術士、駆け出す


 54-①


 戦いの様子をリョエンは櫓の上から遠眼鏡とおめがねで見ていた。街道でいくつもの火の手が上がっている。あそこでサリヤと武光が戦っているのだ。


 二人とも奮戦しているが、相手の数があまりにも多い、このままではいずれあの二人は……


「リョエンさん!!」


 最悪の事態を想像して思わず身震いしたリョエンの所に、ナジミがやってきた。


「このままでは武光様とサリヤさんが魔物に殺されてしまいます!! どうかお力をお貸しください!!」


 ナジミの今にも泣き出しそうな顔を見て、リョエンは心が締め付けられた。


「そ、そんな事言われても……今の私には……無理だよ」

「無理じゃありません!! だってリョエンさんはキサンさんの──」

「言うなっっっ!! いくら私がキサンの兄だからと言っても出来ないものは出来ない!!」


 リョエンは反射的にナジミの言葉を遮ってしまったが、ナジミは泣きながら言い返した。


「いいえ出来ますっ!! だって、リョエンさんはキサンさんの……キサンさんの “最も尊敬する術士” なんですから!!」


 ナジミの言葉に、リョエンはしばらく言葉を失った。


「……私が、キサンの最も尊敬する術士? そ、そんなはずは無い、だってあいつは私なんかが逆立ちしても到底敵とうていかなわない程の才能があって……使える術の種類も、力も、私よりずっと上なんだ!!」

「さっき、武光様から聞きました。キサンさんはリョエンさんの事を誰よりも尊敬しているって……確かにキサンさんの方が才能も、使える術の種類も、遥かに上なのかもしれません、でもキサンさんがそれを使えるようになったのは……リョエンさんに教えてもらったからだって!!」

「そ、それは……」

「それに、キサンさんが言っていたそうです。『自分には兄さんのように、誰にでも分かりやすく術の概念を教える事は、逆立ちしても到底出来ない、いくら自分の術が凄くても、本当に人々の役に立てるのは兄さんのような人だ』って……『先生』って言葉に憧れるのは、リョエンさんの背中を見てきたからだって……だから!!」


 リョエンはボロ泣きしているナジミの両肩に優しく手を置いた。


「……先程私はジャイナさんに『向かい合わなければならないのは、他者ではなく自分自身』だと教えました……私も、術の基礎中の基礎をようやく思い出せそうです」

「それじゃあ……」

「ええ、行きます……二人を助けに!! それと、念には念を入れてお願いしておきたい事があります。私の部屋から、黒のかばんを持ってきてください」

「分かりました!!」


 そう言うと、リョエンは駆け出した。今ならまだ……間に合う筈だ。



 54-②


「くっ……ここまでなの……?」


 武光とサリヤは圧倒的な数の敵に追い詰められていた。

 武光は覚えたての火炎放射で、サリヤは鍛錬で会得した多彩な火術で奮戦したものの、やはり敵の数が多過ぎた。


 今の所はサリヤが自分達をぐるりと取り囲むように発生させた炎の壁……《火術・火炎陣》が敵をはばんでくれているが、サリヤの体力ももはや限界だ、いつ火が消えてもおかしくない。そして、火が消えた瞬間、四方からリザードマンに襲われる。


「も、もうダメ……」


 武光達を取り囲む火が……消えた。四方からリザードマンが襲いかかって来る。


「ゲェーッ!? あかーん!! 今度こそあかーん!!」


「火術……《炎龍》」


 突如として現れた凄まじい炎の奔流ほんりゅうが、武光達の周囲のリザードマンを呑み込んだ。


「こ、この術は……まさか!!」

「助けに来たよ……サリヤ!!」

「リョエン!!」


 リョエンが 現れた!


 サリヤはリョエンに駆け寄ったが、彼の両手が酷く焼けただれているのに気付いた。


耐火籠手たいかごてを着けずにあんな術を放つなんて……」

「……間に合わせるにはこれしかなかった。さぁ逃げて!! あと一回くらいなら炎龍を放てる筈だ……ぐっ!?」

「無茶よ、そんな両手で!!」

「ホンマですよ!! 一旦退きましょう、格好つけてもしゃーないですって!!」

「くっ……分かった」


 三人は、命からがらジューン・サンプに逃げ帰った。

 ジューン・サンプではリョエンの家から、頼まれたものを持って戻って来ていたナジミが待機していた。


「三人ともご無事ですか!?」

「ナジミ、先生の火傷やけどを治したってくれ!!」

「分かりました!!」


 ナジミの癒しの力により、リョエンの火傷がみるみる治ってゆく。その不思議な光景を見て、リョエンは思わずうなっていた。


「よし……リョエンさん、治りましたよ!!」

「凄い……とても人間業とは思えない」


 リョエンは両手を開いたり閉じたりした。先程までの凄まじい痛みが完全に消えている。


「じゃあ先生、この籠手こてはお返しします」


 武光は借りていた籠手をリョエンに返そうとしたが、リョエンは首を横に振った。


「いや、それはまだ武光君が持っていてください……情け無い話だが、自分で思っていた以上に腕がにぶってしまっていた……どうやらさっきの炎龍で火術に必要な力を使い果たしたらしい。しばらくの間、火術は使えないだろう」

「そ、そんな……」

「大丈夫、こんな事もあろうかと、ナジミさんにある物を取ってきてもらっています。ナジミさん、例の物を」

「は、はい!!」


 ナジミがスーツケース程の大きさの黒いかばんを持って来た。ナジミがヒィヒィ言ってる所を見ると、中身はそれなりに重さのある物のようだ。


「ありがとうございます」


 リョエンはケースを開けた。中に入っていたのは、組み立て式の槍だった。リョエンが槍を組み立ててゆく。


「先生……これは?」

「これですか? ダメな兄の妹への対抗意識の結晶ですよ」


 槍を組み立てながら、リョエンは自嘲気味に笑った。


「よし……出来た」


 組み上がった槍は全長がおよそ六尺(約180cm)で、杭状の穂を持ち、穂の少し下……和槍でいう所の所謂いわゆる《太刀打ち》にあたる部分は直径8cm、高さ30cmの円筒形をしている。

 円筒の側面には細長い箱型の部品が斜めに差し込まれており、全体的なシルエットで言えば、カタカナの『ト』の字の縦線を下方向に思いっきり伸ばしたような変わった形状をしていた。


 リョエンは、組み上がった槍を天に向けた。


「目覚めよ……《機槍・テンガイ》!!」

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