ご令嬢とお見合いと恋心。

もちもん

お嬢様とケーキ



晴れた日の大安吉日。

黒塗りの車の中。

あからさまに不服そうなかおで、窓枠に肘をかけている私。

堂島グループの末娘、堂島ヒロ。



赤い振袖姿に、帯はふくら雀。

髪は使用人が綺麗に整えてくれて頭に大きな花のコサージュがついている。


「ヒロ様、肘、お行儀が悪いです。」

運転席の使用人兼私の世話役、篠崎が注意する。

心のなかで舌打ちをする私。

だって不快極まりないんだもの

この格好も。

この状況も。

お父様もお母様も!

でも一番気にくわないのは篠崎。

アンタよ!


「この縁談が決まれば、私は18で嫁に行くのよ?」

「そうですね。」

感情のかけらもないようなマニュアル通りの返答をする、運転席の篠崎。

「私初恋もしていないのに。」

「結婚してから、恋愛のような生活もできますよ。」

そうだった。

この男はそう言う男だ。

堂島グループの言いつけを忠実にこなす忠犬、篠崎。

「そんなに不服ですか?この縁談は。」

どの口が言いやがる。

「承服そうに見えたら、メガネ変えた方がいいわ。」

「、、、。」

堂島グループのご令嬢なんて肩書きは、

愛も未来も金で動く小切手の様なものよ!


どんなやつかも知らない家柄のいい男と見合いをし家庭を作れと言われる。

相手が見ているのは「条件」であってわがままではねっかりで、負けず嫌いの「私」ではないわけで。

その先に待っているのはマストで溢れた息の詰まる生活に違いない。

想像がつくわ。

君は◯◯家の顔なんだからー

嫁なんだからー

こうじゃなきゃ。

ああじゃなきゃ。

あーヤダヤダ。想像したら蕁麻疹でそう。

こんなんならお家で篠崎にわがまま言っていた方がよっぽど自由だ。


なのに篠崎め!!


この縁談は、篠崎が何処からか持ち込んでお父様が了承した。

篠崎はお父様の優秀な秘書でもある。

私から言わせたらアンタは犬よ!

お父様の忠犬。


お父様がいう縁談とは、会社の存続、金、地位と権力を守るための売買契約みたいなものだ。

大人たちにとって駒でしかない娘の私には拒否権などないらしい。


今回だって

「ヒロ。今回ばかりはパパだって心からヒロのことを思ってな。」

「どんな人よ?」

「大丈夫だ、40歳でもデブでもないぞ。まぁ詳しくは、お楽しみ☆」

お父様め。語尾に☆つける程度の軽い気持ちで娘を売るのか!とも思ったが、前回のことがあったのでおとなしく(?)今日を迎えている訳だ。


何がイチバン腹立たしいかって。

お父様でも、縁談でもない!

“全てが篠崎の思惑通り”という事実よ!


「これで私が嫁に行ったら、嬉しいの?」

「はい、それはそれは。」

そーでしょうね!

「私は寂しいわ。だって篠崎とはもう15年一緒にいるんだから。」

「そうですか。ありがとうございます。」

顔色ひとつ変えないところが更に腹立たしい。

ダメだ、そうだった。

この男に情を求めてはいけないことを誰よりもこの私が知っているじゃないか。


「篠崎はいくつになるの?」

「30でございます。」

「篠崎は結婚しないの?」

「時が来ましたら。」

「相手は?あなたこの家に飼われすぎて出会いもないんじゃないの?」

「、、、。」

篠崎は顔色ひとつ変えずに運転を続ける。

出た。

私の言葉遣いが汚いと返事をしない篠崎。


「ヒロ様。私の心配よりご自分を心配なさってください。」

「あなたに言われたくないわ。勝手に縁談なんか持ってきて。私は、金で買える程度の薄っぺらい愛で拘束される未来よ。」

「、、、。」

無言の篠崎。

はいはい口が過ぎましたよ。

と心の中で言う。


前回はお父様をなんとか言いくるめて破談にした。

「40歳のおっさんとなんかヤダわ。しかもデブなんて。私生娘なのよ!?可愛い17歳の娘の初めてがこの男で納得するの!?」

なんてもう恥を忍んでお父様の書斎へ乗り込んだ。

あの時は篠崎にも頼んで、お父様へ助言してもらい破談になった。

理由なんかどうでもいいのよ。

相手が40でも30でも。

デブでも痩せでもチビでもブサイクでも。

要は私は恋愛で結婚したいのよ!!


篠崎は私の味方だと思ったのに!

