音さんの正体が俺らが倒すべき魔王なのだが、一応物語の進行役にもお伺いを立てておかねば後々面倒になると思っての提案だった。そもそも倒すべき相手にどう行動すれば良いのかを聞いてる時点でおかしいのだ。もちろん俺だっておかしいとは気付いてはいるが今頼れるのが静音さんただ一人なのも事実だった。
「そうですね~。なら夜になる前に魔王城に行って魔王でも倒しましょうか♪」
……ごめん。静音さんがちょっと何を言ってるのか俺にはよく理解できない。何でそんな『コンビニ行って来るけど、アイスでも買ってくる?』みたいなノリで魔王城に乗り込もうとしてんだよ。そもそも
「それは無茶……」
「そうだな! 何事も夕食前に片付けるのが私のモットーなのだ。それではみんなこれから魔王城へと乗り込むぞー♪」
「おー」
「もきゅー」
だがしかし、俺の否定文は天音の号令によってかき消されてしまった。そして有無を言わさず左腕に天音、右腕に静音さん、そして癒しのもきゅ子にズボンの裾を掴まれるとそのまま宿屋の外へと運ばれてしまう。
「ちょ、ちょっと待てよ!? いくらなんでも展開早すぎっ!!」
だが俺の言葉で止まるようなヒロイン共ではない。そこで俺は起死回生の言葉を口にした。
「そ、そうだよ。そもそも俺この世界の王様に会ってないんだよ! 魔王城に行くならそれからでも遅くはねぇだろ!!」
時間を稼ぐためそんな必死の言い訳をする。だがしかし……である。
「えっ? アナタ様は何をおっしゃっているのですか? 既に何度も会っているではありませんか?」
「そうだぞ! ヤケに親しそうに話していたよな?」
「もきゅもきゅ」
「はっ? す、既に王様と俺が会ってるって……んんっ?」
俺以外のみんなはそうだと頷き肯定するのだが、そもそも俺自身には正直記憶にも身にも覚えがなかった。
「ほら、そこにいるじゃないですか」
静音さんは宿屋の方を指差してそう言った。
「はっ? ……ってまさか」
俺も宿屋の入り口に顔を向ける。すると……。
「そないですー。ワテが冥王のジズですわ。ちなみにこの世界の王も兼任……」
いきなり玄関の扉が開くと屈みながら顔を覗かせているジズさんが『自分が王』だと名乗り、まだセリフ途中にも関わらず『これ以上は文字の無駄だ』と言わんばかりに静音さんは扉を閉めてしまった。
「おい、せめてセリフくらいちゃんと言わせてやれよ……」
さすがにこれはジズさんのことを不憫に思ってしまう。だがコイツらはこの程度では止まる気配がない。
「ふむ。キミの王への謁見も済ませたことだし、これで後顧の憂いなく魔王が住むという城を目指せるな! ならばみんな参ろうではない……かぁ?」
「あ、天音? どうかしたのか!?」
俺達のリーダーである天音は拳を振り上げたままの体制で無言で固まっていた。何かあったのかと声をかけてみたのだが予想を超える言葉が帰ってきた。
「あの~、ところでみんなに聞きたいのだが……。そもそも『魔王城』ってどこにあるのだ?」
「ぶっ!! それ知らなかったのかよ!?」
そう天音は勇者のクセにそもそも『魔王城』がどこにあるのかを知らなかったのだ。意気揚々に気合を入れていたのにこの体たらく。まさにこのボケは肩透かしの極みと言えよう。
「だ、だってだって……すんすん。し、知らないもんは知らないんだもん!」
天音は目にいっぱいの涙を溜め込み子供っぽい口調となってしまった。
「(やべっ。泣きそうになってる天音とか、超かわいいんですけど! それにいつもの偉ぶってるお嬢様言葉じゃないし。もしかしたらこっちが天音の素なのかもしれないなぁ~)」
などと俺が思っていると我らがあの人が助け船を出してくれた。
「天音お嬢様どうか泣き止んでください。魔王城の場所などワタシが既に知っておりますので、ご安心下さいませ」
「ほ、ほんとぉ~?」
天音は甘えるように静音さんに抱きしめられ、頭を撫でられ慰められていた。
