斬られ役、魔王に挑む(後編)


 154-①


 全力の一撃を撃って来い!!


 武光の無謀な挑発を魔王は嘲笑あざわらった。


「フフフ……良かろう、そこまで言うなら全力の一撃を見せてやろう!! 言っておくが、我が一撃は千の敵を薙ぎ払い、滅する事が──」

「ゴチャゴチャ抜かすな!! はよやらんかいアホが!!」

「……後悔するなよ」


 刀身に光を帯び始めた魔王の剣を見てイットー・リョーダンは武光に小声で話しかけた。


〔お、おい武光……〕

「大丈夫や、待て……!!」

〔待てって、一体何を……!?〕


 イットーの問いに、武光は小声で答えた。

 

「……清心樹の結界」

〔そ、そうか!!〕


 イットーは武光の狙いを理解した。この森に迷い込んでからというもの、ナジミが散々に苦しめられまくった、この森全体を覆う聖なる結界……この結界内で邪悪なる力を使った者は、激しい苦痛に襲われる。

 そして、行使された邪悪なる力が強ければ強いほど、その苦痛は激しさを増し、力を行使した者に襲いかかるという。


 その苦痛たるや、ナジミいわく『ヤバ過ぎてヤバいという感想しか出てこない』との事らしい。


 邪悪な連中の頂点トップである魔王がフルパワーで邪悪なる力を行使するのだ。魔王を襲う苦痛は、想像を絶するヤバさのはずだ。


 しかし、武光の思惑おもわくとは裏腹に、魔王は一向に苦しむ様子を見せない。顔は漆黒の鉄仮面に覆われているので、表情をうかがい知る事は出来ないが、苦しんでいる雰囲気は微塵みじんも感じられない。

 魔王の剣の刀身が放つ光は、どんどんその輝きを増し、バチバチと青白い稲妻をまとっている。


「あ、あの……魔王……さん?」

「何だ……?」

「どっか痛い所とか、苦しい所とか無いすかねー!?」

「言っておくが、清心樹の結界は……我には効かぬぞ?」

「ば……バレとるぅぅぅーーーーー!? って言うか……『効けへん』って何やねん!! 諦めんなや、お前ならやれるって!! 効けや!!」

「よし……では望み通り、我が全力の一撃を喰らわせてやろう……」

「わーっ!? ちょっ、おまっ、全力出すとか何を大人気おとなげ無い真似しとんねんコラァァァァァ!?」

「滅びよ……!!」


 武光の抗議を無視して、魔王は腰を深く落とし、剣を八双に構えた……明らかに全力の一撃を放とうとしている。


〔た、武光……こ、こうなったらアレしかないぞ!!〕

「何やねんアレって!?」

〔君の中に眠る神々の力を呼び覚ますんだ……魔王の力に対抗するには、それしかない!! 呼び覚ませ、今すぐに!!〕

「今すぐにっ!?」

〔今すぐにっ!!〕

「よ、よっしゃ……目覚めろ、その魂っっっ……はぁぁぁぁぁっっっ…………」


“ぷぅ〜”


「アカン、屁こいてもうた!! って言うか、全然覚醒せぇへん!?」

〔何やってるんだよこのバカ!! ちゃんとやれ!!〕

「アホかーっ、こちとら全力でやっとるわー!!」


「オオオオオオオオオオッ!!」


 空気を震わすような雄叫びを上げて、魔王が駆け出した。


「ヒィッ!? あ……あわわ……」

〔に、逃げろ武光!!〕


 言われるまでもなく、武光は逃げようとした。しかし、迫り来る魔王の強大な威圧感と殺意を前に、武光は恐怖のあまり、身がすくんでイットー・リョーダンを手から取り落とし、一歩も動く事が出来なかった。


「う……うわぁぁぁっ!?」

「武光様っっっ!!」

「ナジミっ!?」


 武光を守りたい……その一心でナジミは駆け出した。両手を広げて魔王の前に立ちはだかる。自分がなんかが盾になったところで、魔王の攻撃を防ぐことなんて出来ないかもしれない……それでもやらずにはいられなかった。


「アカン……逃げろ……逃げろーーーっっっ!!」

「武光様は……私が守りますっっっ!!」


 迫り来る刃を前に、死を覚悟したナジミはキツく目を閉じた。


 しかし、いつまで経っても斬られた感触が襲って来ない。もしかして、痛みを感じるひまもなく死んでしまったのだろうか……?

