第5話 酔っ払い
「
呼ばれて振り向くと、堺くんがビールの入ったコップと、まだ入ってるらしい缶ビールを持ってやって来た。
「あ、コップ空いてるね? ビールでいい?
それとも甘いお酒もあるよ」
「あ、じゃあそれもらおうかな?」
「どーぞ、どーぞ」
勧められたお酒は、マンゴー味で、甘くてとろっとしていた。お酒の味はほとんどしなかった。かえって甘すぎなくてジュースより飲みやすいかも。
「おいしい?」
「あ、うん。思ってたよりお酒って感じじゃないね。すごく飲みやすくてびっくりした」
「気に入ってくれてよかったよー」
堺くんもにこにこして、これはやはり酔っ払いだ。
「小鳥遊さんさー」
「ん?」
「小清水のこと、よろしくね!アイツ、ああ見えてすっごい奥手なんだよー。見た目、モテそうだから勘違いされてること多いけどさ」
堺くんはこそこそっと、話した。
「えー、あの、わたしなんかじゃ釣り合わないんじゃないかなー」
「小鳥遊さーん、そんなこと言っちゃダメだよー。啓太郎のやつ、まじ凹むから。ねー、頼むよー。小鳥遊さんのこと、好きだから同じサークル入ったり、同じ講義取ったり、見ててストーカーかよってくらいだよ。あ、今のなし、引かないであげてね」
……知らないところでそんなことが……。確かにストーカーっぽいとも言えるけど、気がつかなかったわたしも鈍い気が…。でも小清水くん、今まで話しかけてくれたり、個人的になかった気がするけどなぁ。
「それに、小鳥遊さんは男子の好感度高いですよ。ナイショね。あんまりそんな話すると啓太郎に殺され…んぐ?」
見上げると堺くんの真後ろに小清水くんが立っていて、首を腕で締めるところだった。
「堺っ! お前、何喋ったんだよ? 余計なこと言わなかったよなー? わかってるよなー?」
「な、何も喋って……ぐぐ?」
「お前、なに小鳥遊さんに酒飲ませてるんだよー! 小鳥遊さんも勧められるままに飲んじゃダメでしょ?お酒弱くないの?」
「お酒……ほとんど飲んだことないからわかんない」
「あー、目が座ってきてるし…。堺! お前は後回しだ」
小清水くんはわたしの手から、わたしが『小鳥遊』と書いた確かにわたしのものだったコップから、甘い香りのフルーツのお酒をグイッと飲んでしまった。
「小清水くん…それ、わたしの…」
「おいしかったの?」
「うん」
「じゃあ少し休んでからね」
腰を下ろしていたブルーシートから手を引っ張られて、立ち上がる。そのまま幹事の子のとこでオレンジジュースを新しいコップにもらって、少し歩いたベンチにふたりで座った。歩いている間に、頬が火照って、気分もふわふわしてきた。
「もう! 知らないうちにこんなに飲んじゃって。深見さんと香川さんはどうしちゃったの?ふたりがいるから大丈夫だと思ってたのに」
「ちーちゃんがダウンしてるから、美夜ちゃんが見てるの」
小清水くんはぷんぷんしている。でもこういうのに出て初めてお酒に誘われて、飲んでみたらおいしくて、ちょっとうれしかったんだけどなぁ。
「ふふふふ…」
「なに? オレ、怒ってるよ?」
小清水くんのふわっとやわらかい短い髪にも春のお届けもの。
「ほら、花びら」
「…もう…仕方ないな、酔っ払いは」
彼は自分が着ていたパーカーをわたしにかけてくれて、オレンジジュースを持たせてくれる。
「寒くないの?」
「大丈夫だよ。小鳥遊さんのほうが薄着じゃない?」
わたしはカットソーにカーディガンで、確かに少し肌寒かった。でも彼は、長袖のTシャツだし…。
「やっぱり寒いでしょ?」
「こういうときにこうしてみたいと思うのは、それは男のロマンみたいなものなんだからさ、大人しく着てなさい」
「はい……」
なんだか所在無くてオレンジジュースを傾けてゴクゴク飲む。アルコールの入った体が少し清浄になるような気がする。
「あのさぁ……」
「はい……反省してます」
「そうじゃなくて」
彼は後ろ頭に手をやって、何か言葉を探しているみたいだった。わたしはしゅんと下を向いて、お叱りを待っていた。
「女の子が酔うとね……かわいかったりするんだよ」
「はい?」
「だーかーらー、かわいく見えるの! 襲われちゃったらどうするの?」
「深く反省してます……」
「甘いお酒は飲みやすいから、自分が大丈夫だと思ってる量より飲んじゃって危ないんだよ、オレの身にもなって」
「はい……ごめんね」
「ごめん」
すっと抵抗する間もなく、声を出す間もなく、肩に手を回されてしまう。貸してもらったパーカーより温かくて心地よくて、体が固まってしまってどうにもできない。
「あの……えと……手は、出さない? とか?」
「はい、きみもオレも酔ってるんで。だから酔っ払いは危ないの……」
確かに思いもよらないことが起きてしまうなら、これからもお酒は控えた方が良さそうだ、と思った。特に、小清水くんのいないときには。
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