第8話 お弁当に失敗はつきもの

「小鳥遊さん」

「はい?」

 何を言われるのかと、つい構えてしまう。よくあるマンガのように、塩と砂糖を間違えて入れたかな…?

「オレはおいしくいただいてるんだけど、小鳥遊さんのお昼ご飯は?」

「………」

 もちろん、忘れた。そうかー、ふたり分作らないとダメなのね。わたしは本当にダメだなぁ。

 ひとり、沈んでいると小清水くんがキュキュッと手早くお弁当をしまって、立ち上がった。

「オレも飲み物ほしいし、一緒に売店に行こう」

「うん」

「まだサンドイッチとか売れ残ってるといいね」

「うん、ありがとう…」

 ポンポン、と頭を叩かれる。


「ごめんね、土日、会えなくて。毎週じゃないから、今度は遊びに行こう」

「いいんだよ。小清水くんを困らせたくない」

「オレはきみのために困りたい。だって、好きな子のためだから」

 ぎゅっと繋いだ手に力が入った。恥ずかしくて顔が上げられない。

「さ、売り切れる前に行こう」

 見上げると彼も顔がちょっとだけ赤かった。恋って、恥ずかしいことばかりなのかもしれない。


 売店に行くとおにぎりは辛うじて売れ残っていたので、おにぎりとふたり分の飲み物を買った。売店の先に図書館と、図書館前の広場があって、わたしたちはそこでお昼の続きをすることにした。

「ほら、おかず分けよう」

「え?いいよ。わたし、おにぎりだけで大丈夫だよ」

「だってすっごくおいしいよ、作るの大変だったでしょう?」

「そんなこと…ん、がんばったの」

 小清水くんはにっこり笑うと、わたしの口に無理やり玉子焼きを入れた。わたしが目で抗議すると、

「オレ、ここの大学に来てよかったなー」

 と芝生の上にごろんと寝転んだ。楠が丁度いい日陰を作ってくれる。

「それから、勇気出して小鳥遊さんに告白して、まじ、よかったー」

 と言って、わたしの顔を見るために横に転がった。わたしは何を言うべきかすごく迷って、その間、小清水くんはにこにこしていた。

「わたしも、小清水くんがわたしを好きになってくれてよかった」


「やったー!」

 小清水くんは飽きれるくらい大きな声を出して、空に向かってピースサインをした。周りの人たちもちょっと驚いている。

「小清水くん、やり過ぎだよ」

「関係ないよー。うれしいときは喜ばないと!」

「もう!みんな見てるよー」

 そんなに喜ぶほど、わたしは価値ある女ではないのに。小清水くんときたら、昨日の紳士的な姿とは打って変わって小学生に戻っちゃったみたいにはしゃいでる。それほどわたしを好きでいてくれたってこと?現実のわたしに幻滅してないといいのだけれど…。


 その日はわたしは授業があとひとつで終わりで、小清水くんは夕方まであったから図書館で待ち合わせた。

 時間があるので、まず、必修の英語の予習からやってしまう。『科学と信仰について』みたいな、日本語で読んでも興味のない内容の文章を単語を調べながら訳していく。専門的な用語が入っているので、なんとなく訳すというわけに行かないところが煩わしい。なので当たり前のように、集中出来なくなる。

「小鳥遊さん」

 声のした方を向くと、そこには堺くんがいた。堺くんは小清水くんの友だちだ。

「隣、大丈夫?」

「うん、大丈夫」

「あいつと待ち合わせ?」

「あ、うん」

 顔が赤くなってないか心配になる。だってほら、堺くんともそもそもあまり話したことがないし、話題が小清水くんの話ならなおさらだ。

「この前の花見のあと、大丈夫だった?」

「うん、飲めないのに迷惑かけたよね、ごめん」

「そんなことないよー。今度はあんまり酔わないお酒にしようね。そんなに弱いと思わなくて…。あいつにボコられたよ、今日。またクラスで集まる時、来てね。今度学科の新歓もあるし」

「うん、ありがとう」

 視界の端に小清水くんの姿が見えた気がした。その背中を追いかけるように、目線がつい動いてしまう。


「あ、あいつ来たのか?オレ、呼んできてあげるよ。邪魔してごめんね、じゃ!」

 堺くんはスタスタと早足で小清水くんの行った方へ消えて行った。堺くんも小清水くん同様、クラスの中心にいて…って言っても大学は学科ごとの教室とかないから、毎日同じ場所に集まるわけではないんだけど、お花見や新入生歓迎会なんかのときは幹事をやってくれる。つまるところ、気さくで人望があるんだな。わたしとは違う。だから今まで話しかけづらかったんだけど、話してみると別に構えていたのはわたしだけで彼はわたしを同級生として扱ってくれてるってことがわかった。いい人だと思う。


「小鳥遊さん、待たせた?」

「堺くんと少し話してたから時間、気にならなかったよ」

「堺…あいつは後でゆっくりいたぶらないとな」

「え、なんで?普通に日常会話しただけで、特別なこと話してないよ?」

「ほんとに?オレの悪口とか言わなかった?絶対言ってそうだよー。この間は小鳥遊さんに飲ませちゃうし」

 彼は深くため息をついた。

「飲むような女の子は嫌い?」

「いや!決してそういうことではなくて!…小鳥遊さんのことずっと見てたから、飲めないの、オレ、知ってたからさ…」

 終わりの方はどんどん小声になっていった。そうなんだー、小清水くんはわたしのことを何でもよく知ってるんだ。確かにストーカー的ではあるけど、それが好きな人ならうれしくもあるかもしれない…。そんなに熱心にわたしを見てたなんて、どんな気持ちで?


「今日はバイトまでもう少しあるから、少しブラブラしようか?行きたいとこある?」

「今日もバイトなんだ?」

「うん、小鳥遊さんはバイトしてないの?」

「ちょっとだけ。火曜日と木曜日は塾講やってる」

「火曜日と木曜日ね。オレもバイト、できるだけその日に当てよう」

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