たった一つの冴えた割り方

@samuthing

たった一つの冴えた割り方

 薄暗い部屋に、ザァッとシャワーの音が鳴っている。部屋を見渡すと間接照明というのだろうか、これ見よがしに照明が壁を照らし、部屋を柔らかい光が部屋を包んでいる。音、光、匂い、どれもが相応であり場違いだ。

 何より、僕がここにいる事が一番の場の均衡を崩している。

 シャワーの音が止むと少女が身体を濡らしたまま僕の前に立った。

「ねぇ、あなたは入らないの? 別にそれでもいいけど追加でお金取るよ?」

 少女は身体に巻いたバスタオルをわざわざ僕の前ではだき、濡れている髪の毛を拭き始める。「なんか喋ってくれないと困るんだけど。どうするの?もうしちゃう?」

 頭にタオルを巻きつけた少女は僕の隣に座る。わざとらしく身を寄せてくるのだろうと思ったが距離を開けている事に好感を持った。

「少し話を聞いてくれないか」

「良いけど、長くなるなら髪の毛乾かす時に一回話切るからね」

「良いよ、好きにしてくれ」

 少女は立ち上がると、鏡の前に座り、備え付けてられているドライヤの電源を入れる。

「ごめんね、普段は髪の毛とか洗わないんだけどさ、今日はちょっと色々あってね。」そう言いながら少女は髪の毛を靡かせる。

「はい、終わり。」少女は裸のまま僕の隣に座り足を組むと、手を差し出した。「どうぞ、お金はもう貰ってるから時間の間は好きにして」

「君は不条理を見たことがあるかい」

「何、お説教?」

「ただの質問だよ」

 少女はベッドに身体を投げ出す。「不条理だらけじゃない。世の中なんて。そんなの誰だって感じてるよ」

「例えれるかい」

「例えとかじゃないでしょ。事実ばかり全部が不条理よ。プラダが高い事とか、私が売りやってる事とか、ナツミが妊娠して子供を降ろした事とか。後はあなたに不条理とは何かって聞かれてる事とか」

「僕もいくらでも上げれるし、全てが不条理で道理だと思う」

「それがどうしたの」少女は身体を起こし、僕を見つめた。

 鞄から一本の割り箸を取り出し、彼女の前に差し出す。

「お箸? なんか食べるの?」

「これがこの世の不条理だ」

 少女は割り箸を持ち上げると目の前で眺め始めた。箸を包んでいた包装紙を捨てると、割り箸の先端を両手で持ち広げると、割り箸は綺麗に真っ二つに割れた。

「どう、キレイに割れたでしょ。私割り箸をキレイに割るコツ知ってるんだ」

 本来の形を取り戻した箸は、僕の手元に帰ってきた。

「これはつまらないが、抗い様のない正解の一つだ」

「あってんじゃん。不条理じゃないでしょ?」僕から割り箸を取り上げた少女は、二本になった割り箸を弄び始める。

「不条理な事をするんだ。これから」

「これで? 駄目だよ、痛いのは。こんなの入れたら血出るとかって話じゃないでしょ」

「君は良くそんな物を知っているね。その部分は知ってはいるが見たことは無いよ」

「別に良いじゃない、たまたま見ただけよ。気持ち悪いし趣味も悪いしあんなの見てたらあなたも変になるよ」

 僕はもう一本の割り箸を取りだし、少女の前に差し出す。

「そういう事をするんじゃない。これを割るんだよ」

「もう割ってあげたじゃない。キレイなもんでしょ。ナツミなんていつも半端な割り方して片方だけおっきくなっちゃうんだから」

 少女は僕から割り箸を取り上げると、包装紙を捨て先ほどと同じ様に割り箸の先端を両手で持った。

「ここ、ここをこうやって持って上げれば簡単にキレイに割れるの。おじさん知ってた?」

「知っているよ。もう割らないでくれ割り箸が勿体ない」

「だって、割るんでしょ?」少女は不思議な表情をしてそう言う。

「最初に話した不条理っていうのは、僕と君の話じゃない。この世界の事であり、この割り箸が一番思う事だ。この割り箸は君が割った様に”作られている”それがこの割り箸の意思であり、それで食事をされるのがこの割り箸の意図だ。それ以外にこの割り箸を使うのはズレているんだよ。まるで僕と君みたいにね」

「良くわかんない。何がどうなの?」

「ショーツを穿いてくれ。そこから始まるんだ」

「ん、別に良いけど脱がせたいの?汚されると困るんだけどそういうのは別にしてね、今日は替えも無いんだから」少女はショーツを穿き始めると「ブラはいいの?」と聞いてくる。

「別に好きにすればいい。大事な事は最初に言ってある」

「フェチズムって奴ね」

「フェチシズム、だよ」

「あっそ」少女はブラジャーは付けずに、僕の隣に立つ「ほら、現役女子高生のパンツだよ」

「後ろを向いてくれないか」

 そう言うと少女は素直に従ってくれた。柔らかな布地に包まれた臀部をみると、抑えられていた性的な興奮を感じた。少女のショーツを持ちあげる。少女が小さく声を漏らす。

持っていた割り箸をショーツと臀部の間に差し込んだ。

「ちょっとなにこれ。期待してたのと違うんだけど」

「思い切り力を入れてくれ」

 少女は割り箸を抜き、こちらに振り返った。

「待ってって言ってるの。さっきから散々してるように説明して」

「お尻で割り箸を割るんだ」

「は?」少女は驚いた表情と呆れた表情の合間の様な、指示をしても取る事の難しい表情を見せてくれる。

「それおっさん達の宴会芸じゃないの」

「ここには、哲学が詰まっている。割り箸は本来君がした通り、僕が話をした用途、その上で成り立っている。でもね、それをする事によってこの割り箸は横に割られるんだ。縦に割られる事を想定された割り箸は無残にも真横に。そして二本になるべくして産まれた彼は3本の”何か”になるのさ」

「あなた、馬鹿でしょ」少女はようやく呆れた表情を見せてくれる。

「僕が、じゃないだろうね。おそらくここにいる全員がそうだ」僕は立ちあがると部屋をゆっくりと歩き始める。

「要するにだ、君には体を売る自由がある。僕には割り箸を割る自由がある。ここはそういう場所なんだ。ケツ割り箸だなんていう極小の世界が凝縮された場所に君はいるんだよ。ここでは、ケツで割り箸を割らない方がニッチなんだ。想像したことがあるかい」

「完全に意味不明。あなたは一体なんなの。ここって私とあなたしかいないじゃない。」

「居るさ、ページをめくればね」

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