斬られ役、狂乱する


 101-①


「ひぃぃぃ……」


 ナジミは、武光の後ろで、小動物のようにプルプルと震えていた。それもそのはず、武光とナジミは現在、三十体以上のオーガと対峙しているのだ。


「あわわわ……うぇぇぇ……た、武光様、私……吐きそうです」


 そう言って、ナジミは武光を見たが、武光もナジミと同様、プルプルと震えていた。


「た、武光様……ここはひとまず逃げましょう!!」


 いつもなら、誰かが口に出す前に、真っ先に『よし、逃げよう!!』と言い出す武光だが、武光は黙って首を左右に振った。


「……ナジミ、お前だけ逃げろ」

「そ……そんな事出来ません!! 武光様も一緒に……」

「イットーを助ける為にも、俺は逃げるわけにはいかへん!! それになぁ……俺はコイツらを……殺したくて殺したくて仕方ないんじゃあああああ!!」


 武光が血走った目で邪悪な笑みを浮かべた。


「武光様!? 怨念に取り憑かれて……!? 今すぐ私が……きゃっ!?」


 魔穿鉄剣の怨念にみ込まれかけている武光に、ナジミは浄化式ローリングソバットを叩き込もうとしたが、喉元のどもとに切っ先を突き付けられて、身動きが出来なかった。


「た、武光様……」

「……ハッ!? す、すまん!!」


 我に返り、自分のしている事に気付いた武光は慌てて切っ先を下ろした。


「ほんまゴメン……マジで逃げてくれ……頼む!!」


 ナジミは悟った。武光が先程からプルプルと震えているのは、いつもみたいに恐怖から震えているのではない。

 内から湧き上がる殺意と破壊衝動を抑え込もうと戦っているのだ。今自分が近くにいても武光の邪魔になるだけだ。


「わ、分かりました……気を付けてくださいね!? 無茶しちゃダメですからね!?」

「へっ……任せとけ!!」

「おっと、そうはいくものかよ!!」


 屈強なオーガ達の中から、銀色の一本角を持つ、一際屈強な白髪はくはつの黒鬼が飛び出し、武光の目の前に立ちはだかった。オーガ達の副大将、ボウギャクである。


「てめぇら……このボウギャク様から逃げられ……ぎゃっ!?」


 ボウギャクが悲鳴を上げた。武光が魔穿鉄剣のナックルガードに付いた鋭いびょうでボウギャクの両眼をいきなり突き刺したのだ。


「お前……ええ角しとるやんけ……大人しくしてろ、その角……もらうぞ!!」

「て……てめぇぇぇぇぇっ!!」


“グサァッ!!”


 オーガ達ですら思わず目を背けた。武光が、声を頼りに武光に襲いかかろうとしたボウギャクの口の中に魔穿鉄剣を突き刺したのだ。


「あ……が……」

「大人しくしてろって言うたやろが……!!」


 武光は突き刺した剣をぐりぐりと動かし、ボウギャクの口の中を散々にえぐったあと、勢い良く剣を引き抜いた。

 口からおびただしい量の血を吐きながら、ボウギャクが倒れ込む。武光はすかさず魔穿鉄剣を振り下ろし、ボウギャクの首をねた。


 ……その場の誰もが凍り付いた。オーガ一族随一の凶暴性をもつボウギャクが更なる暴虐によって惨殺されたのだ。


「おい……何しとんねん、ナジミ……早よ逃げんかい!! ぶっ殺すぞコラァ!!」

「は……ハイ!!」


 ナジミが逃げ出したが、誰もその後を追う者はいない。武光はボウギャクの首から角を削ぐと満足げに頷いた。


 イットー・リョーダンの修復に必要な鬼の角……残り82本


「……これは要らんわ、返す」


 武光はボウギャクの首をまるでサッカーボールのように、オーガ達の方へ雑に蹴飛ばした。


 オーガの一人が転がってきたボウギャクの首に慌てて駆け寄り、首を拾い上げようと思わず屈んだ瞬間、武光は一気に間合いを詰めて、オーガの無防備な後頭部に魔穿鉄剣を叩きこんだ。


 崩れ落ちたオーガからすかさず角を削ぎ落とす。


 イットー・リョーダンの修復に必要な鬼の角……残り81本


「次は……お前らじゃあああああああああ!!」


 武光は魔穿鉄剣を振りかざし、オーガの群れに突撃した。


 怒号と悲鳴を背中に受けながら、ナジミは走る。


「武光様……どうかご無事で……って、わーーーっ!?」


 逃げるナジミの前に、一体のオーガが現れた。


 101-②

 

 ミトは、武光を探して街を走り回っていた。


「ったく……あのバカ、一体どこに……これは……殺気!?」


 前方の建物の陰……ただならぬ気配を感じ取ったミトは剣の柄に手をかけながら後方に飛び退いた。

 果たして建物の陰から、何者かが姿を現した。全身ボロボロの血みどろで、剣を引きずりながらヨロヨロと歩く姿は、さながら地獄の亡者である。

 そして、その全身血まみれの亡者を5秒くらい凝視して、それが武光だと分かったミトは慌てて武光に駆け寄った。


「大丈夫!?」

「角を……角をよこせえええ!!」


 焦点の定まらない目で叫びを上げた武光に対し、ミトは横っ面を引っぱたいた後、持っていた飲み水を頭からぶっかけた。


「しっかりしなさい、武光!!」

「ミ……ト……?」

「そうよ、ミト、分かる?」

「お……おう。ハッ!? 何でお前がここにおんねん!? 工房は……工房はどうした!?」

「安心しなさい、工房は私とリョエンさんで奪還しました、工房の設備も無事です!!」

「そ……そうか!! せやったら後は角さえ集めれば……!!」

「それが……イットー・リョーダンの容態が急変したみたいなの!! 今すぐにでも打ち直しを始めないとダメだってジャトレーさんが!!」

「そ……そんな!?」


 イットー・リョーダンの修復に必要な鬼の角……残り63本

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