 ナジミは恐る恐る目を開けた。


「ひっ!?」


 ナジミは腰を抜かして、ぺたんと尻餅をついてしまった。自分の鼻先数cmで魔王の剣が止まっている……魔王が攻撃をめたのだ。

 突如として攻撃をやめた魔王に対し、ヨミが声を上げた。


「な……何故です!? 何故その裏切り者をお斬りになられないのです!?」


 ナジミに対する攻撃を止めた魔王を見て、武光はハッとしたように声を上げた。


「ま、まさか魔王は…………ドジっ子萌えの貧乳フェチ!!」


「……魔王さん……ちょこっとだけなら武光様……斬っても良いですよ? 後で治すので」

「ちょっ、アカンアカンアカン!! 何言うとんねん!?」

「……ふん」


 魔王はナジミを斬るどころか剣を引いた。それを見たヨミが叫ぶ。


「どうしたんですか魔王様!? 早くその巫女も人間も斬り捨てて私を助け──」

「黙れ……!!」


 魔王のドスが効いた声に、ヨミは肩をビクリと震わせた。魔王は、怯えるヨミを一瞥いちべつすると、再びナジミに視線を向けた。


「お前は我が望みを成就させるのに必要だ……共に来てもらおうか……我が花嫁よ」


「…………え?」


 ……ヨミは魔王の言葉が理解出来なかった。魔王様が迎えに来たという『花嫁』とは、私の事ではなく、あの裏切り者の巫女だと言うのか。


「お、お待ち下さい魔王様……」

「ヨミよ……貴様には武刃団を連れて来るよう命じたはずだ。一体いつまで遊んでいる。この役立たずめ……!!」

「そ……そんな……その裏切り者が魔王様の花嫁なんて……う、嘘ですよね!? 冗談だって言って下さい!!」


 ヨミはわらにもすがる思いで魔王の心を読もうとした。きっと何かの間違いだ、何かお考えがあっての事だと……だが、やはり魔王の心を読む事は出来なかった。ヨミが見たのは、前に見たのと同じ、何の思考も感情も存在しない虚無きょむの闇だった。


「まぁ良い……花嫁は既に我が手中に落ちた。貴様のような役立たずなど、もはや不要……」

「そ、そんな……うぅぅ……ぅわああああああああ!!」


 ヨミは大号泣したが、魔王はそれを気にも留めずに続ける。


「……野垂れ死にでも何でもするが良──」

「うらぁッッッ!!」


 “バキィッ!!”


「ぬうっ!?」


 武光の渾身の右ストレートが魔王の顔面に炸裂し、魔王は後退あとずさった。


 何だ、今の速さと重さは……!? 戸惑う魔王の視線の先では、武光がナジミに駆け寄っていた。


「大丈夫かナジミ!? 怪我してへんか!?」

「は……はい」

「良かった……お前はヨミを連れて下がっとけ!!」

「は……ハイ!!」

「さてと……おい、魔王コラァ!!」


 武光は、ナジミとヨミを下がらせ、魔王の方に向き直ると……今まで悪役として何十回と言ってきた台詞セリフを吐いた。


「……人質を助けたかったらこの俺を倒せ……!!」


「何だと……?」


 武光は、背後で泣き崩れているヨミを親指で指差した。


「人質を助けたかったら……この俺を倒せッッッ!!」

「フン、そんな役立たずなど、どうなろうと知った事では無い。だが、貴様は殺──」


“ドカッッッ!!”


「ぐうっ!?」


 武光のヤクザキックが魔王のボディに炸裂した。魔王が更に二、三歩、後退あとずさる。


「ちゃうやろがドアホ……!! コイツはなぁ……ヨミはなぁ……お前の為にたった一人で殴り込んで来て……何倍もの数の敵を相手にたった一人で戦って……捕まってからも、『お前が助けに来てくれる』って信じて、俺の地獄の拷問に必死に耐えとったんやぞ……『生命に代えても取り戻す!!』くらいの台詞セリフは言うたらんかい!! この……アホンダラがぁぁぁっっっ!!」


 武光は取り落としていたイットー・リョーダンを拾い上げると、鬼の形相で魔王を “ギロリ” と睨みつけた。


「もう一ぺんだけ言うたる……人質を助けたかったら……この俺を倒せーーーッッッ!!」

「フン……下らぬ!!」

「お前ほどやないけどな!!」

「貴様……!! 何故だ……何故貴様がヨミの肩を持つ? 奴は魔族で……貴様の敵だぞ?」

「敵もへったくれもあるかーーー!! お前の言動が……シンプルにムカつくねん!! お前はガチでシバき倒して泣かした後……全裸で焼き土下座させるっっっ!!」

「ククク……口だけは勇ましいが……足が震えているぞ?」

「あ……アホ抜かせ!! こ、これは……主に下半身を中心とした武者震いじゃーーー!!」

「まぁ良い……貴様を殺し、花嫁はもらい受ける!!」

「や、やれるもんならやってみろや!! この……ゲロカス魔王ーーーっ!!」


 絶望的な程の力の差がある魔王を前に、武光がもはや残りっかすみたいな勇気を何とか振り絞って、再びイットー・リョーダンを構えたその時だった。



「魔王様……こんな所におられたのですか!!」



 カンケイが あらわれた!


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