「(いや、待て。そもそも静音さんが魔王なんだから知ってて当たり前だよな?)」
むしろ『魔王城』は静音さんのお家と言っても過言ではない。知らないはずがなかったのだ。
「すんすん。それでね静音。『魔王城』の場所はどこにあるの? みんなに内緒で私にだけこっそりと教えてはくれない?」
「ぶっ」
天音は一切の空気を読まず静音さんに対して魔王城の場所を聞きやがっていたのだ。
「(いやいや、天音さん。アンタ少しは空気感読もうよ。仮にもメインヒロインなんだよな? 何こっそりと場所聞こうとしてんだよ!)」
「ええ、いいですよ。ちなみにワタシが得た
そう言いながら静音さんは自らの正面にあるこの街で一・二を争う大きな建物を指差していた。
「(静音さんも静音さんで律儀に教えるなよ!! しかも俺に聞こえるように言ったら全然『こっそりと』じゃ無くなるしな! むしろ
もはやその情報がオイスターだろうが中濃だろうが何でも良かったのだが、オレは静音さんの指差しているその魔王城とやらを見て驚いてしまう。
「し、静音さん。あれがほんとに『魔王城』だって言うのかよ……」
そう魔王城とはこの街の北側にある一際大きな建物で俺がこの世界に来て初めて見た洋風のお城『エルドナルド城』そのものだった。なんと魔王城は街の中に堂々と存在していたのだ。
「静音さん、ほんとにこれが俺達の最終目的地『魔王城』だったって言うのかよ?」
俺は街中で一際大きな建物、いいや街そのものと言っても過言ではないエルドナルド城を指差しながら言った。
「はい♪」
まるで付け入る隙を与えないかのような静音さん満面の笑み。反論の余地がないとは、まさにこの事を指す言葉なのだろう。
「そうか。あれが我々が目指すべき『魔王城』だったとは……まさかこのような街中に隣接しているとはさすがの勇者であるこの私も驚いたぞ!!」
「(まぁ俺も天音じゃないけど、まさかまさか最終目的地が街中にあるとは思ってもいなかったけどね。ってか、天音。何でお前そんな嬉しそうにしてんだよ)」
既に泣き止んだ天音はその事実に大層驚いていたが、むしろ顔は喜んでいた。そして何を思ったか、天音が一歩前に出て魔王城こと通称『エルドナルド城』を指差しながら声高らかに宣言をした。
「みんなアレを見るのだ! あの立派な建物が今から我々が向かうべき『魔王』が住むという『魔王城』らしいぞ! しっかりとその目に焼き付けておけぃ~っ!!」
「…………」
(言葉悪いけど天音って正真正銘の馬鹿なの? だって俺達既に見て認識してるんだぜ。何で然も『たった今自分が発見しました!』感を醸し出しつつ、更には自分の家みたく自慢げにしてるんだよ。あっいや、さっきの『こっそりと教えてくれ』の件にかかってるのか?)
そこでようやく天音が偉ぶって魔王城を紹介している意味を理解するとその行動と開き直り方に呆れ果ててしまう。
「(この世界に俺以外にまともなヤツは存在しないのか?)」
そうして俺達は魔王城の立派な門を潜ると中へと入って行く。魔王城は特段の派手さは無い簡素な造りながらも立派な建物であった。中央には大きな噴水があり忙しそうに水を循環させていた。また定期的な手入れがされているのか、地面にはゴミ一つ無く花壇には綺麗な花が所狭しと植えられ綺麗であった。
「ほんと大きくて中は綺麗だな。何か魔王が住む城ってよりは、王様が住むお城って感じするけど……」
俺は興味津々とばかりに壁や柱などを触りながらそんな感想をもらしてしまう。そしてそんな感想が聞こえていたのか隣にいた静音さんが口を開いた。
「あっそれはそうですよ。元々は王様が住んでいた城ですし」
「へぇ~。まぁそうちゃそうだよね。だって街中にあるわけだし。じゃあ何で今は魔王城になったの? 王様はジズさんなんだよね? もしかして追い出されたの?」
どういった経緯でこの城が静音さんこと魔王の手に渡ったのかを聞いてみた。
「えっ?
