巫女、我に返る


 91-①


「ぎゃーーーーーっ!?」


 巨竜討伐隊がセンノウを倒し、まめ太に別れを告げて、ショバナンヒ砦に向かっていたその頃、ふと我に返ったナジミは悲鳴を上げていた。気付けば、辺り一面雪景色ならぬ……虫景色になっている。


「かっ……かかかかか……カザーーーン!!」


 ナジミは思わず、アスタト神殿で一緒に暮らしていた少年の名を叫んだ。魔王討伐に旅立つ前……アスタト神殿で暮らしていた頃は、神殿に蜘蛛くもやゴキブリが出た時の退治は、唯一の男子であるカザンの役目だったのだ。

 しかし、ここはアスタト神殿から遠く離れたショバナンヒ砦である。それに気付いたナジミは隣にいるはずのミトに助けを求めようとした。


「ひ……姫様、たたた助けて……って、いなーーーーーい!? ひ、姫様ぁぁぁぁぁ〜〜〜何処どこ行っちゃったんですかぁぁぁぁぁ〜〜〜!? ……ひっ!?」


 ナジミのひたいに一匹のバッタが止まった。


「あわわわわわわ……」


 ナジミの恐怖が限界を……超えた。


「うわーーーーーん!! 助けてえええええーーーーー!!」


 ナジミは にげだした!


 91-②


 ……砦内の何処どこをどう走ったのか全く覚えていない。


 ナジミは、虫だらけの砦をかなりの長い時間逃げ回り、ようやく虫のいない場所を見つけた。

 長い黒髪は乱れに乱れ、前髪は汗で額にベッタリとくっ付いている。着ていた白い服も、逃げ回る途中で何度もすっ転んだせいで、練習後の野球部のユニフォームかというくらいドロドロに汚れてしまっている。


「はぁ……はぁ……い、一体どうしてこんな事に…………まさか!!」


 ナジミは恐る恐る、武光に教わった守護神を讃える唄を小声で歌ってみた。すると、すかさず “ぶぶぶ……” とはねを震わせながら、《シムナサイチ・ツナハ・イオニイサク》の群れがナジミ目掛けて飛んで来た。


「ひーーーっ!?」


 ……逃げまどいながらナジミは確信した。


 たばかられた……武光様のあんちくしょうにたばかられたっ!!

 理由は容易に想像がつく。あの人の事だ、きっと私と姫様が危険にさらされないように、この砦に私達を留めようとしたに違いない。

 でも、だからと言ってこれはあまりにヒドイ仕打ちだ…………私が虫が大の苦手と知っての狼藉ろうぜきか!?

 シムナサイチ・ツナハ・イオニイサクがナジミの身体のあちこちにとまる。ナジミは逃げ惑い過ぎて、とうとう砦を飛び出してしまった。


 そして……ナジミは砦を飛び出した際に、センノウとの戦いを終えて砦に向かってくる巨竜討伐隊を偶然にも発見し、全力疾走で武光のもとへ向かい、武光にジャンピング・ネックブリーカー・ドロップ(に酷似した技)をぶちかました……というのがここまでの話の流れである。


 ……ちなみに、シムナサイチ・ツナハ・イオニイサクとは、武光の世界でいうところの……《カメムシ》である。


 91-③


 ナジミの話を聞いて、武光はぽんと手を打った。


「あー、なるほど!! それでさっきジャンピング・ネックブリーカーかまされた時……あんなくさかったんか!!」

「く、くさっ!? ……武光様!! 女性に対して何て言い草ですかっ!!」

「ご、ごめんクサミ……」

「誰がクサミですかっ!!」

「いや、だってほんま自分めちゃくちゃカメムシ臭いねんて」

「だ、誰のせいだと……そんな事言っちゃう人にはこうです!! くらえーーー!!」


 ナジミがリヴァルの拘束を振り解き、武光に飛びかかった。


「わーっ!? ちょっ……ヘッドロックすな!! 臭い臭い臭い!! ちょっ……ゔっ!?」

「うるさーい!! 本っっっ当に大変だったんですからねっっっ!! すっっっごく怖かったんですからねっっっ!! この……ゔっ!?」


「「……ゔぉぇぇぇぇぇーーー!!」」


 シムナサイチ・ツナハ・イオニイサクのあまりの悪臭に武光とナジミの二人は嘔吐えずいた。


 二人仲良く(?)並んで四つんいで嘔吐えずく武光とナジミを見てリヴァルがつぶやく。


「やはり……お二人はそういう仲なのか……!?」

「なんでそうなるんですかー!?」

「……リヴァル、違うと思うぞ」

「私も違うと思います」


 リヴァル戦士団の面々は天然ぶりを発揮しまくっている団長にツッコんだ。

 リヴァル戦士団の視線の先では、ナジミが再び武光に対してプンスコと怒っている。


「大体!! どうしてあんな邪悪な儀式をやらせたんですか!!」

「邪悪なって……たかだかモ◯ラの歌を歌ったくらいでそないヤバい事なるかー?」

「はぁ!? まだご自分の罪をお認めにならないのですか!?」

「うーん……そこまで言うなら一回試してみよか?」


 言うが早いか、武光はモ◯ラの歌を歌い始めた。


「わー!? ちょっ、虫……虫が来たらどうするんですかー!?」


 ナジミは涙目でカタカタと震えたが、虫は一匹も現れない。


「ほらぇへんやんけ。じゃあナジミ、お前やってみろや」

「嫌です!! 絶っっっっっ対に嫌です!!」

「分かった、じゃあこの歌で……」


 そう言って、武光はナジミに耳打ちした。


「…………本当に大丈夫なんでしょうね?」

「そんな怖い顔すんなやー、大丈夫やって。今度のは俺の国の童謡どうようやから」

「ま、まぁそう言う事なら……」


 ナジミはコホンと小さく咳払いをすると、武光から教わった歌を歌った。


「ぽっぽっぽ〜♪ はとぽっぽ〜♪ まーめがほしいか……って、わーーーっ!?」


 武光は目を疑った。たかられている……ナジミが何処からともなく飛んできたハトの群れにめっちゃたかられている。


「だ、大丈夫かー!?」


 武光は慌てて鳩の群れを追い払った。武光の思った通り、これは儀式云々ぎしきうんぬんというより……ナジミの持つ謎の力が、生き物達を呼び寄せているのだ。


「ううう……やだーーー!! もうやだーーー!! うわーーーーーん!!」

「あー、もう。泣くな泣くな、俺が悪かったから」

「うるさーい!! 武光様なんか火神ニーバング様に焼かれろー!! あほーーー!!」


 それを聞いて武光は思い出した。


「あっ、そや!! そのニーバング様の事なんやけど……」

「知りません!!」

「いや、さっきのお前のジャンピング・ネックブリーカーらってから返事がないねんけど……」

「……え?」


 ナジミは 我に返った。


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