第13話 怒り
「見つけたぜ。
「な、何ですかあなたは?」
突然声を掛けられた少年――佐古田和一は、おっかなびっくりといった様子で声を震わせた。
細身の佐古田は猫背かつ俯きがちな姿勢のせいで、全体的に気弱そうな印象を与える。
「率直に聞くが、
「な、なんの話です?」
佐古田の声は上ずり、視線も落ち着きなく泳いでいる。目は口ほどに物を言うとはよく言ったものだ。
「否定するならそれでもいいけど、俺は間違いないと思ってるからそのつもりで。体張って情報集めてきたしな」
「そ、そもそもあなたは誰なんです? ぼ、僕は、
「大庭は来ないから安心しろ。とりあえず場所を移そうぜ。お前だって人目の多いところで変な話はしたくないだろ?」
完全に悪役の台詞だよな、と自嘲しながら、麟太郎は威圧的に笑って見せた。
素直に従ってくれるか半信半疑ではあったが、気弱な佐古田に麟太郎の凄みは効果的だったらしく、渋々ながらも頷いていた。
「とりあえず出るぞ」
麟太郎を先頭に、二人はゲームセンターを後にした。
「ここならいいだろ」
麟太郎がやって来たのは繁華街の路地裏だ。人通りはほとんど無く、内緒話には好都合だろう。
「……そろそろ名乗ってくださいよ」
佐古田は不満げにぼやいた。もっとも、強がっているは口先だけのようで、足元は分かりやすく震えている。人通りが無く内緒話が出来る場所ということは、いざという時に助けを求めることが出来ないということでもある。佐古田が不安がるのは無理もない。
「俺の名前は
「あなたは
「あいつらと一緒にするなよ」
「でも、大庭からの呼び出しでゲームセンターに行ったらあなたが声を掛けて来た。関連性を疑うのが当然でしょう」
「宝木や大庭はただの情報提供者だよ。おかげでお前にたどり着くことが出来た」
廃工場で麟太郎が粘り強く宝木達から情報を聞き出したところ、意外な事実が明らかとなることになった。
宝木いわく「
角橋が外れならば、次は
それは、自分がカツアゲのカモにしてる有留川の生徒が、茜沢の女子の周りをウロウロしているのを目撃したというものだ。それ自体もカツアゲのネタにしていたらしい。
その大庭のカツアゲのカモにされていたという有留川の生徒こそが、今目の前にいる佐古田和一なのである。
「さてと。もう一度言うが、お前は津村雫にストーカーをしていたな?」
「……だったら何だって言うんですか?」
意外にもあっさりと佐古田は認めた。麟太郎の目を見るのが恐ろしいのか、目線は絶対に合わせようとしない。
「あの子は俺の友人の妹でな、一緒に行方を捜してるんだ。その最中に雫ちゃんに付き纏ってた奴がいるって情報を得たんだ。気にならないわけがないだろ?」
本当は自身の想い人でもあるのだが、そんなことをこの場で佐古田に言う義理は無い。
「あの子は今、行方不明になってる」
「……知ってます」
「お前はそれに関係してるのか?」
「それは違います!」
疑われるのが嫌でそう言っている可能性もゼロではないが、躊躇なく言ったことから察するに事実である可能性は高い。これまでの印象からして、咄嗟の演技でここまで言い切る豪胆さは、恐らく佐古田には備わってはいないだろう。
「呪いをかけたりは?」
麟太郎はあえて呪いという大きな括りで吹っかけた。唐突に呪いなどというワードを持ち出されたら、
「呪いって本気ですか? 非科学的なことに興味はありません」
これまた即答だった。眼球運動、声色などにも特に目立った変化は無い。やはりその言葉に嘘は無いのだろう。
「じゃあ、暗黒写真って噂話を知ってるか?」
「知りませんが?」
「そうか、ならいい」
暗黒写真の都市伝説は茜沢かそれに関係する者、オカルト話に敏感な者程度にしか浸透していない。有留川の生徒が知らなくても、それ自体は決して不自然な話ではない。
「何で雫ちゃんの周りをうろついてた? 惚れてたか?」
近くをうろついていたことを除けば、直接的な被害があったとは聞いていないので、恐らくは顔を見ること自体が目的だったのではと麟太郎は想像した。正直それだけならば、可愛らしい話のようにも思えるのだが、
「……そ、そりゃあ、惚れてなきゃ、そ、そんなことはしませんよ」
その発言を聞いて麟太郎は違和感を覚えた。これまで肯定や否定に関しては即答してきた佐古田がここに来て言葉に詰まったのだ。恋心を口にするのが気恥ずかしいというのなら分からないでも無いが、この時の佐古田の様子はどちらかというと、平静を装いながら取り繕っているように麟太郎の目には写った。
「どこに惚れた? ルックスに一目惚れか?」
探りを入れるべく、麟太郎はそのまま会話を継続させる。
「ええ、とても可愛いらしい子でしたから」
「同感だ。たまに掛ける眼鏡がまた似合うんだよな」
「そうですね、眼鏡を掛けた彼女も魅力的です」
佐古田の出したボロを、麟太郎は聞き洩らさなかった。
「お前さ、別に雫ちゃんのこと好きじゃないだろ?」
「な、何を言うんですか。今だって眼鏡姿も魅力的だと言ったばかりでしょう?」
「あの子は眼鏡なんて持っていないぜ。伊達すらも」
