斬られ役、魔王に挑む(前編)


 152-①


 武光は こんらんした!


 魔王が……魔物共の総大将がたった一人で、何の前触れもなくいきなり殴り込みをかけて来るという、あまりにも意味不明過ぎる事態なのだ、混乱するなという方が無理というものである。


「あ、あれが……魔王!?」

「ナ……ナジミ、おおおお落ちっ、落ちちちちつけけけ!!」

「武光様が落ち着いてくださいっ!!」

「お、おおう……」


 武光は自分達から5~6m離れた位置に立っている、漆黒の魔王に恐る恐る問いかけた。


「お……お前が魔王シンかっ……?」

「いかにも、我が名はシン……数多の魔族の頂点に立つ……最強最悪の魔王ぞ!!」

「う……嘘つけ!! ま、魔王軍の総大将がたった一人の護衛も付けずに……」

「笑止……他者に護られねばならぬのは弱者の証……真の強者に護衛など不要!!」


 言っている事は無茶苦茶だが、その無茶苦茶さ加減をねじ伏せ、理屈理論をぶっ飛ばして、本能的に『こいつは魔王だ』と確信せざるを得ない圧倒的な威圧感を目の前の敵は放っていた。


「くそったれ……何しに来たんや!?」

「何、大した用事ではない……我が花嫁を迎えに来た。ついでに貴様らも殺す……」


 まるで、取って付けたように、さらりと放たれた『ついでにお前らを殺す』宣言に、武光は戦慄せんりつした。幾多の戦いをくぐり抜けてきた事でつちかわれた『危険を察知する勘のようなもの』が警告を発し続けている。


 あかん……コイツからは逃げられへん!!


 理由はない、だが間違いない。

 ゆっくりと近付いてくる魔王を前に、武光は思わず叫んだ。


「な……ナジミ!! ひ、人質やっっっ!!」

「えっ!? は……ハイッ!!」


 ナジミは咄嗟にヨミを背後から抱き抱えた……が、丸腰である。ナイフの一本でもあれば良かったのだが。


「ええっと……どどど、どうしよう!! な、何か武器を……!!」


 慌てたナジミは、すっかり冷めてしまっていた鍋の中から、咄嗟にちくわ(に酷似した異界の練り物)を掴み取り、ヨミの首筋に突き付けた。


「ばっ……おまっ……ちくわて!!」

「だ、だって凶器なんて持ってないんですもん!!」


 最悪だ……だがとにかくやるしかない。


「と、止まれ!! それ以上近付いたら、お前の花嫁はちくわの餌食えじきやぞコラァ!!」


 ……もはや、自分でも何を言っているのか分からない。何やねん、ちくわの餌食って!?


 魔王の歩みは止まらない。


「うん……そらそうなるわ!!」


 やはりと言うか、当然と言うか、ちくわで魔王は止められない!!


「やるしかあらへん……!! ナジミ、お前は人質を連れて退がれ!!」

「は……ハイ!!」


 武光はナジミが退避したのを確認すると、イットー・リョーダンを鞘から抜いた。


「面白い、我に挑もうというのか……」


 対する魔王シンも腰にげた鞘から剣を抜いた。吼える獅子の頭部を模した護拳を備え、柄頭に紅い宝玉がはめ込まれた両刃の直剣である。


「俺は……お前をシバき倒して元の世界に帰る!! 行くぞ、イットー!!」

〔応ッ!!〕


 イットー・リョーダンを八双に構え、武光は突撃した。

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