妖姫、倒れる


 149-①


「行くぞぉぉぉぉぉっ!!」

「来なさい……惨殺ざんさつしてやるわ!!」


 魔穿鉄剣を再びさやに納め、イットー・リョーダンを八双に構えて突進してくる武光を、ヨミが四本の尻尾で迎撃する。

 四本の尻尾の内の一本が、鋭い槍の如く武光の心臓目掛けて真っ直ぐに伸びてきた。


「くっ……でやぁぁぁっ!!」


 武光は再び超動体視力を発動し、身体を半身によじって尻尾をやり過ごすのと同時に、袈裟懸けにイットー・リョーダンを振るって、尻尾を斬り落とした。


「グッ……このぉぉぉっ!!」

「だぁっっっ!! せいっっっ!!」


 返す刀で、迫っていた二本目の尻尾を逆袈裟に斬り飛ばし、三本目の尻尾を真っ向から斬り落とす。


「に……人間風情がぁぁぁっ!!」

「な……なんのぉぉぉっっっ!!」

「なっ!?」


 武光は顔面目掛けて伸びてきた最後の尻尾の先端を躱して、左手で側面を掴むと、捕まえた尻尾を脇に抱え込みつつ回転し、裏拳を放つ要領でヨミの首を狙って水平にイットー・リョーダンを振るった。

 だが、武光の一撃は、思考を読んでいたヨミに上体を反らして回避され、続けて真っ向から振り下ろしたイットー・リョーダンも真剣白刃取りで防がれてしまった。


「ふふふ……捕まえたわ!! はさみ潰して……ギャッ!?」


 ヨミは巨大な悪魔の翼で左右から武光を挟み潰そうとしたが、左右の翼に突如として走った激痛に翼を閉じる事が出来なかった。

 右の翼はミトの宝剣カヤ・ビラキに刺し貫かれ、左の翼はリョエンの機槍テンガイの石突に仕込まれた送雷そうらい鋼縄こうじょうからめ取られていた。


「武光に気を取られ過ぎよ!!」

「武光君は……殺らせない!!」

「お……お前らぁぁぁっ!?」

「カヤ、アレをやるわよ!!」

〔ゲッ!? あ……アレをやるんですか……こ、心の準備が……〕

「秘剣……業火剣乱ッッッ!!」

〔ちょっ、姫さ……熱っあああああ!?〕


“ザンッッッ!!”


「うあああああっ!?」


 焔を纏った宝剣が右の翼を斬り落とす。


「武光君、離れろ!!」

「お、応ッ!! ……ぐうっ!?」

「に……逃すかぁぁぁっ!!」


 武光が脇に抱え込んでいた最後の尻尾が、胴に巻きつき武光を締め上げる。


「こんの……野郎ッッッ!!」

「ぎゃっ!?」


 武光は左逆手で魔穿鉄剣を抜き放ち、胴に巻きつく最後の尻尾を斬り落とすと、ヨミが痛みで思わずイットー・リョーダンを離した隙を突いて、後方に跳び退いた。


「行くぞテンガイ!!」

〔ハイヨロコンデー!!〕

「雷術……走電閃そうでんせん!!」


「ぐあああああっ!?」


 電撃が鋼縄を伝ってヨミの全身を駆け抜ける。ヨミはリョエンの雷術から逃れようとしたが、翼に絡まった送雷鋼縄を解く事が出来ない。


「観念しろ、私の走電閃からは逃げられない!!」

〔オトナシクシロィ!!〕

「ふふ……それは……どうかな? ぐっ……うううっ……うあああああっ!!」

「なっ!?」


“メキメキメキ…………ブチィッ!!”


 リョエンの走電閃から逃れる為に、ヨミは右手を左の翼にかけると、襲い来る激痛に凄まじい叫びを上げながらも、オーガの剛力に任せて翼を引きちぎった。


「う、嘘やろ……!!」


 あまりにも凄惨せいさんな光景に武光は戦慄せんりつした。


「はぁっ……はぁっ……これで自由になった……唐観武光っっっ!! お前だけは……絶っっっ対に……ぶち殺すっっっ!!」


 もはや『生け捕りにする』という当初の目的も忘れ、ヨミは死力を振り絞って武光に突進した。背中からは凄まじい量の血が噴出し、それはあたかも、真っ赤な翼のようだった。


「死ねぇぇぇぇぇっ!!」

「わっ、来んなっっっ!!」


 鮮血の翼を広げながら迫るヨミに対し、武光は魔穿鉄剣を鞘に納め、渾身の力でイットー・リョーダンを上段から真っ向に振り下ろしたが、武光の思考を読んでいたヨミは、それを再び真剣白刃取りで防御した。


「フン!! アンタの動きなんか全部読み切ってやるわ……!!」


 ヨミは武光の次の動きを読むべく意識を集中した。


(おぇぇ……また反動が……ううっ……あ、あかん……めっちゃ気分悪い…………は、吐きそう……)


「ハァァァァッ!? ちょっ……絶対に吐かないでよ!! 吐いたら殺すわよ!!」


 ヨミは焦った。迂闊うかつに手を離したら斬られる、しかし手を離さなければゲ◯まみれである。


(くっ……あかん……も、もう限界や……うぷっ……は、吐いてまう!!)


「ちょっ!? ヤダヤダヤダ!! まだいけるって!! 頑張れ、超頑張れ!!」


 魔王の妻が人間にゲ◯まみれにされたなどと、絶対にあってはならない事態だ。ここは、一旦跳び下がって間合いを取る!!


 そう決めたヨミは離脱のタイミングを見計らった。


「ようし……1……2の……さ──」

オーガ死すべし……ヒャッハァァァァァ!!〕


“ゴスッ!!”


「おぶっ!?」


 武光の腰のさやに納まっていた魔穿鉄剣が突如として鞘から飛び出した。


「ぐ……ぅ……ふぎゅう」


 柄頭つかがしらでの痛打を顎先あごさきに受けて、脳震盪のうしんとうを起こしたヨミは、意識を失い昏倒こんとうした。

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