第50話(番外)美夜ちゃん①
そんなわけで、わたしの夢の「大学デビュー」は阻まれた。
それで何となく、風ちゃんとちーと違う時間割になって空きコマだったり、すぐに帰りたくないなぁと思う時はサークルに顔を出していた。
大学とは不思議なところで、自分の決めた時間に決めた講義に出れば良くて、お昼前に帰る人、夕方帰る人、「不夜城」と呼ばれるサークル会館にいつまでも住んでいる人、それぞれだ。
わたしと樹くんは、そのサークルでたまたま知り合った。
「よく本読みに来てるよね」
「はい(それ以外に『ミステリー要素』ないじゃん)」
「一年生だよね?」
「そうです(わたしにフレッシュさが足りないと……?)」
「名前を聞いてもいいかな?」
「
「美夜ちゃんか。僕は
帰り道、成り行きで一緒に駅まで帰ることになった。
わたしは止んでしまった雨のための傘を畳んで、バックと一緒に持っていた。
「傘、持とうか?」
「いえ! 駅まであと少しですから」
暗くなった構内は、まるで夜の公園のごとく空気は沈み、街灯だけが浮いて見えた。
「香川さんはどんなミステリーがすきなの?」
「あ……実はサークル入るまではあんまり」
「別にいいんだよ。それがきっかけで、っていいことじゃない? 今度大きな書店に行こうか? 文庫でもいいの、たくさんあるよ」
「はい」
なんか、外で会う約束をしたような気がする……。大学生だもの、そんなもの社交辞令に違いない。
数日すると、先輩と構内でばったり会った。
「次は授業あるの? いえ、今日は午前中だけなので」
ちーと風ちゃんは、まるで恋愛ドラマを見ているかのごとく目を輝かせていた。ちーに至っては、あからさまに肘で人をつついて、早く行けと促した。
「じゃあ、僕と一緒だ。香川さん、連れて行ってもいいかな?」
「どうぞ、どうぞ。2年の高城先輩ですよね、わたしたちも同じサークルなんです」
「そうなんだ。これからもよろしくね。よかったら新歓来てね」
先輩は品の良い笑顔でふたりからわたしだけを、引き剥がした。そうなんだ、品が良い人なんだ。
「お友だち?」
「ええ、学科、一緒で」
「ところで香川さんて学部は?」
「理学部です」
「理学部?」
理学部、というと大抵の男性は一瞬止まる。文学部の男性もいるんだから、別におかしくないと思うんだけど。
「僕は法経学部の法学科なんだけどね」
「はい」
「経済を受けて、就職に有利にしたかったんだよ」
「はぁ」
「そしたら、数学がいくらやっても出来なくてさ。経済受けるには数学が必修でね」
先輩は弱々しく笑った。もともと、神経が太いようには見えなかった。
「だから、香川さん、尊敬するよ。すごいね、理学部の数学なんてちんぷんかんぷんだよ」
数学科の数学の方がひどいだろうとは言わずにおいた。別に先輩を深いトラウマの海に沈めたいわけではない。
「先輩? どうした……」
「桜が散るさまが美しいなぁと思って」
春の風に桜の花が巻き込まれるように散っていく。冗談ではなく、先輩は振り返って桜吹雪と呼ばれる現象を、心のカメラに写しているようだった。そして、わたしは何も言わずにいたのに、
「君の背景にすると、もっと素敵だ」
と、言った。
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