妖姫達、バトルロイヤる(前編)


 142-①


 魔王が去った後、ざわつく妖姫達をよそに出入り口の扉に手をかけたヨミだったが、その手首をケイセイが掴んだ。


「待て……!! そなた、何処へ行くつもりじゃ?」

「決まってるじゃない、武刃団とやらを捕らえに行くのよ……愛しの魔王様の為にね?」

「フン、そなたには荷が重い……私が行く」


 睨み合う二人のもとに、今度は小悪魔的な雰囲気をもつ悪魔族の姫、シギャクがやってきた。


「勝手な真似を……抜け駆けは許さない!!」


 シギャクの発言に他の妖姫達もそうだそうだと声を上げる。


「はぁ!? 別にアンタら如きに許してもらう必要なんてこれっぽっちもないんですけど?」


 ヨミの苛立ちはピークに達していた。一刻も早く魔王様の望みを叶えてお喜び頂きたいのに……このブス共ときたら。


「分かったわ……じゃあ、『話し合い』で決めようじゃない?」


 ヨミの提案を受けて、ケイセイとシギャクは残忍な笑みを浮かべた。


「よかろう、このケイセイに喧嘩を売った事……後悔させてやろう!!」

「皆聞いたわね? 死にたくない奴は部屋のすみで震えてなさい!!」


 シギャクが周囲に呼びかけたが、妖姫達の中で『そ……それじゃあお言葉に甘えて!!』と言って部屋の隅にそそくさと退避したのは、死霊魔術師の姫、ミリョウ只一人だった。

 彼女達には『皆で協力して武刃団を捕まえに行く』などという発想は微塵も存在しない。揃いも揃って、他の妖姫の上に立ち魔王の寵愛ちょうあいを一身に受けたいという事しか頭にないのだ。

 ヨミは、居並ぶ妖姫達を見回すと、わざとらしく大きな溜息ためいきいた。


「こんなにも身の程知らずの命知らずが多いなんて……無駄に時間がかかるだけだから弱体種族は参加を遠慮しなさいよね、ねぇ? そこの犬二匹とかさー」

「な……なにィ!?」

「弱体種族ですって……その言葉取り消しなさいよ!!」


 ヨミの挑発に《魔犬族まけんぞく》の双子姫、カーマとセーヌの二人はいきり立った。


「やれやれ、騒がしい犬共だ……下らぬ挑発に乗るな」

「止めるな妖狐族!!」

「これは、私達の種族としての名誉の問題よ!!」

「アンタ達に名誉なんてものがあったの?」

「「ゆ……ゆるさない!!」」


 カカカと悪魔的な笑いを上げるヨミに、カーマとセーヌの二人は左右から飛びかかった。


“ぐさっ” “どすっ”


「「キャイン!?」」


 カーマ、セーヌの胸には長い針が深々と突き立っていた。


 ヨミが両の手の甲から生やして射出した蜂の毒針である。しかも、蜂と言っても只の蜂ではない、蠱毒こどくの穴に生息していた蜂型魔蟲の毒針だ。

 猛毒によって呼吸困難に陥ったカーマ、セーヌの二人はその鋭い爪が細首に食い込み、出血で首回りが真っ赤になるほど激しく喉を掻きむしった後、口から泡を吹いて息絶えた。


 ヨミは、足元に転がっている数秒前まで妖姫だった肉塊を足で払いのけると、ニヤリと笑った。


「フフフ……さぁ、『話し合い』を始めましょう!!」


 魔族特有の、『殺意と暴力による話し合い』が開始された。


 142-②


 カーマとセーヌの死を皮切りに、部屋のあちらこちらで『話し合い』が始まった。

 氷魔族の姫が、オーク族の姫を氷漬けにして凍殺とうさつし、植人族の姫がゴブリン族の姫を鋭いとげが生えたつるで締め殺し、悪魔族の姫が妖蛇族の姫を真っ二つに引き裂く。

 いつしか、だだっ広い部屋に二十人以上いた妖姫達は数名にまで減っていた。



「ホホホ……貴様も氷漬けにしてくれる!!」

「!?」


 雪のように白い肌と凍てつくような妖艶さを持つ氷魔族の姫、フブキが得意の凍結魔術で機人族の姫、エスェフを氷塊ひょうかいに閉じ込め氷漬けにした。


「どうだ……寒かろう? 冷たかろう? 身動き出来ぬままジワジワと体力を奪われて凍死するが良い!!」

「残念ですが……私の機械の身体に、暑い寒いと言った感覚は存在しません。《胸部高熱放射装置》……起動」

「な……何だと!?」


 エスェフを閉じ込めている氷塊が物凄い勢いで溶け始めた。エスェフの胸部が赤熱化して超高熱を発し、自身を覆う氷を溶かしているのだ。胸部高熱放射装置……早い話が、ブ◯ストファイヤーである。