「なっ……」
自らの失言を察し、佐古田は目を見開いて口元を両手で覆った。後悔先に立たずだ。
「目撃情報もあるし、お前が雫ちゃんの周りをうろついてたのは事実だろう。だけど、実際には大して意識して観察してなかったんだろ? 信憑性を増すために俺の言葉に乗っかったんだろうけど、残念だったな」
「……」
佐古田は無言だったが、反論が出ない以上それは肯定と同義だった。
「今までの話を踏まえた上でもう一度だけ聞く。どうして雫ちゃんの周りをうろついてた?」
もしも佐古田が口を噤むようなら、拳を使った脅しも
「頼まれたんです。津村雫の周囲に現れて、彼女に不快感を与えてほしいと」
「……頼まれた、誰に?」
「……茜沢の
「石清水か」
岩清水の名は電話の後に涼が送って来たメールで確認していた。まさかここに来て、双方の情報が繋がることになるとは予想していなかった。
「しかし、何でそんなことを?」
「……詳しい事情は知りません。ただ僕は石清水さんに一目惚れして、思い切って告白してみたんです。そしたら、『私のお願いを聞いてくれたら考えてあげる』って言われて、それで……」
「雫ちゃんに付き纏ったと?」
佐古田は無言で頷いた。
「こいつは収穫かもな」
麟太郎の口から思わず感嘆の声が漏れる。容疑者候補の一人を陰で操っていた以上、岩清水への疑いはより濃いものとなった。
「良いように利用されてるとかは思わなかったのか?」
交際を検討する見返りに異様な頼みごとを要求される。その時点ですでに真っ当な恋愛とは縁遠い。
果たしてそのことに佐古田は気が付かなかったのだろうか? 仮にも名門校に通う優秀な生徒なのだから。
「それでも良いんです。彼女の役に立てるのなら」
恋は盲目。そんな言葉が麟太郎の頭に浮かんだ。周りの事など顧みず、ただひたすらに意中の女性の願いを叶えることに必死になっていたのだろう。
そんな佐古田を見て哀れとすら思う麟太郎ではあったが、同時に激しい怒りが満ち溢れてきた。
「雫ちゃんに申し訳ないとか思わなかったのか? 彼女には何の恨みも無いだろうに」
「一度も思ったことはありません」
それを聞いた瞬間に麟太郎は咄嗟に体が動き、気が付いた時には佐古田を思いっきり殴り飛ばしていた。細身な佐古田は殴られた勢いで吹き飛び、積まれていた段ボールの山へと倒れ込んだ。
「……痛いじゃないですか」
頬を抑えながら、佐古田は壁に手をついてゆっくりと立ち上がった。
「惚れた女のためとはいえ、良心は痛まなかったのかよ?」
返答次第によってはさらにもう一発殴ってしまうかもしれない。それ程までに麟太郎は憤っていた。
佐古田のその行動に、モラルの低さに、女に騙されているのを承知で続けていた馬鹿さ加減に、全てに苛立っていた。
普段ならもう少し冷静でいられたかもしれない。だけど、雫のことが関わっている以上冷静さを保ってなどいられなかった。
もしかしたら佐古田に対する怒りの中には、同族嫌悪も含まれていたのかもしれない。佐古田のようにな陰湿な真似はしなくとも、自制が効かずに感情的に相手を殴ってしまった自分自身も本質は同じ。惚れた女のために周りが見えなくなっているという意味では同類だ。
「悪いことだと思ったさ。だけどそんなことがどうでもよくなるくらいに嬉しいことがあった。だって岩清水さんは、いつだって僕の頑張りを特等席から見ていてくれたんだから」
「特等席だ?」
「石清水さんはいつだって、津村雫の隣から僕を見ていてくれた……そう、いつだって僕を」
そこまで言うと、スイッチが入ったかのように佐古田は突然笑い出した。
恍惚の表情は、楽しい日々に思いを馳せているようにも見える。佐古田にとって岩清水という存在がどれだけ大きい物なのかは分からないが、はっきり言って異常だ。
「……理解出来ねえ」
これ以上は何も聞き出せないだろうし、殴る価値だってない。
そう判断した麟太郎は、佐古田に背を向け一人路地裏を後にした。
「……ともかく、報告はしないとな」
後味の悪さを感じながら麟太郎が携帯電話を取り出した瞬間、着信が飛び込んできた。
画面上に表示されている名前は
「はい、もしもし」
『麟太郎くん、今大丈夫?』
「ああ、特に問題ない」
あと少し早かったら電話どころではなかったかもしれないが、幸いにも厄介事は片付いている。
『実は、暗黒写真について知り合いを訪ねてたんだけど、意外な事実が分かってね。皆で集まれないかと思って。涼君には連絡済みだよ』
「重要な話なんだな?」
『うん、今回の事件の鍵になるかもしれない。協力者にも会わせたいしね』
「なら行くしかないな。俺も色々報告したいことがあるし丁度いい」
『決まりだね。三十分後に
「何でわざわざ休日に学校なんかに?」
『詳しい話は現地で、それじゃあまた後ほど』
「おい、栞奈」
疑問は解消されることのないまま栞奈との通話は切れてしまった。
麟太郎は短く「何なんだよ」と呟きながら、学校へと向けて歩き始めた。
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