第57話 比べずにいられない

 啓の部屋にとにかく着いた。傘もなく、二人ともびしょ濡れで、シャワーを浴びる。こんな日が前にもあったかも、と、頭をよぎる。

「お先にいただきました」

 ざっと拭いた髪をパンバン、タオルドライする。


 後ろから、ぎゅーっとされる。心が痛む。

「堺に怒られたんだ」

「……」

 とても視線が動かせない。

「風、このままじゃもらっちゃうよってさ。オレ、いつもみたいに『冗談言うな』って言えなくてさ。このままだと、キスくらいじゃ済まねえぞって」


「啓、髪の毛、また拭いてくれる?」

「もちろん」

「じゃあ先にシャワー浴びてからだよ」

 啓はシャワーを浴びに行った。LINEを開く。

『堺くん、ありがとう。とりあえずどうなるかわかんないけど、啓の部屋にいます。もしもダメになったらまた迎えに来てね』

 洒落にならない……。


 ちーちゃんからも美夜ちゃんからも、励ましのメッセージが来てる。

 あの女はあの後「こっぴどく」いじめておいたこと。……逆に怖いわ。

 小清水もいじめておいたこと。……怖いわ。

 まぁ、女の友情に助けられたってことだな。


 問題は、結局。啓なんだ……。

 今日、仲直りしてもまたフラフラするのかなぁ。

「出たよ、髪の毛やったげよう」

「うん」

 大人しく座って拭いてもらう。

「いつも思ってるけど……風って頭も小さくて、かわいい」

「なぁに、それ」

 わたしは小さく笑った。

「本当なんだけどなぁ」

「誰にも言われたことないけどなぁ」

 ふたりでクスクス笑う。

「あのさぁ」

「ん?」

「またパジャマ買わない? ほら、洗い換えにもう一着……」

「いいよ、今度ね」

 髪を乾かして、寝てしまった。


「啓、怒ってるの? あの子のこととか、堺くんのこととか……」

「怒ってるよ……自分にね」

 すごく、声が怒っていたので黙って話を聞く。

「ねぇ」

 わたしの顔を見る。

「友だちに彼女を取られるってどんな感じだと思う?」

「……わたしからはコメント出来ないよ」

 わたしは軽く逃げた。


「オレのせいなんだけどさ……嫉妬でどうにかなっちゃうかと思った。すげー悔しいし、惨めだし……風に、触られるのかと思うと」

 彼は切ない顔をした。月光がわたしたちを照らしている。

「じゃあ、彼氏を取られたわたしの気持ちは考えてくれた? 酔ってる時はあんなにはっきり断ってくれたのに、なんで?」


 できるだけ声のトーンを控えて離す。

「なんで……?」

「あの子はオレの知ってるタイプの子じゃなかったから。ぐいぐい押されて、どうしていいかわかんなくて……理由にならないね」

「ぐいぐい押してくるタイプなら、私も捨てるの?」


 すっかり布団から出て、正座を崩した姿勢でいたわたしに彼はキスをした。

「キスで誤魔化すなんて、ひどくない?」

「違うよ、したいだけ。それから、早く堺のこと忘れさせたいだけ」

 彼はもう一度キスをして、胸元に手を伸ばしてきた。

「……まだ……仲直り、してなくない?」

「これからするの」


 待ち望んだペースと合わないまま、啓はわたしを泣かせる。わたしだけを、先に脱がせてしまって好きなようにされてしまう。キスをして、器用にほかのところも触って……わたしを溶かして啓の具合のいい形にしてしまうんだ、ということがわかる。

「だめ……」

「駄目じゃないよ」

「気持ちよくならないの?」

 首を横に振る。

「ごめん、もう嫉妬でどうにかなっちゃいそうたんだ、大人しく抱かれてて、今夜だけはせめて」

「啓……どうにかなっちゃいそうだから……」

「なっちゃって。誰も見たことの無い風を、見たいんだ」


 薄目を開けると、そこには、知らない男の子がいた。いつも笑顔で、いつもわたしをリードしてくれる頼もしい背中も、腕も、全てが余裕なさげで……。

「啓……浮気しないって約束だよ」

「風こそ……」

 彼はわたしの隣で息を整えながら、そう言った。


 ふたりで軽くシャワーを浴びて、ビールを飲もうという、話になる。

「……ねえ?」

「なぁに?」

「聞かない方がいいこともあるのはわかってるんだけどさ」

「うん……」

 特に観たい番組をやっていた訳でもないので、啓はテレビを消した。わたしはコップ半分のビールで酔っていた。


「……堺のキスって、どんな感じ?」

 わたしは啓の隣に移動して、思い出せる限り再現してみた。

「……違うんだね……」

 それから、高校生のときは、こう、「初めてのキスって感じ」

 鼻と鼻がぶつからないように。無理に首を傾げたキス。

「啓とするキスは……」

 わたしだって、まだお腹の中では心底怒っていたけれど、キスを考える啓がかわいくてからかいたくなった。

「こう、余裕を持って近づいてみて……力づくでは全然ないの。わたしに合わせしてくれる感じ」


  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る