推され、押されて、ここに来た

ささかま

プロローグ 汗水、垂らし、ここへ来た

 首元で、汗が滴り落ちる。

やや粘着質なその汗は、虫が這うようにゆっくりと滴り落ちる。

汗に良い汗と悪い汗があるのならば、これは間違いなく悪い汗だ。

医学的なことは知らないが、この不快感はきっと悪いものだ。


 懐中電灯を持った右手の甲で、首元の不快感を拭う。

すると光が自分の前方から場所を移し、背後を照らし出す。


 その瞬間、髪の長い女が背後に照らし出される━━━


 そんな想像が頭をよぎり、慌てて懐中電灯を前方に戻す。

……私は決して怖がりではない。

むしろ、この時間に、この場所で1人立っている事に敬意を払われるべきだ。


 今はいわゆる丑三つ時。

そして、ここは墓地の真ん中。

私を取り囲む、墓標、墓標、墓標━━━


 なぜ私がここに1人でいるのか?

それは、私とペアの女の子が、別行動を提案したから。


 なぜ、こんな時間にペアで墓地を訪れているのか?

それは、非公式だが大規模な学校行事「肝試し」に参加しているから。


 なぜ、参加しているのか?

それは、強引な友達━━━


 いや、は友達じゃないな。知り合いですらない。

とにかく、そいつから誘われたのだ。

強引に!常識では考えられないほど強引に!


 ……墓地特有の、そこはかとなく生ぬるい風が、興奮を僅かに冷ます。

頭に響いた「落ち着け、堺 夏希!」という声が、死人のものではない事を祈る。


 とにかく、ここで立ち往生はまずい。

左手に持った地図を開き、次の目的地を確認する。

汚い手書きの文字で書かれた「ここ!」という間の抜けた平仮名。

ご丁寧に赤い印をつけられたその文字は、地図の胡散臭さを倍増させている。


 ため息をつくと同時に、目的地の方向へ歩みを進める。

左手だけで地図を畳む事で、前方の光を確保。

いかに時間がかかろうと、前方の光だけは絶やしてはならない。


 この時、私は気づかなかった━━━

いや、気づけるはずもなかったのだ。

私の注意は、左手の(なかなか折りたためない)地図に向けられていたし、

右手の懐中電灯は、前方だけを煌々と照らしていたのだから。

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