火の神、巻く


 92-①


「え……と……ごめんなさい武光様、ちょっと……何言ってるか分かりません」

「いや、だから、お前がニーバング様にジャンピング・ネックブリーカーぶちかましてから、神様になんぼ呼びかけてもピクリとも反応してくれへんねんて!!」


 私が火神ニーバング様にぶちかました……? ナジミは頭の中を整理した。

 



 私が一発ぶちかましたのは、武光様である。


 武光様は火神ニーバング様ではない。


 すなわち、私が一発ぶちかましたのは武光様であって火神ニーバング様ではない。




 結論を出したナジミは、うんとうなずくと、心配そうに武光に聞いた。


「武光様、大丈夫ですか……? もしかして熱でもあるんですか……?」


 ナジミは右手を伸ばし、武光のひたいにそっと触れた。


「熱っっっあああ!?」


 尋常じんじょうではない熱さに、ナジミは思わず手を引っ込めようとしたが、武光に手首をガッチリとつかまれてしまった。


「てめぇ……さっきはよくもやってくれたな?」

「痛っ……武光様、痛いです!! 離してください!!」

「ああ? ……たかが巫女の分際ぶんざいで、この俺に指図さしずする気か?」


 武光はナジミの手首を掴む手に力を込めた。


「い……痛いっ……やめ……て」


 武光は痛がるナジミを無視して更に力を込める。


「くぅっ……貴方、武光様じゃありませんね!!」

「ほう? どうしてそう思う」

「武光様は……普段から私の事を、ドジだの貧乳だのイカだのタコだの言ってからかいますけど……それでも……武光様は……絶対に、無闇に乱暴を働いたりはしません!!」

「へへ……そうか、良い奴なんだな? コイツ」


 ナジミの訴えを聞いた武光は、掴んでいた手を離した。

 自由になったナジミは、武光の背後に立つと、両腕を武光の胴に回し、 “ぎゅっ” と抱きついた。


「お、おい……ちょっ、おま……人目もあるのに異性に抱きつくとか、そんな大胆な……」

「武光様、安心してください……武光様に取りいているものは、私がはらってみせます!! ……どりゃあっ」

「ぶっ!?」


 除霊式・投げっぱなしジャーマン(に酷似した技)が武光に炸裂した。武光が地面に叩きつけられた瞬間、ナジミは武光の口から、取り憑いていたものが “すぽーん!!” と飛び出したのを視界の端にとらえた。


「出ましたね!! さぁ正体を現し……って、うえぇぇぇぇぇっ!?」


 武光の口から飛び出してきたのは、赤い光を放つ光球であった。


「よう」

「に……ににに、ニーバング様ぁぁぁぁぁーーーっ!?」


 92-②


 武光達は火神ニーバングの前で正座していた……と、言っても異界渡りの書の力を得た武光と、巫女であるナジミ以外には、ニーバングの姿は見えないし、直接声を聞く事も叶わない。

 天才的術士で、火術の優秀な使い手あるボウシン兄妹ですら、武光達の前に強い気配を持つ何かの存在を感じるだけだ。

 そんな彼らにとって、先程からその見えない何かに向かってひたすら土下座し続けるナジミの姿は異様なものに映っていた。


「に……ニーバング様!! ま、誠に申し訳ございませんでしたぁぁぁぁぁっっっ!!」

「……ったくよぉ。俺も随分ずいぶんと長いこと神様やってきたけどよぉ、投げ飛ばされるなんて初めてだわ。それもまさか巫女に……」

「うぅぅ……ほ、本当にすみませんでしたぁぁぁぁぁっっっ!!」


 知らぬ事とは言え、『神様をぶん投げる』という暴挙ぼうきょをしてしまったナジミが小さくなってカタカタと震えていると、砦の方から砂煙を巻き上げながら一つの影が走ってきた、ミトである。


「たーーーけーーーみーーーつーーー!!」

「ジャイナ!? どないした、そんな慌てて……」

「武光、ナジミさん、リョエンさん、次の街に向けて出発しますよ!! 今すぐに!!」

「はぁ!?」

「いいから、早く!!」

「落ち着けや!! 何があったんや?」


 武光に言われて、ミトは口早に語った。ミトが兵士達を率いて、砦に侵入してきた魔蟲を殲滅した事。その後、ショウダ=イソウに捕まって王都ダイ=カイトに送り返されそうになった事。そして、ショウダの手から逃れてここまで逃げてきた事を。


「一応、優秀な影武者は立てておいたけれど、彼女の力をもってしても……いつバレるか分かったものじゃないわ!! あっ、そうだ!!」


 大切な事を思い出したミトは、リヴァル戦士団と共に正座していたダントに言った。


「ダント、砦にナンテさんが来ていたわよ。貴方に会いたいって願い出て、王都からの補給部隊への同行を許されたらしいわ」

「本当ですか!!」

「ええ、本当に良い所に来てくれました!!」

「……え? あ、あの……おそれながら……先程の優秀な影武者というのは……?」

「もちろん、ナンテさんの事ですけど」

「な、ナンテーーーーー!?」

「ダントさん!? 武光殿、我々はダントさんを追いかけます!! 行こう、ヴァンプ、キサン!!」


 砦目掛けて一目散いちもくさんに走り出したダントを追って、リヴァルとキサン、そしてロイを肩に担いだままのヴァンプは慌てて駆け出した。

 しくもこの時、ダントとナンテのバトリッチ兄妹は同じ事を思っていた。


「とんだとばっちりだ!!」

「なんてとばっちりなの!?」


 ……と。


「とにかく!! 一刻も早くこの場から立ち去るのよ!!」

「よ、よっしゃ!!」


 リヴァル戦士団が走り去り、呆気あっけに取られていたニーバングに向かって、武光は言った。


「すいません、ニーバング様。そういうわけなんで《巻きで》(=急いで)お願いします!!」

「巻きで!? え、えーっとだな……」

「あっ、とりあえずここに御力おちからをお願いしますっ!!」

「お、おう!!」


 武光に勢い良く差し出された異界渡りの書に、ニーバングは思わず力を分け与えた。これで異界渡りの書の上から4分の3が埋まった。


「ありがとうございますっっっ!! このドジ貧乳にはキツく言っておきますので!!」

「お、おう!! 気を付けてな!!」

「本っっっ当にありがとうございましたっっっ!! よし、皆……砦から追っ手が来る前に逃げるぞ!!」


 武光とナジミはニーバングに深々と一礼いちれいすると、ミトとリョエンを引き連れて走り去ってしまった。


「行っちまったか……って、俺は神だぞ!? 何乗せられてんだ、チクショー!! はぁ……ま、良いか。あいつら悪い奴らじゃなさそうだしな」


 たった一柱ひとはしら、その場に残された火神ニーバングは、小さくなってゆく武光の背中を見ながら『それにしても……』と呟いた。

 

 ニーバングは思う……それにしても、あの武光とかいう男、何故に神々の力を体の奥底で眠らせっぱなしなのか?


 武光の肉体に宿った時、確かに武光の肉体の奥底には神々の力が宿っていた。と、言うかむしろ、ニーバングが自分をまつる場所で暴れる不届き者共をぶちのめす為に、一時的に武光の肉体に宿る事にしたのは、武光の肉体に神の力が宿っているのを感じたからだ。


「全く……」


 神々の力を『引き出さない』のか『引き出せない』のかは知らないが、その身に宿る神々の力を使えば、わざわざ自分が肉体に宿り、代わりに力を使わずとも、あの巨竜だろうと骸骨がいこつ野郎だろうと……


 鼻クソほじりながらでも瞬殺出来たのに。

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