第4話 ソメイヨシノ

「なーに、なんだかいい感じじゃん。心配して損したー」

 ちーちゃんが大袈裟にため息をつく。

ふうちゃん、強引なのが嫌だったらはっきり言わないとだめだよ。なぁなぁにすると、もっと相手は強引になるからね」

 美夜ちゃんは半分、お説教モードだ。わたしは、ははは…と弱く笑った。


だって細かい話は恥ずかしいからしたくないし、ふたりが心配してくれるのもわからないではない。わたしはいつもトロいし、ふたりから見たら平気で騙されそうなんじゃないかな? わたしも自分で自分をそう思うときがあるもの。


「まぁ、大丈夫だと思うけど」

「嫌なやつではないよね」

「全然、そんなんじゃないよー。すごくやさしかったし、気をつかってくれたし…一緒にいて嫌じゃなかった……」

 美夜ちゃんが目をぱちくりさせて驚いた顔をした。

「じゃあ、『お試し』続行なのね?」

「うん…たぶんね。まだやめようって話になってないし」

「そりゃそうでしょー。昨日の今日どころか、今日何時間か一緒にいただけでしょー」


 ちーちゃんの言う通り。1年間同じクラスだったけど、本当の意味で彼をよく知ったのは今日が初めて。彼のことを何も知らないのに、つき合えないって言うのは不当だと思う。もっと話してみたいと思うのは、わたしの方だけかもしれないけど。


 暗くなる前に帰ろうと思って、キャンパスの外周に沿う並木道を歩いていた。桜並木の下に、あじさいが植えてある。サークル勧誘の立て看板がコンクリート塀にぐるっと立て掛けられて、変にカラフル。あちこちから、笑い声が聞こえる。


小鳥遊たかなしさーん」

 振り向くと、軽いパーカーを羽織った小清水くんがすごい速さで走ってくる。

「小清水くん、どうしたの?」

「帰っちゃダメだよ。小鳥遊さんの友だちも来てるよ。今日、クラスのお花見やるって聞いてなかった?」


 ちょっと考えてみる…確かに聞いたかも。ちーちゃんと美夜ちゃんはあの後、別の授業だったから合流しないまま帰っちゃうところだった。


「電話くれればよかったのに。LINEとか」

「さっきお昼に交換するの忘れた!」

 小清水くんは肩で息をしている。とにかく短距離走してるみたいに速かったから。

「…クラスのグループLINEもあるし、ちーちゃんたちに聞けばよかったのに。学校広くて、よく見つかったね?よかった、会えなかったら小清水くんが損しちゃったね」


 彼はまだ息が整わないまま、ポケットからすっとスマホを取り出して操作し始めた。

「とりあえず!交換しよう」

 慌ててカバンの中からスマホを探して、画面を開く。

「これで安心したー。今日はもう会えなくて、明日の朝起きたら、小鳥遊さんとまたただの話もできない友だちに戻ってたらどうしようかと」


「そんなにすぐに戻らないよ。お花見、行こう?明日には散っちゃうかもしれないよ。桜吹雪、すごいもの」

 わたしは彼を安心させたくて微笑んだ。彼もそのためか、こちらを見て笑ってくれた。

「飲み会とか、苦手じゃない?」

「そんなことないよ。あんまりお酒は得意じゃないけど」

「いつも早く帰っちゃうから、サークルのときとかも。だから、人が集まるところは苦手なんかなーって思ってた」

「大丈夫。すごく遅くなるのはちょっとだけどね」

「オレ、最低、駅までは責任持って送るから、今日はいつもよりよかったら長くいたら?」


 困ったことに全然嫌だと思わなかった。ちーちゃんたちが先に帰っちゃったら居心地悪くなるかもしれないけど、駅まで送ってくれるなんて、ちっとも嫌だと思わなかった。

「うん、たまにはそうしてみようかな」

 小さな声で答えると、

「ちゃんと送るよ」

 と指切りをした。それはそれで照れ臭かったけど。


 ふたりして並んで薄紅色の並木道を話しながら歩いて、理学部棟まで行くと、ブルーシートを敷いて着々と準備が進んでるところだった。

「え? ここで?」

 理学部棟の正面玄関前に、確かに枝ぶりのいいソメイヨシノがあるけれど……。学内に桜の咲いてるところはいっぱいあるし、お花見に適したところもたくさんあるのに。

「うん、今年はここで。人数もすごく多いってわけじゃないしね」

 そもそもの人数が少ないので20人ほど。

 誰かが七輪を持ってきていて、焼き鳥とかししゃもとか焼いてるし。空にはぼんやり朧月が見えてきて、確かにお花見にいい感じ。


「小清水、よく捕まったね、風ちゃん」

「まあね」

「やっぱりこいつ、肉食に違いないよ、気をつけな」

 ちーちゃんが小清水くんを指差してケタケタ笑った。


「…ちーちゃん、もう飲んでるの?」

「会費制だから飲まないと損しちゃうよ。ほら、風も紙コップに名前を早く書きなさい」

 無理やりコップとマジックを渡される。苦笑して名前を書く。『小鳥遊』。…わたしを彼が覚えてくれたきっかけ。なんだか名前が今まで以上に特別な重さを持っている気がした。


「小鳥遊さん、何飲む?もらってきてあげる」

「ありがとう。…とりあえずオレンジジュース、あったら」

「了解」

 小清水くんがやはり足早に飲み物を取りに行ってくれた。

「あらあら、大切にされてますな」

「ちー、うらやましいからって絡まないでよ」


「リア充は皆、撲滅だー」

 ちーちゃんは早いペースでビールをぐいぐい飲んで、始まって30分くらいですでに出来上がってしまった。

小清水くんがそれに気がついて、コップを持ってきてくれる。

「小鳥遊さん、深見さん、飲みすぎちゃったでしょ?これ、ウーロン茶なんだけど、少し休んでこれ飲んでもらって」

「わかった。ありがとう、小清水くん」


 小清水くんは相変わらずいろんな人に気を配って、飲み物が足らなくならないよう気を配ったり、ちーちゃんだけじゃなくて酔っちゃった人の介抱をしてあげてる。そしてその合間にあちこちで話もしてる。

見ていると本人はゆっくり飲む暇もなく、コップを持って移動しながら飲んでいるという感じ。

 いいなぁ、誰とでも話ができて。そういうとこ、うらやましい。あれだけ気の利く人だもの、皆に好かれて当たり前だよね。


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