第36話 疑惑の“主役”はリニア新幹線の談合と同じ
「じゃあ、土壌汚染対策工事から。サインボールの代わりに青果棟。落札したのは鹿島建設JV。落札金額は114億円、落札率は93.9パーセント。落札率というのは、都が設定した予定価格との差だ。JVというのは共同事業体。大きなゼネコンを中心に中小の建設業者が集まったチームみたいなもんだ」
渋川ゼミのテーマは、豊洲市場建設をめぐる不可解な入札と落札に移った。とっつきにくい話をスター選手のアイテムのオークションを例に渋川恭一が解説する。
「何だか俄然、頭に入りやすくなってきた感じ」
難しそうな言葉が並ぶ話に尻込みしていた長崎愛香も多少、乗り気になってきた。錦織圭のサイン入りラケットの効果だった。
「ユニフォームの変わりに水産仲卸売場棟。落札業者は清水建設JVで、落札額318億円。落札率は97.0パーセント。ラケットは水産卸売場棟で、落札したのは大成建設JV。落札額は85億円で、落札率は94.7パーセント」
「共通しているのは、どれも落札率が予定価格の90パーセント以上ということですね」
大宮幹太の飲み込みは早い。
「そういうこと」
「で、ちなみにオークションにはイチロー愛用のバット、メッシのサイン入りサッカーボール、錦織のリストバンドも合わせて出品されていた」
「マニアにとっては、どれもセットで欲しい垂涎モノってわけね」
と市川深雪。恭一のやりたいことを理解した。
「で、本体建設工事分。バットの代わりに青果棟。落札したのは、また鹿島建設JV。落札金額は259億円、落札率は99.96パーセント。サッカーボールの代わりの水産仲卸売場棟。こちらも落札業者は清水建設JVで、落札額436億円。落札率は99.88パーセント。リストバンドの代わりは、もちろん水産卸売場棟で、落札したのはまたまた大成建設JV。落札額は339億円で、落札率は99.79パーセント」
「めっちゃ分りやすい」
本当に分かっているのか、小笠原広海の心配をよそに愛香は上機嫌だ。
「賢明な諸君なら、何か気がついたことがあるだろう」
再び恭一のクエスチョンタイム。答えたのは広海だ。
「本体建設工事の方は、落札率が今度はどれも99パーセント台ってことですよね」
「ほぼほぼ100パーセント。都の予定価格に限りなく近い」
ボードをにらみながら恭一の言葉を聞いていた広海が呟く。
「半分正解。それにもうひとつ。土壌汚染対策工事と、それぞれの棟の本体建設工事の落札者がどれも同じ企業体になっている」
「そりゃ、イチローのサインボールはバットとセットで欲しいし、メッシの愛用品ならユニフォームだけじゃなくて、ボールがあれば尚うれしい。圭のラケットだってリストバンドは是非モノだよ」
と幹太。頭の中は、すっかりオークション気分だ。
「それは入札する側の希望でしょ。多くの入札があるんだから、偶然そんな結果にならないでしょ、普通」
広海がごくごく普通の疑問を投げ掛けた。
「どっちも正解だ」
「どっちも?」
「土壌整備を担当した業者が建物の権利も欲しいと思うのは自然な発想だよね。幹太の考えは間違ってはいない。だが、複数の業者の参加が予想される一般競争入札では当然、落札できる確率は限られる。だから広海の指摘も正しい」
「じゃあ、偶然? たまたま?」
「いや。一般競争入札で土壌工事と建設工事の請負業者の一致は、偶然ではなく、必然だった」
「必然? どうして?」
恭一と広海のやり取りが続く。
「答えは、それぞれの建物工事の入札に参加したのが、土壌汚染対策工事の請け負いが決まったJVひとつずつしかなかったから。土壌対策工事も水産卸売場棟もひとつのJVの単独入札。青果棟と水産仲卸売場棟は二つのJVが参加していた。どちらか片方は本来、受注できないんだけど、同じ会社ばかりが2つのJVに参加していたから、結果的に入札に参加した全ての業者15社とも受注することが出来たんだ」
「誰も負けなかった、ということですね」
と幹太。
「何それ? クイズ?」
「一度聞いただけでは、確かに分りづらいね」
恭一はホワイトボードを裏返すと、再び図解を始めた。丸でくくった二つのJVに、それぞれ7社の業者が入っている。
「落札できたJVをA、できなかったJVをBとして、BのJVに参加していた業者が青果棟と水産仲卸売り場棟の落札JVの中に名前を連ねていれば、水産卸売場棟の落札に失敗しても、全体の入札では“勝ち組”ってわけよね」
深雪が恭一に代わって図を解説した。
「そういうことです」
「じゃあ、成功率は?」
「100パーセント。今風に言えば、みんながウィンウィンということになる。何しろ事実上、競争相手がいないんだから。JVを構成する業者の組み合わせが違うだけで、実際のところ競争相手となるライバルがいない。一般競争入札なのに、競争にならなかった。だから談合の疑いも囁かれている」
「ダンゴウ?」
「囁かれている?」
広海たちには到底、納得できる話ではない。
「ざっくり言うと、それぞれのJVが示し合わせて入札をしたんじゃないか、ということ。青果棟、水産卸売場棟、水産仲卸売場棟それぞれについて仲良く分け合った可能性も否定できない。囁かれているというのは、事実かどうかはまだ明らかになっていないからね。報道を見ても、関係者は否定しているみたいだからね。まあ、疑惑の段階から談合を認める業者はいないと思うけど」
恭一が相当疑っているのが広海たちにも分る。
「だって青果、水産卸、水産仲卸のそれぞれの土壌工事の落札者と建物建設工事の落札者が全く同じって、どう考えたって不自然でしょ、普通」
「そりゃ、誰だってイチローのサインボールとバットはセットで欲しいけど、希望者が多ければまず無理だよね」
精一杯の皮肉を込めて幹太が言った。
「一旦、頭を整理してみようか。オレの用意した有名人のお宝グッズのオークションとの違いは落札者の決定方法。オークションの場合は君たちも知っている通り、一番高い金額をつけた人に落札権がある。一方、入札の場合は基本的に一番安い金額を提示した業者が落札できる仕組みだ。だから一般競争入札では、落札率が予定価格の99パーセントなんてことはまずあり得ない。入札する気がないと思われても仕方ないだろう。しかし、初めから自分の他に入札者がいないと分かっていれば話は別だ。競争相手がいないわけだから、予定価格を超えない限り幾らだって落札できる。でも、オレに言わせれば図に乗り過ぎ。欲の皮を張り過ぎたんじゃないかってね。からくりさえ分かれば、高校生、いや中学生にだって理解できる。しかも1件だけならともかく、青果棟、水産卸売棟、水産仲卸棟の3つ全てが、判で押したように99パーセントを超える入札結果。しかも地盤と上物の請け負いがきれいにセットになっている形を見れば、ただの偶然と考える方が無理がある」
恭一が丁寧に解説を続けた。
2018年、品川から甲府経由で名古屋、大阪を結ぶJR東海のリニア新幹線の工事を巡って、大手ゼネコン4社の談合が明らかになった。鹿島建設、大成建設、清水建設、大林組の各社で、工区や工事を分け合った疑いが持たれ、清水と大林の2社は検察の調べにも談合を認めている。これを豊洲市場の建設工事と重ね合わせると興味深い。日頃から付き合いのある大手ゼネコン同士が、同じ巨大事業で片方で談合したのに、もう片方は法令を遵守して公正な競争をした。一般論として、果たしてこんな主張は通るだろうか。
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