 エスェフを閉じ込めていた氷塊は完全に蒸発した。


「お、おのれ……ぎゃっ!?」


 フブキは右手に氷の剣を形成し、エスェフに斬りかかろうとしたが、右手を振り上げた瞬間に、エスェフの両目から放たれた破壊光線に右肩を貫かれて思わず膝を着いてしまった。


「ぐぐ……くそっ!! ハッ!?」


 フブキの視線の先では、後方に跳び退いてフブキと距離を取ったエスェフが、右腕を真っ直ぐに伸ばし、その鋼の拳をフブキに向けていた。


「……《噴射鉄拳》、起動」

「ひぃっ!?」


 エスェフの右のひじから先が、超高速で発射された。噴射鉄拳……早い話が、ロ◯ットパンチである!!


“ずぼっ”


 放たれた鋼の拳はフブキの胴体を貫通し、大きな風穴を開けると、自動的にエスェフの右腕まで舞い戻って来た。エスェフは戻って来た右手をひじ関節に “ガチャリ” とはめ直し、即死したフブキの亡骸を見下ろしながら、無表情に呟いた。


「目標撃滅、次の目標……妖禽族王女、ヨミ」


 142-③


「隙あり!!」

「うっ!?」


 植人族の姫、ドッカが両腕から伸ばした棘だらけの長いつるをオーガ一族の姫、ヤシャの首に巻き付けていた。


「光栄に思いなさい、貴女も私の養分にしてあげる……さっきのゴブリン族のようにね」


 そう言って、ドッカがあごで示した先には、先程ドッカに蔓を首に巻き付けられて絞め殺された上に、身体中に突き刺さった棘から全身の水分と養分を吸い取られてミイラと化したゴブリン族の姫の亡骸なきがらが転がっていた。


「うふふ……貴女の水分と養分で、私の頭のつぼみもきっと綺麗な華を咲かせるわ……」


 ドッカの頭の上に王冠のように載っている大きな花の蕾が徐々に開いてゆく。ヤシャは手にした懐剣で首に巻き付いた蔓を切断しようとしたが、ドッカの蔓はビクともしなかった。


「無駄よ、そんな鈍刀なまくらがたなじゃ、私の蔓を切る事なんて出来ないわ!!」

「なるほど、これはちょっとやそっとでは切れそうにないわね」

「分かったら大人しく養分に……うぎゃっ!?」


 一体何が起こったのか、ドッカは咄嗟に理解出来なかった。突如として身体が宙に浮き、背中から床に叩き付けられたのだ。


「ぐぅっ……な、一体何が……うがっ!!」


 今度は壁に勢い良く叩き付けられた。

 ドッカは理解した。ヤシャが自分の首に巻き付いた蔓を掴んでオーガ一族の剛力で振り回し、自分を壁や床に叩き付けたのだと。


「うっ!?」


 蔓が引っ張られるのを感じたドッカは咄嗟に踏ん張ろうとしたが、ヤシャの華奢きゃしゃな身体からは想像出来ないような圧倒的な怪力に振り回されて、再び床に叩き付けられた。

 このままではまずい、ドッカはヤシャの首に巻き付けた蔓を慌ててほどいたが、蔓の先端を掴まれてしまった。

 ヤシャが自分の右腕に蔓を巻き付けながら一歩、また一歩と距離を縮めてくる。こうなれば、距離を詰められる前に奴の身体の水分と養分を吸い尽くすしかない!!

 ドッカは蔓にビッシリと生えた棘をヤシャに突き立てようとした……しかし!!


「そ、そんな……何故刺さらないの!?」

「フッ、これぞオーガ一族の誇る闘鬼妖術……妖気鎧ようきがい!! 妖気の鎧を纏った今の私の肉体の硬度は鋼鉄の塊に匹敵する、貴女の棘なんて刺さりはしないわ。さて……覚悟は良い?」

「やめろ……く、来るなあああああ!!」

「……ふんっ!!」


“ぐしゃ”


 ヤシャの渾身のラリアットが、ドッカの首から上を粉々に吹き飛ばした。


「花ってのは、散るからこそ美しいのよ? まぁ、咲く前に散ってしまったけど」


 そう言ってヤシャは右手に巻き付けた蔓を力任せに引きちぎると床に投げ捨てた。


「さてと……そろそろあの生意気な妖禽族をほふるとしましょうか」

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