強盗、やりなおす


 11-①


 アスタト村の近くの街に暮らす20歳の青年、イスミ=トーゴーは一本のナイフを握り締め、夕闇に紛れてアスタトの神殿に近付いていた。


 自暴自棄を起こしたイスミは、悪事に手を染めようとしていた。アスタトの神殿に押し入り、神殿を荒らし、金目のものを盗むのだ。


 イスミは、信仰心のあつい一家に生まれ、彼自身も神の教えに従い、今まで真面目に生き、他人に接する時も出来る限り誠実であろうと努めていたつもりだった。


 ……しかし、魔王の軍勢に彼の住んでいた街が襲撃された時、全てが崩れ去った。


 鍛冶職人で、仕事の前と後には神に欠かさず祈りを捧げていた父……食事の時には必ず神と大地の恵みに感謝を捧げていた母……修道女として、迷える人々の為に、教会で熱心に神の教えを説いていた姉……その中の誰一人として、神は救ってはくれなかった。

 押し寄せた魔物の手により、隠れていたイスミと幼い弟の目の前で、家族が死んだのと同時に、彼の中の神は死んだのだ。

 幼い弟は何とか助かったものの、流行はやり病に倒れてしまった。

 薬さえあれば治る病気ではあったが、その薬は高価だった。住む場所を奪われ、その日を生きるので精一杯の彼には、とてもではないが薬代を工面くめんする事は出来なかった。


 ……どんなに祈ろうとも、幼い弟にも神は救いの手を差し伸べてはくれないのか。


 ……彼は決心した。弟を救ってくれるのは神などではない。薬なのだ。


 神殿の裏口に到達したイスミは、用意していた布で顔の下半分を覆い隠すと、改めてナイフを握り締めた。手が震えていたが、弟を救う為にはやらねばならない。一つ深呼吸をすると、そっとドアを開け神殿に侵入した。


「あっ」

「あっ」


 イスミは動揺した。裏口から侵入した瞬間に、部屋に入って来た黒髪の若い女と鉢合はちあわせしてしまったのだ。格好からして、おそらくこの神殿の巫女だろう。イスミは慌ててナイフを女の方に向けた。


「……お、おいお前!! い、命が惜しかったら……かかか、金目の物持って来い!!」

「……ダメです、迫力が足りません!! やり直しです!!」

「はぁ!?」


 イスミは巫女に背中を押されて、外に追い出されてしまった。イスミの背後で、裏口のドアがバタンと閉まった。


「……………………………………いやいやいや!?」


 イスミは再びドアを開けて侵入した。


「ふざけるな!! 金目の物を持って来いっつってんだろ、殺されてぇのか!!」


 今度は、背後から抱き抱えるように巫女を捕まえ、首にナイフを突きつけて脅したが、腕の中の巫女はこちらを見て満足げに小さく頷くと、右手の親指をビッと立てた……全くもって意味が分からない。


「待てーーーーーい!!」


 戸惑っていると、今度は黒髪の若い男がやって来た。がっしりとした体つきの男だ。目つきは鋭く、その手には木刀が握られている……この男、只者ではない気がしないでもない。きっと兵士だ。何で神殿に兵士なんかいるんだ!? こちとらただの彫金職人ちょうきんしょくにんだ、勝てる見込みはほとんど無い。


「く……くっそおおおーっ!!」

「違ーーーう!!」

「へっ!?」


 イスミは人質に取った巫女を乱暴に脇に押しのけると、ナイフを頭上に振りかざして、男を斬りつけるべく突進しようとしたが、一喝いっかつされて、思わず動きを止めてしまった。

 何なんだ『違う!!』って……一体何が違うというんだ!?


「ちゃんとやれや!! 最初は、俺の心臓目掛けて突きやろが!! ハイやり直し!!」

「はぁ!? し、心臓目掛けてって……」

「もう一回行きましょう!! 大丈夫です、貴方ならきっと出来ますよ、頑張って!!」

「えっ、ちょっ!?」


 立ち上がった人質が自ら自分の左腕の中に戻って来た。


 何なんだ!? 意味不明過ぎて頭がクラクラしてきた。こいつらは一体何を言ってるんだ!?

 とりあえず左腕で巫女を抱え込み、ナイフを持った右手を前に突き出して男を牽制したものの、何だかとても息苦しい。息苦しさに耐えかねたイスミは無意識の内に顔の下半分を覆っていた覆面を左手で引っ張り、下ろしてしまった。


「えっ………誰ですか貴方!?」


 イスミの顔を見て、腕の中の人質が素っ頓狂な声を上げた。


「何をわけの分からない事言ってやがる!! お、俺は強盗……がっ!?」


 右手のナイフを弾き飛ばされた。一瞬目を離した隙に、いつの間にか接近していた男に、木刀でナイフの刃の側面をピンポイントで叩かれたのだ。弾き飛ばされたナイフが床に転がった。


「うおおおおおっ!!」

「ひいっ!?」


 イスミは身動きが取れなかった。木刀の切っ先が喉元のどもとに突きつけられている。


「お前……何者なにもんや?」


 イスミは観念して全てを吐いた。吐いたら巫女と男は号泣した。


 それだけではない。二人は魔王討伐の支度金の一部から薬代を出すとまで言ってくれたのだ。しかし、国王から下賜かしされた支度金を私的に流用するのは大罪なのだ。


「い、いけません。露見したら罪人として手配されます!!」

「何の事やら……魔王と戦うには武器や防具だけやなくて、薬とかも要るやろ? 必要経費や、必要経費!!」

「ふふふ……武光様、貴方もワルですねぇ」

「いえいえ……お代官様程では」


 巫女と男は互いの顔を見合わせ、にやりと笑った。


「じゃ、私急いで薬屋さんに行ってきます!!」


 そう言うと、この神殿の巫女……ナジミは、バタバタと慌ただしく部屋を出て行った。

 自分は、こんなに善良で親切な人達に強盗行為をしようとしたのか……イスミは己の愚行を悔い、誓った。もう一度やり直すのだ……と。

 イスミが涙を拭っていると、若い男……唐観武光が話しかけてきた。


「ところで、俺らは明日には魔王討伐に出発せなあかんねんけど、それまでにやらなあかん事があるねん、悪いんやけど、手伝ってくれへん? 何でか知らんけど、ヴァっさんもぇへんし……」

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