斬られ役、魔将を迎え撃つ(後編)


 41ー①


 敵が、防塁に迫ってきた。その数およそ百五十……街道を埋め尽くさんばかりの魔物の群れだ。

 武光は周囲の味方に向かって言った。


「来るぞっ……一匹も通すなあああああ!!」


 敵は軍を三段に構えている。はるか後方から角笛の音が響く。一段目の敵が防塁に突撃してきた。


“ズボッ!!”


 先頭を走っていたオークの姿が突然消えた。後に続くオーク達の姿も次々と消えてゆく。武光達が掘った落とし穴に落ちたのだ。

 穴の底に仕掛けてある杭や刃物の餌食えじきとなった敵が悲鳴をあげる。


「フッフッフ……かかったな愚か者めがっ!!」


 防塁の上でその光景を見ていた武光は、悪役丸出しの台詞を吐いた。

 ちなみに、武光達が今登っている防塁は、街の人々総出で落とし穴を掘った際に出た大量の土を盛り固めて作ったものなのだ。


 落とし穴の恐ろしい所は肉体的ダメージだけではない。


 敵に落とし穴を仕掛けられているという事は、それが一か所だけなのか……二か所なのか……あるいは十か所なのか二十か所なのか自分達には分からず、しかもそれが一歩踏み出した先にあるかもしれないという心理的圧迫が凄まじいという点だ。


 その心理的圧迫感が、突撃の勢いを完全に殺してしまっていた。

 防塁に取り付こうとするオークを、武光達が長槍で突き倒してゆく。


 二度目の角笛が響いた。二段目、やや遅れて三段目の敵が向かって来る。武光は身構えた、落とし穴はもうほとんど残っていない。


 二段目の敵は、もたつく一段目の友軍を踏み潰さんばかりの勢いで突撃してきた。オークの大群を受け止めた防塁が揺れる。


「チッ……びんを投げろーーー!!」


 防塁をよじ登ろうとする敵をヒィコラ言いながら槍で突き落としつつ、武光達は足下のオークの群れに次々と瓶を投げつけた。防塁での戦闘が始まる前にナジミが配っていた瓶である。


 中身はもちろん水である。しかし、獰猛どうもうだが知能があまり高くないオーク達は、それが先程と同じく、火計の前段階だと思い込み、恐慌を起こした。


 ……退こうとする二段目と、進もうとする三段目がぶつかり、敵軍は混乱をきたした。


 二段目の敵の中には、目の前の邪魔な味方を斬り倒してまで逃げようとする者が出始め、三段目の敵も目の前の邪魔な味方を斬り倒してまで進もうとし、同士討ちの様相ようそうていし始めた。


「武光さん、敵は混乱してます!! 今突撃をかけたらもしかしたら敵大将の首……れるんじゃねぇですか?」

「アホかっ、時代劇の主役でもないのにそんな真似したら死んでまうやろ!! ええから一匹でも多く敵を倒せ!!」


 41-②


「ええい……馬鹿共がァァァァァ!!」


 コウカツは怒り狂っていた。こちらの兵数は敵の十倍……どう考えても容易たやすく勝てるはずだった。


 だが、目の前の自軍は大混乱をきたし、同士討ちまで始めている。

 街の西口を攻めていた別働隊からは連絡が途絶え、東口を攻めている別働隊は未だに東口を突破出来ていない。


「なぁんだ、全然大した事ないじゃない」

「なっ!?」


 いつの間にか、コウカツの背後に黒いミディアムドレスを着た、一人の少女が立っていた。少女はショートカットにした艶やかで美しい黒髪を持っていたが、背中には髪以上に黒く、美しい一対の翼が生えていた。

 見た目は15〜16歳程度だが……コウカツの前に現れた謎の少女は、見た目通りの年齢とは到底思えない、妖艶ようえんな雰囲気をまとっていた。


「「貴様……いつの間に!?」」


 コウカツと魔物の少女は同時に言葉を発したが、両者の発した言葉は全く同じだった。


「「質問に答えろ!!」」


 またしても両者が発した言葉は、一言一句違わぬものだった。少女が悪戯いたずらっぽい笑みを浮かべる。


「……うん、そうだよ。貴方が今思った通り」


 (まさか……相手の思考を読み取れるのか?)と、いうコウカツの自問に対して、少女は答えた。間違いない、コイツは思考を読み取れる。コイツは一体……?


