姫、訪問する
10-①
武光が国王ジョージ=アナザワルド3世に
《
魔王軍によるアナザワルド王国侵略という国難において、国王ジョージ=アナザワルド3世は老若男女や身分を問わず、魔王に挑む勇者を募った。
それにより、国王のもとに多くの戦士や武人が集まったものの、集まった者達の中には、下賜された
そこで国王は魔王討伐を志願した者に、監査武官を同行させる事にした。志願者達の行動は監査武官によって定期的に王都に報告され、逃亡や利敵行為を働いた者は即座に罪人として手配されるのである。
ダントは、妹の作った野菜のスープを一口、口に含んだ。
うまい……妹はアナザワルド城の敷地内にある練兵場の食堂で働いており、妹の作った野菜のスープは兵士達の間でも一番人気らしい。あと5日もすれば、妹の特製スープもしばらく味わえなくなる。ダントはスープを飲み込んだ。
「……あと5日で出発だね」
「……ああ、アスタトで勇者と合流してから出発する
「……兄さんが担当する事になった勇者様ってどんな方なの?」
「直接会った事はないんだが、アスタトの巫女が異世界から連れて来た《
「異界人……」
これから自分は生死を賭けた戦場に行くのだ……不安そうな妹の様子を見たダントは努めて明るく言った。
「大丈夫さ、私が担当する事になった勇者は、聞くところによると、あのミト姫様と剣術の手合わせをして圧勝した
「ミト様に!? まぁ……凄い!!」
「ああ、ボロ負けしたミト様が大泣きしながら
その時、誰かが部屋の玄関をノックした。
「おや? こんな時間に誰だろう?」
「私、見てくるね」
ナンテが椅子から立ち上がり、玄関のドアを開けると、そこには、フード付きマントを被った怪しげな人物が立っていた。ナンテは、目の前の怪しげな人物に恐る恐る声をかけた。
「あの……どちら様でしょう?」
「…………から」
「えっ?」
「……私、ボロ負けも大泣きもしてませんからっ!!」
謎の人物が被っていたフードを脱いだ。謎の人物の正体を見たダントとナンテは、
「「みっ……ミト姫様ーーーっ!?」」
「ご機嫌よう」
10-②
ダントは予想もしなかった来訪者に言葉を失った。
どうして姫様が
そこまで考えてハッとした。そうだ、こんな事をしている場合ではない!!
「ど、どうぞお入りください!!」
「ありがとう」
ダントはミトを部屋に招き入れ、椅子に座らせると、ナンテと共に
「いきなり押しかけてごめんなさい。どうぞ楽にしてください」
「は、ハイっ」
ダントとナンテは恐る恐る立ち上がった。
「……あら? 何だか美味しそうな香りがするわね?」
「妹の作ったスープでございます。食事中だったもので……」
「あら、それはごめんなさい。そうだ、良かったら私にもご馳走してくださらない? 夕食も食べずに城を抜け出してきたのでお腹がペコペコなんです。一緒に食事にしましょうよ?」
「い、いや……そんな
「……私の誘いを断るの? ……なーんちゃっ──」
「め、
「は、はいっ!!」
「……そこまで怖がらなくても」
食卓には、ナンテの作った野菜スープと、小さなパン、そしてカットされた果物が並べられた。
「も、申し訳ありません。我が家にはこのような粗末なものしか……」
「良いのです。さ、いただきましょう。ナンテさんのスープが冷めてしまいます」
「は、はあ……」
ダントは妹の作った野菜のスープを一口、口に含んだ。味がしねぇ……緊張して味がしねぇ。
そんなダントをよそに、ミトは見た事もないような優雅な所作でスプーンを口に運んでいる。
「ご馳走様でした。ナンテさんのスープ、とっても美味しかったですよ」
「あ、ありがとうございます!!」
「あの……ところで姫様、本日はどうして我が家などに……」
ダントはずっと気になっていた事を聞いた。ダントの問いに対し、ミトはダントに真剣な眼差しを向けた。
「ダント=バトリッチ、貴方、唐観武光に同行する事になったそうね」
「……はっ」
「……あの者には、怪しい動きがあります。なので……」
そこまで聞いて、ダントは思い至った。そうか、『唐観武光の監視を
「……監査武官に
「ぶはぁっ!?」
思いもよらないミトの言葉に、ダントは思わずむせた。この姫はいきなり何を言い出すのか!?
「な、何をおっしゃるのです!? 私は戦場に行くのですよ!? 国王様がお許しになるはずが──」
「あー、あー、聞こえませーん!! 逆らったら処刑するわよ」
「しょ、処刑!? し、しかし姫様がいなくなったりしたら大騒ぎに……」
「そうね……ナンテさん?」
「えっ? わ、私ですか?」
「
「ぶはぁっ!?」
思いもよらないミトの言葉に、ナンテは思わずむせた。この姫はいきなり何を言い出すのか!?
「な、何をおっしゃるのです!? そ、そんなの……む、ムリです!!」
「逆らったら処刑するわよ」
「しょ、処刑!?」
「安心なさい、これは完璧な作戦です」
ダントとナンテは思わず顔を見合わせた。と、いうか引いた。
何が完璧なものか、正直言ってこんな
「な、何故です!? 姫様自ら行かれなくとも唐観武光の監視ならばこの私が
それを聞いたミトは首を左右に振ったあと、大きな
「何にも分かっていないのね……どうして私自ら行かなくてはならないのか」
「こ……恋ですか?」
「ぶはぁっ!?」
思いもよらないナンテの言葉に、ミトは思わずむせた。この娘はいきなり何を言い出すのか!?
……確かに、あの異界人が城を去ってからというもの、頭の中はあの男の事で一杯だった。父や兄以外で王家の姫である自分に向かって、物怖じせずにズケズケと物を言い、盛大に恥をかかされた……悔しいはずなのに、何故か憎しみや怒りは感じない。でも、断じてこの不思議な感覚は恋などでは無い…………はずだ。
ミトは、
「ちちち、違います!! 断じて違いますから!! あの男は、この私をそう……ほんの、ほんの少ーーーーーーーーーーーーーーーーしだけ苦戦させる程の剣の使い手なのです。並の監査武官など、あの男がその気になれば、たやすく消されてしまうのですっ!!」
ミトが両手でテーブルをバンバンと叩く。
「は、はぁ……」
「監視の目が無くなったら、あの男は何をしでかすか……だから、いざという時にあの男を仕留められる私が行くのです!! あくまで国の為に!!」
「し、しかし……」
「と、言うわけで……アナザワルド王国第三王女、ミト=アナザワルドの名において命じます。ダント=バトリッチ、貴方は私に監査武官の仕事を教える事!! そして、ナンテ=バトリッチ、貴女は私の影武者を務める為に私から、王族の言葉使いを学ぶ事……良いわね?」
二人の兄妹は『ハイ』としか言えなかった。断ったりしたら本当に処刑されてしまうかもしれない。何しろ相手はあの、ジョージ=アナザワルド3世の姫君なのだ。
……二人は思った。
「とんだとばっちりだ!!」
「なんてとばっちりなの!?」
……と。
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