第7話 初めての手作り
エプロンと三角巾をつけて…と支度をしていたら、
「カッコから入ってどうすんの?料理は味が命でしょ」
と横から菜箸でつつかれた。お姉ちゃんが結婚する前は、お母さんがいない時なんかはお姉ちゃんが料理を作ってくれたので、わたしは学校の家庭科で習った程度の能力しかない。というわけで、基本から。
お昼すぎに始めて、夕方まで。
『初心者がなんでも手作りで時間をかけるな』というありがたい教えを受けて、怪しい玉子焼き、きんぴらごぼう(ゴボウ以外にピーマンやジャガイモもOK)、ウインナーの飾り切りの仕方、から揚げの作り方(前の日に揚げてしまえという命令つき)、生姜焼き、おひたしを教えてもらう。
『弁当は見栄えが命』という言葉の下、キレイな詰め方と色の配置を習った。…赤いもの、緑のもの、黄色いもの…全部手作りではなくてもいいから、とりあえず彩りに気を使う。
「お姉ちゃん、ありがとう!」
「ま、あとは市販のものと野菜を少し混ぜてね。本も買ったんだし、少しずつレパートリー増やせばいいよ」
「風ちゃん、晩御飯のおかずでいただくね。近いんだから、また気にしないで遊びにおいで」
ぺこり、と頭を下げてお姉ちゃんたちのマンションを出る。お姉ちゃんがエントランスまで送ってくれることになって、話をさせられた。
「それで、どんな子?」
「えーと…礼儀正しくて、正義感が強くて、引っ張ってくれるタイプの人、だと思う、たぶん」
「何それ、たぶんて?」
「んー、告白されてそれまであんまり気にしてなかった人だったから迷ってたんだけど、昨日からお試しでって」
「お試しでお弁当作り?ふーん、なかなかいい男みたいね、そこまで風にやらせるとは。ま、がんばんな。いい男は逃しちゃダメだよ」
お姉ちゃんの言う通りだ。小清水くんはいい男なんだと思う。彼とつき合いたい女の子も多いと思う。…わたしがつまらなくて、やっぱりごめんねって思われないようにがんばろう。料理くらいはできないといけないと思って、そんな自分が尚更、情けなくなる。
お姉ちゃんに教わった通り、鶏肉のから揚げを寝る前に作ることにする。うん。材料は買ってきたから大丈夫。
お母さんに台所を借りてもいいか聞いたら、
「あら、風がお台所に立つなんて明日は雨かしらね」
と笑いながら自室に行ってしまった。
それにしても。
小清水くんはから揚げ、すきかしら…。この間はカジキのフライを食べてたから、お魚と揚げ物は大丈夫だと思う。ミニサラダも残さなかったので、トマトやキュウリも大丈夫だよね。…まだ好みも知らない。
パチパチと油が跳ね上がる音を聞きながら、ひとり、鶏肉を揚げる。無理しなくても鶏肉に下味をつける粉が売ってるなんて、教えてもらわないと知らなかった。
んー、しかし、今までちっとも気にかけていなかった人を急激に好きになるなんてあるのかなぁ?好きって、少しずつ蓄積されるものなのかと思ってた。
でも、小清水くんはわたしへの想いを蓄積させてくれたんだよな…たぶん。それは贅沢だな、と思う。
お弁当なんて持って行って引かれたらどうしよう…。もしそうなったら、それはそれ、味見だと思ってひとりで食べよう。
男の人用のお弁当箱は思っていたより大きくて、隙間なく埋めるのは大変だった。それから、忘れないようにLINEをあらかじめする。約束してないと、上手く会えないかもしれないって、布団に入ってから気がついた。
『おはよう!よかったら、お昼、また一緒に食べてもいいかな?』
『おはよう!もちろんだよ。どこで待ち合わせる?』
『この間の、学部裏のベンチはどうかな?』
小清水くんのOKと動くスタンプが送られてきた。わたしもキャラがぺこりとおじぎするスタンプを押す。…これで用意は大丈夫だよね?
2コマが終わって、ちーちゃんたちに待ち合わせてることを伝えて急いでベンチに向かう。もちろんちーちゃんに、
「愛妻弁当かよー。今度わたしにも作ってよね」
と冷やかされる。
小清水くんは先に来ていて、スマホで何かを見ていた。後ろから声をかける。
「小清水くん」
「小鳥遊さん、こんにちは。ごめんね、週末はバイト入ること多くて」
「ううん、いいの。無理したらつまらなくなるもん、お互い無理しないで、ね」
…わたしが無理をしてきたことはもちろん言わない。
「じゃあ何にする、お昼?」
「えっとね…引かないでね」
「ん?あ、オレが入りにくいような女の子ばっかりのお店とかそういうとこ?」
「いや、そんなんでは…」
ごそごそと持ってきたお弁当用のサブバッグから、チェックの布で包んだお弁当をそろそろと差し出す。
「…自信はまるでないのですが…」
小清水くんが固まっている。…やっぱり引かれてしまうのかな…。
「これ、お弁当?作ってくれたの?ほんとに?」
こくん、とうなづく。
「すごいうれしいんだけど…。現実に自分が手作りのお弁当もらうなんて想像したこともなかった。しかも、小鳥遊さんの手作り」
「あの、手作りを強調しちゃだめ。そんなにたいそうなものでは…」
「なんでも食べるよ。いただきます」
彼はお箸を持って、両手を合わせて『いただきます』をしてくれた。なんかもう、ここまでで報われた気分。
「…小鳥遊さん、おいしい」
「本当に…?」
「うん、オレ自炊だから手作りって大学入ってから食べてない。すごいうれしいよ。カップラーメンくらいしか作らないし」
がんばった甲斐があるというのはまさに、こういうことだ。なんか、次に繋げるための原動力になる。お姉ちゃんに何かお礼をしなくちゃいけない。
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