「私? 私はいずれ魔王様のお嫁さんになる女です」


 またもコウカツの思考を読み取った少女は、妖しく微笑ほほえんだ。


「将来の旦那様に代わって部下の働きを見に来てあげたけど……全然ダメじゃない。どうして貴方が直接行って奴らをぶっ飛ばさないの? ……自分の手を汚さないのが美学? ふぅん、しょうもないね」


 コウカツは少女をにらみつけたが、睨みつけられた当の本人は意にも介さない。


「美学も良いけどさー……魔王様は役立たずを生かしておかないよ? 会った事ないけど。私が手伝ってあげよっか? えー、そんなつまらない意地は捨てなよ。そう……じゃ、頑張ってね……あ! そうだ!!」

「……何だ?」

「フッ……死ぬなよ。なんちゃってー」

「失せろっ!!」

「はいはい、帰りますよ……っと」


 そう言って、魔物の少女は姿を消した。少女の立っていた場所には、黒い鳥の羽が散らばっていた。

 一体、さっきの少女は何者だったのか。いや……今はそれどころではない。コウカツは再び前線に視線を戻した。少女に気を取られていたすきに、オーク達の混乱は更に拡大してしまっている。


 伝令の小悪魔が前線から戻ってきた。


「コウカツ様、前線はもはや大混乱です、立て直しが効きません」

「ええい、役立たず共が……もう良い!! お前はオーク部隊を一旦下がらせ、軍を立て直せ。奴らは……この私が直接手を下す!!」


 コウカツは蝙蝠こうもりのような巨大な翼を広げて、上空に飛び立った。


 41-③


「……ッッッシャオラアアアア!!」


 防塁の上の武光達は雄叫びを上げた。

 角笛の音と共に、オーク達が防塁から離れてゆく。


「やりましたね!! 武光さ……ガハッ!?」


 武光の隣に立っていた男の胸を、突如として一条の赤い光線が貫いた。


「何だアレは……こっちに向かって……ぎゃっ!?」


 また一人、今度は額を撃ち抜かれて倒れた。


「ぎゃっ!?」

「ぐわっ!?」

「うおっ!?」


 味方が次々と光線の餌食えじきとなってたおされてゆく。

 武光は大慌てで防塁の裏に隠れるよう指示し、自分も防塁の裏に隠れた。

 直後、防塁の裏に滑り込んだ武光達の頭上を、凄まじいスピードで黒い影が通り過ぎた。影は空中で静止すると、武光達の前にゆっくりと降り立った。


「ご機嫌よう、下賤げせんなる人間諸君」

「お前は……コウカツ!!」

「ゴミの分際でお前達は実によくやった……その健闘をたたえて、私自ら始末しに──」


“ばさっ!!”


「うわっ!? 何だこれは、目がっ……!?」

「どっせい!!」

「うおっ!?」


 武光は、砂による目潰めつぶしにひるんだコウカツに、問答無用でサブマリンタックルを喰らわし、転倒させた。


「ふっふっふ……『飛んで火に入る夏の虫』とは正にこの事……やってまえぇぇぇぇぇ!!」


 武光に両足を抱え込まれて思うように動けないコウカツに、ナジミ軍の男達がってたかって、殴る蹴るの暴行を加える。


 ……流石に元タイラーファミリーと元幻璽党の男達である、『集団暴行なら任せろ!!』と言わんばかりだった。


「グゥッ……ふ……ふざけるな。この私を……こんな……」

「悪いな。俺は悪役歴が長いからな……時代劇の主役みたいに、常に正々堂々っちゅうわけにはいかん!!」

「き、貴様ぁぁぁぁぁーーー!!」


 武光は勢いよく跳ね起き、起き上がろうとするコウカツの首を踏みつけると、イットー・リョーダンを背中の革鞘かわざやから素早く抜き放ち、コウカツの胸に突き立てた。

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