第123話 キスマーク
お父さんに車で送ってもらってアパートに着く。
啓がエアコンをフル稼働してくれて、浴衣のまま、久しぶりの部屋でごろんと転がる。
……帰ってきた。
そう思うと、お姉ちゃんの言う通り、わたしの『家』はもう啓なんだなぁ。
「風、浴衣、しわしわになっちゃう」
「いいの。あとは脱いで、クリーニングに出すだけだし」
「……オレのために着てくれたんじゃないの?」
浴衣の胸元から、啓の手が入ってくる。
「風……」
久しぶりすぎて、なんだかいやらしい。浴衣姿で襲われるなんて。
「クリーニングに出すだけなら、脱がすのはありでしょう?」
「そんなにいいものでもないと思うけど。浴衣の下着って、あんまりかわいくないよ」
「浴衣に特別な下着があるんだ。知らなかった」
啓はわたしをごろんと転がして、作り帯を外した。それから丹念に紐を何本も解いて、浴衣の合わせをそっと開いた。
「ほらね」
頬を撫でられて、首元に口づけされる。絶対にキスマークがつくほど、強く。吐息が近い。
「ずっと我慢してたからなぁ」
「え?」
「え、じゃないよ。熱があって、同じ部屋に寝てても何も手を出せなかったオレの身にもなってよ」
「そんなこと言ったって……」
薄紙を剥がすように、和式の薄い下着は脱がされて、結局素のわたしが残る。
額に、啓の額がつく。
「熱は下がったね」
今度は唇に唇を重ねられ、絡め取られる。啓はすっかりわたしの上にいて、そのつもりらしい。
「……んっ」
抵抗しても、どいてくれそうにはない。
「ダメ、逃がさない。どんな気持ちだったか、教えてあげる」
久しぶりで戸惑ったわたしに、啓の肌や背骨の形が何一つ変わらないことを教えてくれた。
「あ……」
終わりはいつでも呆気なくて、彼の背中に強くしがみつく。
「風。すごくかわいかった」
「強引なんだから……バカ」
彼の首に腕を回して、もう一度口づける。お互いに、お互いをこうして見えない糸で縛る。
「あ、風、裸でいる場合じゃないじゃん。また熱が上がるよ」
「脱がしたのは誰よー」
「お布団に入ってなさい」
浴衣は本当にクリーニングに出すしかないほどに、くしゃくしゃになっていた。
その日はまさに「いつも通り」で、啓とお風呂に入って、カモミールのシャンプーをしてもらう。柔らかい泡と啓の指先を心地よく感じる。お風呂から出たあとは髪を丁寧に乾かしてもらい……。
「ピンポーン」
「誰かな? こんな時間に。風、ちゃんとパジャマ着て」
啓が立ち上がって見に行くと、堺くんだった。
「堺、お前、帰省してたんじゃないのかよ?」
「帰省ラッシュ避けて、早めに帰ってきた。お前、全然、LINE出ないしさぁ。今日、戻るって書いてあったから……」
「あ、堺くん、これはちがっ……」
わたしは乱れた浴衣をかき集めて隠そうとしたけれどそれは無駄なあがきで、もうすっかり見られてしまったあとだった。
「あー、出られないよな、LINE……」
「言うなよ、口に出して」
「いや、ご馳走様と言わせてもらうよ」
堺くんはビールをたくさん持ってきてくれた。うちのお母さんがいくつか持たせてくれたお惣菜は、おつまみへと姿を変えた。
「うん、風ちゃんのお母さん、料理上手」
「お母さんはね」
わたしは自虐で1人ツッコミを入れる。
「でも最近、風もがんばってるんだよね」
「へぇー? ご馳走になりたいな」
「ダメ。お前にはやらない」
啓が台所で一品作るあいだ、堺くんはそっと囁いた。
「ずっと熱があったって聞いたけど、もう大丈夫?」
「うん、さっきお風呂にも入れたし」
「あ、お風呂上がりだね」
「なんかエッチっぽい」
「浴衣姿のほうがよっぽどやらしいよ……俺も見たかったなぁ。すぐ脱がしちゃうとかないでしょ」
わたしはそれには笑うしかなかった。
「首筋。背中に近い方、ついてるよ。それはすぐに消えないと思うから気をつけて」
恥ずかしくて首筋の指摘された場所を押さえる。痛みを感じた場所なので、鏡を見なくてもすぐにわかる。
「啓の欲深も恐ろしいほどだな」
また、黙って笑うしかなかった。
でもそれも、お母さんを亡くしていることが原因なのかもしれないと思う。わたしは本当に啓のお母さんのような女性になれるのかな? 啓にとっての『女性』でいられるのかな。
そして、啓の今のお母さんのように影からそっと応援してくれるような女性になれるのかな、不安になる……。
「どうしたの? 飲みすぎ?」
「ううん、考え事」
「……堺! お前何か吹き込んだんじゃないの?
」
「何もおかしなこと言ってないよ。……お前のつけたキスマークの話はしたけどな」
さすがの啓も、何も言えなくなって言葉に詰まった。
「……オレの、ってことだよ」
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