まさかその篠崎が縁談を持ってくるとは思わなかった。これは謀反よ!


兄も姉もお見合いで結婚している。

堂島家のしきたりのようなものだ。

姉も最初は嫌がっていたが、相手が海外を飛び回っているので悠々自適な暮らしができると言って今は幸せらしい。


堂島家の3人の子供の中で一番手が焼けて一番跳ねっ返りな末っ子の私は一筋縄ではいかない。

ごめんあそばせ。


「篠崎だって私が嫁にいけばもう手を焼かなくて済むものね。」

「そんなことは思っておりませんよ。」

「嘘。」

じゃなかったら、なんでアンタが縁談なんか持ってくるのよ。

「私が嫁に行けばもう、わがままな小娘の世話しなくて済むものね。」

「ヒロ様、、、。」

バックミラーから見える篠崎の顔が困っている。

「私の世話係が終われば、お母様の秘書か堂島グループの重役ポストでしょ?」

「、、、。」

知ってるんだから。

知ってるんだから!

篠崎め!!


「私にそのようなポストはございませんよ。」

「じゃあどこ行くのよ。」

「退職いたします。」

「え?」

「退職して家庭を気付こうかと。」

耳を疑った。

「あ、そうなの、、、なんだ。」

まさかの一言が衝撃すぎる。

うそうそ。

篠崎がいなくなるだって?

「よ、よかったわね、もう解放されて。」

「はい。」

事実らしい。


胸が痛い。

なんだこれ。


篠崎ススム。

私がこの世で一番嫌いで。

この世で一番、憎くて。

この世で一番、信頼の置ける男。

一緒にいることが当たり前すぎて想像がつかない。

篠崎はもう、他人になるだって?

篠崎はもう私をヒロ様と呼ばなくなるだって?

篠崎はもう、来年の誕生日は隣にはいない?


想像がつかない。

それほどこの男の存在は空気のように当たり前だったから。


いつも怒ってばかり。

食事のマナーとか節操とか。

夜更かしすると、強制的に電気を消す。

学校の友達と遊んでいても迎えに来て強制連行。

お気に入りのワンピースを着ようとして駄々をこねる私を、今日はその服ではいけません。などと冷血な一言を飛ばす。

嫌いなものは、料理番に言いつけてあの手この手で食べさせようとする。

ピーマンを細かくしてカレーに混ぜ込んだり、トマトもドライフルーツにしてデザートにさせたり。

レーズンをペーストにしてチーズタルトに入れろだとか、、。

この男は鬼だ。悪魔だ!

社交ダンスのレッスンも、できるまでスパルタな教え込み。 足のマメが弾けるまでやらされた。

点数が悪い教科はすぐに家庭教師に言いつけて。勉強机に縛り付。

言葉遣いが悪いと、冷たい目で見てへわざと返事をしない。

性格の悪い悪魔だ。


でも篠崎は、、、

怖い夢を見たら一緒にいてくれたり

お母様やお父様に怒られてへこんだときは、ローゼンのケーキを食べに連れて行ってくれた。

できないことはできるまで世話をやく。

私が困った時は誰よりも早く駆けつける。

本当は優しいことも知っている。


悔しいから絶対言わないけどね!


「お父様からも私からも離れられて篠崎は自由になるのね。私は金ヅル娘屈辱結婚生活の日々だって言うのに。」

皮肉ってみる。


毎日の苦痛の日々をブログにして送りつけてやる。お前の縁談のせいでって恨みつらみを!


篠崎の軽いため息が聞こえた。


うそよ。うそ。

ほんとは。

いやだ。

置いて行かないで。

アンタだけ幸せなんかほんと許さない。

許さない!

許さないんだから。


「そうですね。」

ズキ。

「私は自由です。」

ズキ。

ズキ。

「やめたらやりたいことあるの?」

「そーですねー。ローゼンのケーキを食べたいです。」

「、、、。」

そんなの今だってできる。

「他には?」

「恋がしたいです。」

ズキ。

ズキ。

「他には?」

「ユニ◯ロで服を買いたいですね。」

、、、。

「他には?」

「狭いマンションかアパートでいいので、好きな家具を揃えて、好きな服を来て、、、。」

要は早くこの住み込みの張り付け生活から解放されたいわけだ。

「ヒロ様は?」

「そんなのきいたってどうにもならないでしょ。叶わないならいうだけ惨めだわ。」


私にだってある。夢くらい。

金持ちじゃなくていい。

好きな人が自分を好きになってくれて。

結婚して、子供を作って

特別な時にローゼンのケーキを食べたい。

高級な服も靴も宝石もいらないから

ただ好きな人が隣にいて2人で笑っていたい。

そんな儚い私の夢。

金持ちの娘に生まれた私には到底掴めない夢。


悔しいからアンタになんか教えてなんかやらないわよ!