「いや、理由が欲しいとかそうゆう事じゃねぇだろうが……」
俺は読者を納得させるだけの理由を欲していた。じゃないとこれを読んでいる読者からどんなクレームを付けられるか分かったもんじゃない。
「理由は至って簡単ですよ。アニメ化した際にお城を二つも描いてもらうと原画コストが嵩みますからね~。それならばいっそのこと
「……マジで?」
「マジマジ♪」
もう屈託の無い『ニッ♪』っとした笑顔で静音さんは肯定していた。
「(頭痛てぇ~。マジで頭痛いよ。まぁほんとは薄々はそうなんだろうなぁ~って気付いていたけど、 いざそれを聞いちまうと頭が痛くなっちまうよ)」
俺は頭が痛くなり脊髄反射的にスッっと右手を開き額と目を隠すように当ててしまう。しかもちゃんと右肘には左手を添える徹底ぶりである。
「こらキミ、静かにしないか! 既にここは魔王が住むお城なんだぞ! いつ敵に見つかるか分からないじゃないか!」
「何にもしてねえのに俺が怒られるのかよ……」
「さ、アナタ様のことは放って置いて先へ進みましょうかね♪」
あまりにも理不尽すぎる天音の言い分である。だが俺に一切反論の機会を与えないまま、静音さんはみんなを先導するように先へと進んでしまった。
「おい。平気で主人公の俺を置いて行くのかよオマエらは……」
そんな心の思い虚しく本当に置いていかれてしまった俺はヒロイン共の後ろに付いて行くしかなかったのだ。
「おおっ! これは何とも立派な橋があるではないか!」
中庭を抜けるとそこには開閉式の吊り橋が設置されており、下には川が流れていた。正面の城門には鉄格子が備わっており、今現在は上げられており、まるで俺達が来るのを待っていたように開城されていた。
「おいおい……既に門が開いてやがるぞ。ほんと大丈夫なのかよ? しかも門番もいねぇし」
通常なら不審者が侵入しないようにと門は閉まっているはずである。また門が開城しているならばそれを守る護衛兵がいるはずなのだが、周りを見渡しても魔物の姿はどこにも見えなかった。いや、そもそもこの城に入ってからというもの怪しい影どころかその音すら何も聞こえてこない。これはあまりにも怪しい状況である。
「ふむ。どうやらここに立て札があるようだぞ! これはもしや……城の名前かな?」
「マジかよ……ってか確かこの城の名前は『エルドナルド城』だったよな?」
俺達はお城の入り口付近に差し掛かると何故かそこには木で作られた大きな立て札があったのだ。
『エルドナルド城改め、静音のお家にようこそ!』
「ぶっ!!」
なんとなんと、そこには静音さんの名前がしかと刻まれていたのだった。
「(こんな所に立て札があるのも、そこに静音さんの名前がしっかりと刻まれているのは更に変だろ!! ってか、これで天音達も静音さんの正体に気付いたんじゃねぇのか!?)」
そう思いそっと天音達の様子を盗み見る。
「ふーん。この立て札には静音の名前が書かれているが、これは一体どうゆうわけなんだ? もしかして……」
「うんうん」
俺はそんな天音を肯定するように首を前後に振り回し相槌を打ちまくる。
「も、もきゅ~っ?」
もきゅ子でさえも『ち、違うよね静音さん?』っと言ったような不安そうな顔をしていた。まぁもきゅ子はただ鳴いているだけなのだが。
「ああ、それはですね……」
「(どうするよ静音さん! ここからアンタはどんな言い訳ができるんだ!!)」
『もしかしたらこの場で戦闘が始まってしまうのか!?』とその恐怖から目を瞑ってしまう。だがそんな俺のお目目瞑りは杞憂に終わってしまう。
「実はこのお城は売りに出されておりまして、それをワタシが買い取っただけのお話なんですよ♪」
「は……はぁっ!? そ、そんな下手な嘘を誰が信じる……」
「そうだったのか? てっきり私は静音が魔王軍に寝返ったものと勘違いしてしまったぞ」
「きゅきゅっ!」
「(はい。俺以外の全員が信じましたよー。しかも静音さんが『魔王に近しい存在』ってニアミス感満載でね!! もうそこまで辿り着いたら天音も静音さんの正体に気付こうぜ!)」
だがそんな俺の思いは虚しくも届かず、誰一人として静音さんの嘘に気付くものはいなかった。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます