あな婚だ。~あなたの目の前に野生の婚約者候補(フィアンセ)があらわれた!入力コマンドは!?……だがしかし、コントローラーにシカトされてしまったようだ。~

月乃兎姫

第1話 出逢いは最初の印象が肝心

 この物語はラノベ業界に新風を巻き起こすであろう出来事を、ただ淡々と語る物語である。だから過度な期待はしないでね。これは説明役ナレーションのお姉さんとの約束だよ♪

『いきなりの質問ですが、こんなときあなたならどう答えますか?』


「おいそこのキミ! つべこべ言わず、黙って私の婚約者候補フィアンセとなれ!」

「はっ? え~っと、いきなり初対面の相手からそんなこと言われても……ねぇ?」

 ただいま声を出すのも許されないくらい、長く美しい赤い髪をなびかせている可愛い美少女から『自分の婚約者候補となれ!』を求められている。


『あなたなら、たった今出逢ったばかりの彼女の婚約者候補になっちゃいますか? 速やかに『はい』か『イエス』でお答えください。さあ早く!』

※物語中だろうと関係なしに説明役のお姉さんも主人公と読者さんあなたを容赦なく煽らさせていただきます(笑)


 俺はいきなり指名された挙句、体育館にある大きなスピーカーを通して婚約宣言プロポーズをされていた。いきなりの展開で状況をよく飲み込めない読者さんのためにも、ここいらで数分前に戻って状況を整理してみよう♪


 自分の学力では考えられないくらい奇跡的に受かった国立の進学校、しかも入学初日の朝『さぁこれから何の変哲もない日常ふつうの高校3年間の生活が始まる!』っと思い桜の花びらが敷き詰められた校門を通り抜け、入学式が行われている体育館に入った矢先の出来事だった。


「やべっ!? 入学初日から遅刻しちまうかよ、普通~っ!?」

 俺は高校入学初日だというのに朝っぱら全力疾走していた。まぁ平たくいえば現在進行形で大遅刻しているだけなんだけどね。時間を確認するため、右のポケットからスマホを取り出し時間を確認する。


「ははっ。これ壊れてんのかな? 俺の目には10時20分って文字が見えてんだけど」

 スマホの時計では午前10時を超える時間を指している。入学式は9時からなので文字通りの大遅刻であった。俺はすぐさまポケットにスマホを戻すと再び走ることに努める。


「おっ、ととーっ! ここが今日から俺が通う学校だよな。早く体育館に向かわねぇと!!」

 キキーッ。っと左足でブレーキをかけ立ち止まる。まだ間に合うか分からないが、とりあえず入学式が行われているはずの体育館を目指すことにした。

 タッタッタッ……静まり返った廊下を俺の足音だけが響き渡っている。そして分厚く大きな古めかしいドアが見えてきた。


『続いては新入生代表の……』突如スピーカーから流れ出る音が聞こえてくる。どうやらまだ入学式は終わってはいないようだ。急ぎその重く厚い体育館のドアを開け放った。


 バーンッ!! 予想外に大きな音が響いてしまった。

「あ、あ、あ……」

(や、やっちまったーっ! 何でこのドア重そうな見た目なのにこんな軽いわけ!?)

 勢いのあまり予想外にドアを強く開けてしまったのか、いとも容易く開いてしまい壁にぶつかると大きな音と共に俺の存在を体育館にいる全員へと知らしめてしまう。

 だが誰もが驚いた表情を浮かべるだけで何の音も生じてはいない。その静穏性ときたら本来なら文字描写すら不要なのだが生憎とこれは物語なのでそうもいかず、俺の言葉マイセリフとして代わりに表現してみることにした。


「しーん。み、みなさんお揃いのようですね……あはははっ」

 とりあえず擬音を口にして笑うことで俺は正気を保つことに努める。だが何ら一切の反応がなく、正直俺の楽園エデンはいつ漏らしても準備万端といった感じになっていた。そしてそこにいる人達の視線に耐えられなくなり、ふと壇上へと目を向けてしまう。そこには赤い長い髪をした美少女がマイク前に立っていたのだ。どうやら彼女が新入生代表とやららしい。


「(あの子、すっげぇ美少女だな。もしかしてメインヒロインなのかな?)」

 その容姿はまるでアニメやラノベに出てきてもおかしくない……いや、それ以上と言っても決して過言ではない。綺麗に整った顔に決して主張を止めない大きく迫り出した胸、そして何よりも赤く長い髪が最大の特徴になっており、その美少女がこの物語のメインヒロインたる証であるかのようだった。


「…………(ニヤリ♪)」

 ただ呆然と立ち尽くす俺に対してその美少女は口元を少しだけ上げると『おいそこのお前、ちょっとこっちに来い!』っと言わんばかりにスナップを利かせながら右手で手招きをして俺のことを呼んでいた。一瞬『えっ俺の周りに誰かいるのか? あの子と面識ないし、別の人呼んでいるんだよな?』っと、わざとらしくすっ呆けるように首を左右に振って周りを見渡したのだが、今度は右人差し指で明らかに俺を指差していた。どうやら運悪く俺一人オンリーをご指名のようだ。


「(マジかよ。何用なのあの子? 別に悪い事は一つも……いや、ごめん挨拶だかを邪魔したからか?)」

 何故呼ばれたのか分からず、首を傾げながらとりあえず彼女がいる壇上へと向かうことにした。そしてステージ脇の階段を上ろうと設置されている大きなスピーカー前を通り過ぎた時、彼女は両手を突き出して『そこで止まれ!』の合図をした。


「(あっ? 何でここで止まらせるんだよ? 壇上に上がるんじゃないのか?)」

 そう思い再度首を傾げ壇上に目を指し向けると、彼女は少しだけ肩を揺らし息を吸い込んでいる光景が見えた。そしてこの後、今まで普通という名の人生を歩み続けてきた俺を悪夢へと突き落とす言葉が放たれるのだった。 


「おいそこのキミ! つべこべ言わず、黙って私の婚約者候補となれ!」

 マイクを調整していなかったのか逆低音ばりにボエェ~ッっとハウリングさせながら、その美少女は俺を指差して婚約宣言をしてきたのだ。対して、俺の反応はというと……


「いったぁ~っ。耳、超痛すぎっ!? マジで鼓膜が破れちまうだろうがっ!」

 まるで初夜を迎えた女の子ばり・・に耳の痛みで体育館の床をのた打ち回ってしまう。『あれ冒頭とセリフ違くねぇ?』とか読者の皆様は思っただろうが、あれは俺のこの物語の主人公としての見栄なのだよ! まぁお年頃だしさ、たまにはちょっとくらい格好つけたいじゃん? それに……


「して、キミの返事を聞かせてくれ!! まぁこの私が婚約宣言してやったのだから返事は『はい』か『イエス』であろうがな! あ~っはっはっはっはっ」

「…………」

(何で俺の回想シーンセリフを途中で飛ばしやがった挙句、傲慢にも選択肢一つな上に高笑いしてやがんだよ? しかも『はっ』部分の発音が外人ばり・・にメッチャ良いしさ。一瞬あの子に一目惚れしそうになっちまったけど、あれでは考えモノだよな?)


 とりあえず何も口にしないことでこの場をやり過ごすことに徹する。だってさ、何か喋るとアレに巻き込まれるだろ? その程度の事くらいは普通代表びとの俺にだって理解できるんだぜ!


「ふむ。どうやら肯定のようだな。その心意気や大いに気に入ったぞ! さすがは私が適当・・に見込んだことはあるな!」

 だがしかし、壇上にいる美少女は俺の沈黙を『肯定』と認識したようだ。まぁこれは口にするまでもない事柄だとは思うのだが、感の鈍い読者もいるだろうから一応言っておく事にする。


「(あの女はヤバイって。アレはマジで『本物』だよ。しかも『適当に見込んだ』とか、ちょっと発言に矛盾が生じてる感じなんだもん)」

 俺は嘆きの言葉を心内で感じつつもこの作品を読んでる読者の手前、どうこの状況を打破しようかと顎に手を当てながら画策するフリ・・をした。


「……うん? おい静音しずね! これは何かがおかしいぞ!? 何でアイツは何一つ喋らないのだ? 今流行りの都合の悪いことは口を出さない系男子、略して『悪男わるだん』なのか!?」

「(何それ新しい略語かよ? しかも語呂悪っ! それならいっその事『無口系男子』の方が分かり易いだろうが)」


「おやおや、天音あまねお嬢様何かご不満でしたでしょうか? ワタシとしては特段何も問題はないと思うのですが……」

 その声は何故だか俺の下の方から……って!?

「アンタ誰だよ!? 何で俺のズボンのファスナー開けようとしてんだ!」

 そうその声の主は俺の目の前でしゃがみながら、今まさにファスナーに手をかけていたのだ。しかも全身黒服のメイド服を着ていた。


「えっ? ああ、これはですね……あ、アナタ様は何かを盛大に勘違いしていらっしゃいます!」

「か、勘違いぃ~っ? 俺が何を勘違いしてんだよ?」

 俺は訝しげな目でそのメイドさんを見ながら、まずはその勘違いとやらの話を聞こうと聞き返してみた。


「ワタシはただファスナーエデンを解放して、アナタ様の息子さんアダムにご挨拶しようかと思いまして……」

「いや、それはどこをどうとっても勘違いの項目には当てはまらねぇだろうが……」

「……」

「……」

 まるで世界中の時が静止してしまったように、上と下の立ち位置でじっと見つめあう俺とメイドさん。それは一見するとラブコメ漫画のようなシチュエーションではあったが、如何せん最初の出逢いですべてが打ち壊しになっていた。またついでにこの物語はファンタジーのジャンルなのだ。そうは問屋がなんとやらも含んでいる。


『このメイドさんを許してあげますか?』『はい』か『イエス』で答えま……

「キミ達……メインヒロインのこの私を差し置いて、いつまでイイ雰囲気で見つめ合っているのだぁぁぁっっ!! これではまるで私が可哀想な子みたいじゃないか! チェ~ストーッ!」


 それは捨て置かれた寂しさからか、赤い髪の美少女はいつの間にか俺達の元まで降りて来て表示された選択肢さんを遮るように、またアニメなら『ごんっ!』と鈍い効果音SE音と共に星が出るくらい、それと同等の勢いで天音と呼ばれるお嬢様はメイドの頭に拳骨をした。

(おいおいアニメなら床にヒビ入り込んでめり込む勢いだぞアレ。これが小説で良かったな、メイドさんよ)


「いったぁ~い! あ、天音お嬢様ぁ~っ、一体何のおつもりなのですかぁ~?」

 静音と呼ばれてたメイドさんは少しでも痛みが和らぐよう、頭を擦りながら天音と呼んでいるお嬢様にそんな抗議をしていた。

「(しかもメイドの復活早いしさ。ほんとコイツら何なの? 頭沸いてんのか?)」

 周りの人から絶対にコイツらと関係者だと認識されたくない俺としては二人の会話に割り込もうとせず、ただ呆然とやり取りを眺めることで再び他人のフリに徹するのだが、どうにもコイツらは止まる気配がない。


「すべてお前の指示通りやったのに、何の成果も得られなかったじゃないか!」

「あぁ~もしかしてあの『黙って私の婚約者候補となれ!』的なセリフですか? ぶっ、あんなの本気にしますか普通? お嬢様頭大丈夫なんですか? ぷっぷくぷーーっ。これからお嬢様をお呼びする度に『天音お嬢様(笑)』とでもお呼びいたしましょうかね? 天音お嬢様(笑)」

 天音と呼ばれたお嬢様の背後でこれまた『ゴゴゴゴッッ!』っと恐怖を示す、これまた強化演出の効果音SE音でも入りそうなプレッシャーが、少し離れている俺の元まで伝わってきていた。


「(こ、この強すぎるプレッシャー……この娘、ただ者じゃねぇ。コイツできるぞっ!?)」

「静音よ。オマエ……(笑)とうるさい、ぞっ!」

『ぞっ!』に合わせ再びメイドさんの頭目掛けて、天音の全体重を乗せた踵落としが『ビュン!』と言う風切り音と共に華麗に叩き込まれた。


「ぐ、ご、がっ」

 それはもしかすると女の子が決して発してはいけない、魔法の言葉だったのかもしれない。今度はちゃんとメイドさんの顔がめり込み床と一体化お友達になっている。そして今度こそ完全に動かなくなってしまった。


「おいおい、大丈夫なのかよこのメイドさん? もしかして死んでないよな? 俺やだよ、こんなやっかい事に巻き込まれるの」

 まぁ既に完全に巻き込まれてるけどね。一応の保険として否定しておかないと不味い気がして口にするだけはセリフとして口にした。


「…………」

 だが、生憎とメイドさんは床に顔を埋めたまま沈黙を貫いている。こうしてようやくあまりにも騒がしい状況確認が終わると世界に静寂は訪れた。

「(うん、まぁね。確かにさ、一応は静かにはなったけど……)い、一向に状況が何にも解決されてねぇっ~~っ!!」

 俺が力の限りそう叫ぶと同時にまさにシナリオどおりと言った感じで、無常にも『キーンーコーンカーンコーン♪』と予鈴の鐘の電子音が鳴らされてしまったのだった。

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