「そうですか。聞いて見たかったです、ヒロ様の夢。」

「夢を見ていいなら、今から帰りたいわ。」


篠崎の夢は

これから叶えられるかもしれないけど。

私の夢は叶わない。

私を置いて夢を叶えるのね。


悔しいから

羨ましいなんて絶対言ってやらないけどね!


「ヒロ様?」

「何?」

「もう着きますのでご準備を。」

「篠崎。」

「はい。」

「いま幸せ?」

「それはそれは。昔も今も幸せにございます。」

「そか。」

「ヒロ様、お相手が不服でも取り乱してはいけませんよ。」

「発狂したら、破談にならないかしら。」

「またそんな。」

「私が婚約したらこれで最後になるの?篠崎。」

「ヒロ様がお嫁ぎになりましたら私の使用人契約は終了ですのでそんなに直ぐには。」

「、、、そう。」

車がホテルのロータリーに入る。

「もうわがまま言わないから、最後のわがまま話聞いてくれる?」

「何ですか?」

「逃げたい。」

「どうしてですか?」

「知らん男に一生を売れない。」

「では、、それはできません。」

ちょっと!

なんでアンタが今更動揺してんのよ。


「アンタに私の気持ちなんかわからない!!バカ篠崎。」

「、、、。」

出た。私の口が悪いと黙るいつもの篠崎。

ポーターが車を出迎える。

「ヒロ様。」

篠崎が後部座席を開ける。

降りるように促される。

「嫌。」

「ヒロ様。」

「嫌よ。絶対や!」

「今日が終わったらローゼンのケーキご馳走しますから。」

ため息交じりの篠崎。

奥に見えるポーターも困っている。

絶対降てなんかやらないわ!

「ヒロ様、、、。」



アンタはいいかもしれない。

だって、アンタは、、、

この先何度でもローゼンのケーキを食べに行ける。

好きな人とも。

これからできる家族とも。

でも私は。

「嫌よ、、。」

私はもうアンタとはローゼンのケーキは食べれないのよ、、、?

涙が溢れる。

嫌よ。そんなの。

だって。だって、、、

「ヒロ様。」


私がヘソを曲げれば、いつだってアンタは私をローゼンに連れてってくれたから。


ご機嫌取りなんて簡単だって思ってたでしょ。

とりあえずローゼンに連れてこうって。


でもね!


