それはありふれた魔法

烏丸諒介

第1話

それはありふれた魔法【魔法】


自分で云うのも何だけれど、僕は落ち込みやすい。

それはもう、メンタルがとろける絹豆腐のように脆い。

被害妄想は日常茶飯事。原因は中学時代に受けたいじめである。

実にありがちなことだが、思春期の青少年にとっては大きな問題だ。

どんなに小さな言動でも揚げ足を取るように揶揄されたり罵詈雑言を吐かれたり。時には暴力を受ければ嫌でも人目が気になってしまって神経も擦り減るというもの。

人の目を必要以上に気にしながら送る毎日は結構しんどい。

気にしなけりゃ良いじゃないかとはご尤も。しかしそれが出来ないからこそ毎日毎日懲りずに一人無意味にヘコんでは胃を痛めて胸の内にもやもやとしたわだかまりを溜め込むのだ。

おかげで僕の胸の内は濃いめに淹れたブラックコーヒーさながら真っ黒な上に顔を顰めたくなるくらい苦い。

そんな僕だけれど、友達がまったく居ない訳じゃあない。

進学した高校に僕をいじめていた奴らは居なかったし、何よりもっと身近に強い味方が居た。

いじめられている時も唯一僕を見放さなかったのは幼稚園からの幼馴染み……であり、僕の初恋の相手でもある。

(念の為注釈を加えておくが、僕はその恋心を本人に明かしたことがないし、彼女に彼氏が出来たという話も聞かないから、初恋は未だ敗れてはいない)

高校は別になってしまったが電車の路線を東西にほぼ同じ距離離れた学校に通っている為、朝も夕も特別なことがなければ割と最寄り駅付近で会う。

びくびくおどおどしながら日常を送っている僕と違って彼女は竹を割ったような性格だ。男勝り、と云っても良いかも知れない。

いじめから解放された高校生活の中、僕の胸の内が黒く苦くなる一番の原因は実はズバズバと本音を吐き出す彼女の言動だったりする。

バカじゃないの。

ダッサい。

うっとうしい。

会えば浴びせられる飾り気のない言葉が僕を負のスパイラルに貶めているだなんて、きっと彼女は知らないだろう。

だけどそれも仕方がないと思ってしまうのは、ほとんどが図星なのと、惚れた弱味……だろうか。

彼女の悪気ない暴言に胸の内はどんどん苦味を増していくけど、現実はそればかりではない。

他の誰かにも効果があるのか判らないけれど、彼女の言葉は時々真っ黒な苦いコーヒーを甘いカフェオレに変えてくれる。

そう。彼女はただ言葉を飾らないだけで、根はとても優しい人なのだ。

だから、たまに心配されたりすると嬉しくなってしまう。ただそれに浮かれているとまた落とされるのだけれど……。

彼女の言葉は魔法みたい。

真っ黒なコーヒーにミルクを注いで少し多めの砂糖を入れてもらえた日には内心お祭り騒ぎになる僕は、この先もずっと彼女の魔法に振り回されていくのだろう。

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