第52話 恋敵

 啓の作るものはなんでも美味しい……シチューも、うちで作るのとほとんど同じなのに、すっごく美味しい。なんでかなぁ、どうして上手くお料理できないんだろう。

 今日は不覚にも、指もざっくり切ってしまったので、いま、啓が洗い物をしてくれている……。啓はわたしに甘い。


「風?」

「あ、手伝うことある?」

 やっとできる仕事があって、うれしくなる。

「ううん、大丈夫」

 そう言ってわたしが転がっていたベッドの隣に腰掛けた。

「新しいパジャマ、買おうか?」

 にこにこしている。

「え、でも家からも持ってきてるし大丈夫だよ」

「いいじゃん、明日行こうよ」

「明日はバイトあるし、今日もまだ微熱あるでしょう?」

「わかった! 日曜日。買い物」

 啓は何故か買い物が異常に好きらしい。前もパジャマを買いに行った時、すごいテンションだったから。

「……また行こうねって、約束したもんね。いいよ、どこに行くか決めておいてね」


 そしてお風呂に入れられる。

 と言っても、髪の毛とか洗われて、今日は脱兎のごとく逃げ出すことに成功。お風呂からは啓の、ののしりが悲しくこだましてた。


 最近は、特に変に気にしすぎることもなく、自然にいられるようになったので、熱があった啓はすーっと静かに眠っていた。おでこを触ると、微かに温かい。そっとベッドを抜け出して、氷まくらを頭を持ち上げながら下に入れてあげる。ふっと啓の目が開いて、失敗しちゃったな、と思う。

「風……?」

「起こしちゃってごめん」

「ううん、ひんやりして気持ちいい」

 たまには啓の役に立てたと思って、うれしくなる。

「風がいてくれてよかった。オレ……ひとりじゃ何もできなかったよ」

「そんなことないよ。……わたしなんか張り切りすぎて倒れたし」

 啓はくくくっと笑った。

「あのさ、あまりにキレイにスパーンと切れちゃってるからどうしようかと思ったけど、塞がってきてよかったよね」

「えー? わたし、まだマジマジと見てない……」

「ダメ、見なくていい。また倒れたら困るし」

 ふたりでくすくす笑う。啓が腕を伸ばしてきて、腕枕をしてくれる。

「こうやって、腕の中にいてくれるだけでしあわせ……」

 じーんと来る。啓以上に、わたしを愛してくれる人はいないんじゃないかと思う。こんなに大切にしてくれて……。

「啓、愛してる」

 なーんて、寝てる時しか言えない。

「……知ってるよ」

「……」

 狸寝入りだなんて。暗い中でも赤面してしまう。

「オレはいつも、いつでも愛してる」

 腕まくらのまま、抱き寄せられる。

「風以外の子なんて、考えられないよ。ずっと好きで、やっと気持ちが通じたのに……」

「ありがとう……。離れないでね」

「離さないよ」

 寝惚けた啓はキスをしてくれた。


 啓のいない部屋は、がらんとして他人顔だ。元々、わたしの部屋じゃないのだから当たり前なんだけども。啓がいるときには気にならないものも気がついたり。

 例えば、啓の読んでるマンガは、今すごく流行ってるものだから、きっとあのファンたちと、同じく啓も熱狂的ファンなんだろうなーとか。

 CDが散乱してるのを見ると、そう言えばまだカラオケに行ったことないなーとか。あのアーティストはわたしもすきだなぁとか。


 ……実際、待っててもすることは限られている。なのでこうなる。


『いま? 大丈夫だよ。風ちゃんは何してるの?』

『啓のとこにいるんだけど、バイト行ってる間、ヒマなの』

『バイトの日も囲っておくのかー。小清水とつき合わなくてよかったわ(汗』

『え? 美夜ちゃんは先輩一筋じゃないの?』

『あー、どうかな? 小清水のことは冗談だから気にしないで』

 ふぅーん、冗談なのか。でも相手が美夜ちゃんじゃ勝てないしな。


『そう言えばさ』

『うん』

『この間聞いたんだけど、1年にすごい生意気な子いるらしいじゃん? カッコも派手で』

『そーなの?』

『ピアス、派手なのしてるって聞いたよ?』

 ああ、新歓の時の子だ。

『言いにくいんだけど……その子、風ちゃんのいないとこで小清水にべったりらしいよ』

 頭の中が想定外の出来事についていけないでいる。だって、あの子は……。

『啓、あのときわたしの目の前ではっきりふったよ』


『他人のものが欲しいやつがいるのよ』

 いつも的確な美夜ちゃんのセリフが胸に刺さる。……他人のものが欲しい? そもそも啓はものじゃないのに。スマホの画面をじーっと見つめる。だからって何も動くわけじゃないけど。

『どうしたらいいのかなぁ?』

『ひとつは小清水が八方美人をやめることだよね』


『もうひとつは?』

『風ちゃんがいるって思い知らせること。小清水は風ちゃんのストーカーなんだから、たまには逆ストーカーになればいいよ。かえって喜ぶんじゃないの? あ、わたしも呼ばれてるからまたね』

『ありがとう』スタンプぺたり。


 ライバル、いないほうがおかしい。

 啓は見た目だけでもモテそうだし、外見でいえば、おしゃれもすきだし。

 中身はもちろん、よく気がついて誰かを助けてあげられて、やさしくて思いやりがある。

 だからこそ、自分があの人の大切な人になるなんて思わなかった……。


「ただいま。あれ、玄関で待ってたの?」

 両脇から手を入れられ、よっこいしょと立たされる。

「おかえりなさい……」

 小さい子がするように、首に手を回して肩に顔を埋めた。

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