わざとだったのよ。気づいてないでしょ。

わがまま言ってわざとヘソ曲げて。

お父様にもお母様にもわざと怒られる事言って。

だってそうすれば、、、

アンタはいつも私をローゼンに連れて行ってれたから。

「いやよ、、。」

だって篠崎、、、

私がケーキ食べてる時、笑うじゃない。

すごく優しい顔して、笑うじゃない。

私はそれが嬉しかったのよ、、、

「嫌よ、、、絶対。」

涙が溢れる。

着物を汚さないようにハンカチで拭う。


「すみません、車を置いたらまた来ますので。」

篠崎がポーターに告げて、運転席に戻る。


「ヒロ様。」

「、、、。」

「こんないい着物も、髪飾りも宝石も、お金も地位も名誉も、、、いらない。」

「ではヒロ様の欲しいものは何ですか?」

「、、、教えない。」

「ヒロ様はとても意地悪です。」

「篠崎に言われたくない。」

「私は意地悪ですか?」

「意地悪よ!こんな縁談勝手に組んで。そんなに早く自由になりたかったの!?」


「そうですね。」


聞いた私が悪かった。

そうだこの男はそう言うやつだ。

任務のためなら、目的のためなら手段を選ばない冷血漢。


車が駐車場に置かれる。

「ヒロ様。着きましたよ」

「、、、。」

「ヒロ様。」

「おりますよヒロ様。」

私がヘソを曲げれば、アンタは優しく私を呼ぶ。

もう聞けなくなる。

一度でも多く私を呼んでよ。

そうすれば


私を呼ぶときだけは

あんたは私だけのものになる。


後部座席が開いて篠崎がのぞく。

「ヒロ様。わがままもその辺になさってください。」

「、、、。」

「ヒロ様。」


「はああ。」

篠崎がわざとらしくため息をこぼした。

あ、、、これは篠崎が本気で困っている合図。


嫌われたくない。という思いに襲われる。


「どうしたら降りてくださいますか?」

「降りないわ。男なら力づくでおろして見なさいよ。」


軽く鼻から息を吐く篠崎。

「お着物が崩れても知りませんからね。」


「わ。」


篠崎に抱き抱えられて身体が浮く。

あれよと車から出される私の身体。


「降ろして!」


「ダメです。」

肩にかけられる形で抱えられたまま、篠崎が荷物をトランクから出している。

「降ろして。」

「さっきは力づくでおろしてみろと言ったと思ったら、今度はおろせですか?」


腰のあたりで声がする。

「歩けるもの!」

「逃げますよね?」

「、、、。」

「このまま入り口まで運びます。」

「バカ篠崎!」

「、、、。」

「アンタなんか嫌いよ!大っ嫌い。」

「、、、。」

「意地悪悪魔、、うう、、。」

「、、、。」

「冷血漢、、、ぐす、、、。」

「、、、。」

「嘘よ、、、ぐす、、。」

「そうですか。」

ほらね。

私が汚い言葉を言わなければ、篠崎は返事を返す。

「降ろして。」

「嫌です。」

「降ろして。」

「嫌です。」

「降ろして!!」

「いやと言われる私の気持ちがわかりましたか?」


コイツ、、、!


「そんなにこの縁談が嫌ですか?」

「嫌に決まってるじゃない。アンタとお父様が勝手に決めて、、、。アンタは自由になれからそりゃあいいでしょうね、、、!」

悔しい、、、。

だって仮にも、篠崎が用意した縁談。

篠崎の思惑通り。

そんなの嫌。

嫌よ。

もっと一緒にいたいのよ。

もっと一緒にいてよ。

せめて20歳まで。

もうわがまま言わないから。


これが最後のわがままにするから。

お願いよ。


だって私はアンタが好きなのよ。


好きなの、、、。

すき、、、。



「でも、、うう、、でも私は、、、、」

涙が溢れてどうにもならない。


「ヒロ様?」

「ヒロ様?」


返事なんかしてやんないわよ、、絶対。

このままずっと名前を呼び続けなさいよ。

聞いててあげるから。

アンタが自由になるまで。


ホテルのロビー入り、降ろされた。

私の縁談はすぐそこまで迫っている。


涙でグズグズの私。

もう何も言わないことにした。

というよりももう諦めたに近い。

考えてみたら、顔を合わせた後からだって破談にだってできる。


下を向いている私。

「ヒロ様。」

ロビーの大理石の床に片膝をついて私を見上げ、私の両手を軽く握る篠崎。

ちょっと!

あんなでアンタが傷ついたような顔するのよ。


「嫌なのは十分承知致しました。ですが私の立場も少しはご配慮ください。」

困ったような表情に優しい目。


立場ってなんだ。篠崎のくせに。

アンタにとって私は駒のくせに。


でももういいわ。

しょがないもの。

ここまできたら。

「約束よ。ローゼンのケーキ。」

そう言って私は最後のわがままを吐いた。

「かしこまりました。」

痛々しそうに笑顔をつくって答える篠崎。


私は腹をくくった。

トイレで化粧を直して。

着崩れたえりを整えて。


お手洗いから出た。

「ご準備は整いましたか?」

篠崎が立っている。

今更気付いたが、今日はスーツの色がいつもと違う。

ユニ◯ロ着たいとか言った男が、スーツを新調するとは。

怒りを通り越して笑えてくる。


「そうね。」

もう割り切る。

駄々をこねたところでどうしようもない。

逃げたところで着物じゃ、篠崎に捕まるのは目に見えている。

この男は足が速い。

そしてどこにいても、、、私を見つける。

誰よりも早く。

知ってる。

15年楽しかったわ。

15年幸せだったわ。

もう解放してあげる。


指定されたホテルの部屋。

扉を開ける篠崎。


「あら、お二人がご到着よ。」


用意された部屋には6人がけのテーブル。

お父様とお母様。

反対側には

相手のお父様とお母様。

空いている席は両側に1つずつ。


「お待たせしてしまい申し訳ありません。」

「いいのよ。私たちも今着いたところなの。」

「ヒロさん素敵だわ。お着物もよく似合ってるわ。」


「ほらススムも、席について。」


篠崎が私の前に座る。

全く状況が読めない。


「それで、結婚したらどうしたいのススムは。」


「そうですね、2人でローゼンのケーキを食べに。」


私はやっとわかった。

篠崎の言葉の数々の意味が。




















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ご令嬢とお見合いと恋心。 もちもん @achimonchan

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