第48話 ブラックアウト

 簡単お粥の作り方。


 まず、お鍋にお湯を沸かす。ご飯の量と同じくらい。

 野菜を入れるなら切る。例えば大根や人参、小松菜とか。間違ってもお粥の具なので大きく切らない。

 ご飯投入。ご飯をざるに入れて、ほぐれるくらいまで洗う。お粥がベチャベチャした方が好きなら、この工程は省く。

 水を切って、だしの素と投入。ご飯は膜が貼って吹きこぼれるので、要注意。さし水をすれば吹きこぼれは防げる。

 お粥は水分でやわらかくなるので、少し放っておく。卵を入れるならこの辺。


 と、お姉ちゃんに細かく教わったのでやってみる。マンガとかで出てる、一人用の土鍋、持っている方が少なくないかなーっていうか、寒いだろう。

 というわけで、ちょうど良い大きさの雪平発見。これでやろう。


 啓は布団に肩まで入って、くるっとこっちを見ている。まるで目の大きな動物みたい。ワオキツネザルみたいに。……見張られてるよなぁ。

「風のエプロン姿、かわいいなぁ」

「ああっ!」


「何した?」

 啓が遊ぶのをやめて、キッチンに急いでくる。

「手を切ったの」

「どこ?」

「えーと、絆創膏あったかな?」

 わたしは明らかに挙動不審だった。なぜなら本当のことを言うと、バッサリ切ってしまって、痛いことこの上なかったから。

「薬箱、どこだっけ」

「自分でさっきテーブルに置いたじゃん。大丈夫そうに見えないけど」


「……啓、血、大丈夫?」

 啓の目が、一瞬ギョッとしたのを見逃さなかった。ティッシュで切ったままにしていた指を、出してみると……。

「ごめん、わたし血が苦手なの。見られない」

 思わずふるふると指先が震えてしまう。

「何をしてたの?」

「小松菜を、切ってたら葉っぱのしたに指があって……固いなと思って力を入れたら」

「指が切れたと」

 啓は怒るではなく、あくまで冷静に事を把握していた。


「目、閉じて歩ける?」

「先導してくれれば、たぶん」

 手首を引かれて、キッチンに歩く。水栓を開いて、水の流れる音がする。

「ごめんね、ちょっと痛いかも」

 言われた内容より、その声に安心する。

「いっ……」

「はい。次は消毒液ね。お鍋の火、一度止めるね」

 こくん、と頷く。あー、結局そうなるんだよね。


 目を閉じたまま、啓のベッドに腰掛けて、啓を待つ。しみないとCMでもやってる消毒液がすごくしみる。啓が器用に絆創膏を貼ってくれる。

「はい、一応おしまい。絆創膏、心配だからもう一枚貼ろう」


「ねぇ、そんなに切れてたの?」

「もう目をあけて大丈夫だよ」

「……ごめんね、迷惑ばっかりで」

「かもしれないね」

 泣きたくなる。できかけのお粥も立場がないし。しかも、絆創膏の下、激しく出血してるし。……じーっと見る。


「聞きたいの?」

「聞きたい」

 啓を見る。ちょっと困った顔をしている。

 啓はベッドに腰掛けたまま寝転んだ。わたしも真似してみる。

「あのさー、左手の……中指、横にスライスしちゃった感じっつって、わかるかなぁ?」

 あー、切った時に見たかも。なんかの蓋みたいにパタパタして……。

「血って、たくさん出たら死なないの?」

 啓は面白そうに笑った。

「風、学校の授業聞いてないでしょ? そんなに簡単に死なないよ」

「そっかー」


 そうか、指を脇からバッサリ力込めて切ったのか。それであんなに血が……。あ、なんか視野が隅の方から暗くなって、誰かにやさしく呼ばれているような……。

「風?……風ちゃん?」

「ううん……」

 啓の声がして、わたしを呼んでる気がする。

「風! 風、聞こえないの?」

 もう少しに行っていたかったけど、啓が心配してるなら。もう一回、あの暗い壁を抜けよう……。


「風、目が開いた! すっごく心配したよ」

 はーっと彼は大きなため息をついた。まだわたしを心配そうに見つめている。

「血がダメな人って、血を見なくても貧血起こすってきいてたんだけど、まさか」

 啓はわたしを抱きしめた。

「119しなかったよー」

 口笛を吹いてご機嫌だ。

「少し、血が戻るまで寝てないとダメだよ」

 と言いながらお粥を作っている……。女子力負けた……。

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