第30話 ああ、これが混浴だ。読者待望のサービス回!

「ふぅ~。なんとかこれで一応腹は落ち着いたな」

 慌ただしい食事が終わるとようやく一息つくことが出来た。だが周りを見ると先程まで共にテーブルを囲っていた仲間がいないことに気付いた。そういえば鈍器パンに食らい付いている時に天音が『ちょっとそこまで……』っと言って席を立ったのを今更ながらに思い出してしまう。


「天音だけじゃなく、静音さんやもきゅ子も一緒に行ったのかな?」

 女の子には色々あるしなぁ……っと思っていたのだが、いつまで経っても仲間達は戻ってくる気配がない。ジャスミンに聞こうにも夜の仕込や俺達が食べ終わった皿の片付けを洗い厨房から出てきていないので、天音達の行方を聞いても分からないだろう。俺はとりあえず『ジャスミン美味かったぞー』っと礼の言葉をかけ、ギルド兼お食事処を後にした。


「みんなどこ行ったんだ? おいおい、俺だけ仲間ハズレにしてんのか?」

「おや、兄さんやないですか。お一人でどないしたんですぅ~?」

 宿屋の玄関付近に差し掛かると未だ肩身の狭い思いをしているジズさんに声をかけられた。ギルドの外に出るには必ずここを通らねばならないからもしかすると天音達の居所を知っているかもしれない。


「いや、今ちょうど食事終わったところなんだけどさ、途中で天音達がどっか行っちまってさ」

 ジズさんに簡単な説明をしてみた。

「ああ~姫さん達やったら、この奥の温泉で入浴中やと思いますわ」

「温泉? 入浴中?」

 どうやら天音達の野暮用とは温泉に入る事だったらしい。なら俺も誘いやがれよ!! そんな憤りを募らせているとジズさんが『ちょっと兄さん。ええ話があるさかい耳貸しなはれや』っと手招きして俺を呼んでいた。『うん? 何で小声で?』っと思いつつ、ジズさんの元へ近づき話を聞くことに。


「えぇっ!? ジズさん今の話は本当なのか!!」

 俺はこの物語始まって以来の大声でジズさんに詰め寄った。

「しーっ。兄さん、声大きすぎですわ」

 ごめんごめん……っと謝りながらもう一度話の詳細を促してみる。


「ほんとのほんとにこの宿の温泉は『混浴』なのか? 俺を騙してるとかじゃないよな?」

 今まで散々騙されてきた俺は疑いの眼差しと顔でジズさんを疑う。

「ワテが嘘言いますかいな! そりゃ心外でっせ兄さん!!」

 ジズさんは自分の言ってる事が疑われるとやや怒ってしまう。


「ごめんってば。だってだって混浴だなんて……」

 混浴とは合法的にヒロイン達とキャッキャウフフワールドを容易に形成出来る、まさに王道とも言えるラノベ界のお約束なのだ。まさかまさかその出番がついに俺にまで回ってこようとは……。


「しかもやな、兄さん。今は姫さん達・・・・が入ってるんでっせ!」

「えっ? 今天音達・・・が入ってるだって……ゴクリッ」

 ということは天音の爆弾ボディーを見れる……ということになるのか? これはもう主人公として……いいや、おとこなら読者サービスという名目の為にも向かうしかないだろう。そう決断すると急ぎ合法混浴があるという宿屋奥へと全速力で向かった。


「あっ兄さん! ちょい待ち……って行ってしもうたわ。まぁええか。これも経験やさかい。兄さん。兄さんは忘れてるかもしれへんけど、これは健全をウリにしている小説なんでっせ。そこんところよう思い出しなはれや」

 だがそんなジズさんの忠告は俺の耳に届く事は無かった。


「ぜぇぜぇ……こ、ここが噂の混浴会場か? ぐふふふっ」

 俺はこれから起こり得るイベントを前に不審者よろしく、息を切らせながら怪しげな笑いをしてしまう。傍から見ればさぞかし気持ち悪いだろうが運の良いことに周りには誰もいない。そして俺は入り口に垂れ下がってる何故か『こん』と漢字で書かれた赤色の大きな暖簾のれんを潜り、脱衣所に入った。


 利用客が少ないと想定しているのか脱衣所の中は手狭な空間だったが、ちゃんと掃除がなされ小奇麗である。

「脱衣カゴもちゃんとあるんだな……ってこ、これは!? 天音さんの鎧じゃありませんこと!?」

 いくつかあるカゴの中にいつも天音が身につけている赤い鎧が入っていたのだ。その脇には何故だか剣身は抜かれ鞘だけが置かれていた。


「天音のヤツ、風呂の中に剣持ち込んでんのか? おいおい錆ねぇのかよ……ってまぁいいか。今はそれよりも風呂だよな! いざ往かん、混浴という名の楽園パラダイスへ!!」

 俺は剣の錆問題を他所に急ぎ服を脱ぎ、乱雑に脱衣カゴに放り投げると急ぎ入浴場へと向かう。

「すぅ~はぁ~すぅ~はぁ~。……よし!」

 これで準備万端とばかりに木で作られた簡素な引き戸を開け放ち、こんな言い訳をしながら入って行く。


「いやぁ~まいったまいった。ジズさんがあんまり勧めるもんだから来ちまったけれど、風呂場が一つしかなくてしかも『混浴』だっていう話じゃねぇか。こりゃ女の子と一緒しても仕方ねぇ……って、ああん!! おいおいマジかよ作者の野郎……これがオチ・・だって言うつもりなのか?」

 俺は大声で言い訳しながら入って行ったのだが、そこで目にした光景は混浴とは程遠い存在だった。


「もきゅもきゅ♪」

「すぃ~すぃ~。やはり旅の疲れを癒すには風呂じゃのぉ~」

 そこには温泉に浸かり遊んでいる子供ドラゴンであるもきゅ子と……ってあれは何だよ? 剣が湯船に『ぷかぷか♪』と浮かんで喋っていやがるぞ……。 


「うん? 誰ぞの気配が……っておおう!! 小僧ではないか、お主も入るがよいわ!」

「もきゅもきゅ♪」

「(きょろきょろ)」

 この剣は一体『誰に話かけてんだ? 周りに誰かいるのか?』っと他人のフリをして周りを見渡したが、生憎と俺の他には誰もいなかった。もきゅ子は俺が来たことが嬉しいのか、手招きしている。


「マジかぁ……」

 一応湯船に入る前には礼儀である『かけ湯』をしてから簡単に体を洗うとソイツらがいる湯船へと入る事に。本来なら色々ツッコミたいところであるが裸でそんなことをしてたら風邪をひいてしまうので温泉に浸かりながら話を聞くことにした。


「どうじゃ小僧よ。温泉は良いものじゃろうに~」

「きゅ~♪」

 剣とドラゴンとの混浴。こんな経験したくてもなかなか出来ない事だが、絵面的にこれはあまりにもシュールすぎる。これが文字描写オンリーで助かったと言ったところである。そして俺は物語を進めるべく話かけた。


「まぁ確かに死ぬほど気持ち良いけどさ……アンタ誰なんだよ?」

 正直剣と話をするとは夢にも思わなかった俺だったが、実際こうして現実に起こっているのでそれも致し方ない。

「うん? わらわのことかぇ? 妾は大魔導書グリモワールに封印されし『魔神サタナキア』なのじゃ。今は本体が無く、この『聖剣フラガラッハ』に封印されておるのじゃがのぉ~」

「聖剣に魔神が封印されてたのかよ。なら天音の死も……」

 どうやら静音さんが言ってた『剣の呪い』とはこの事を指していたのかもしれない。聖剣とはいえ魔神がり付いていたのでは所有者の天音が死んでしまうのも仕方……ないのか? 説明している俺でさえそのそれはあまりにも強引すぎる設定だと思ってしまい言葉を詰まらせてしまう。


「きゅ~っ」

「おや、コヤツももう限界のようじゃな。それでは妾達は上がるとするかのうぉ」

「もきゅ子のヤツのぼせちまったのか? って話はまだ途中……」

 俺の言葉を待たずしてサタナキアさんともきゅ子は一足先に湯から上がってしまう。


 その去り際サタナキアさんは俺にだけ聞こえるよう小声を囁いた。

「(小僧よ。明日は今日よりも大変な目に遭うようじゃから覚悟をしておくのじゃぞ)」

「えっ? 今日よりも大変な目に……それって?」

 続きを聞こうとしたのだが、サタナキアさんはもきゅ子を引き連れ脱衣所へと向かってしまう。残された俺は訳が分からずその言葉の意味を温泉に浸かりながら考える。後にその言葉の本当の意味を知る事になるとは今の俺には知る由もなかった……。

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