巫女、嘔吐(えず)く


 5-①


 ナジミの放った、『帰れません』発言に、武光は激しく当惑した。


「いや……帰られへんって何でやねん!? 来た時みたいに空中に穴開けたらええやんけ!!」


 ナジミは半泣きで答えた。


「ご、ごめんなさいぃぃぃっ、《異界渡りの秘法》は世界の壁に穴を開けて世界と世界を繋ぐ秘法中の秘法、行うにはアナザワルド王国各地にまつられている神様達からのお許しと、神々の御力おちからを分けて頂かなくてはなりません……貴方に名前を書いて頂いたあの紙は、異界渡りの秘法を行う許可証のようなもので……あれが最後の一枚だったんです」

「えっ、ちょっと待って。じゃあ、もし仮に俺がその魔王とやらをシバいたとして、どうやって俺を元の世界に帰すつもりやったん?」

「ま……魔王を倒して平和になりさえすれば、各地の神様のもとを回ってお許しをもらうなんて鼻歌まじりの行楽気分でもイケると思ったんですぅぅぅ」

「お、お前なぁ……!!」

「ほ、本当に……ひっく……ご、ごめ…………ぅおえええええ!?」

「ぅおい!?」


 あー、この子緊張とかプレッシャーとかにめちゃくちゃ弱いタイプやなー。などと思いながらも、怒る気力がすっかり萎え果ててしまった武光は、罪悪感やらプレッシャーやら、いろんなものが溢れすぎて、過呼吸で嘔吐えずきまくっているナジミをベッドに座らせ、背中をさすってやった。


「……大丈夫か自分? 水か何か持って来よか?」

「す、すみません。ありがとうございます……」


 ナジミの様子が落ち着いたのを見て、武光はナジミに話しかけた。


「……とにかく、その元の世界に戻る為の術を使うには、各地の神さんに許可を貰って回らなあかんって事やねんな?」

「はい。でも……」


 ナジミは、壁に貼り付けてあったアナザワルド王国の地図を剥がして武光のもとへ持って来た。アナザワルド王国は、時計の文字盤のように、丸い形の島国で、本島の周りに幾つもの小さな島が点在している。

 この国は現在、突如として復活した古の魔王……《シン》の軍勢による侵略を受けており、既に国土の半分以上……時計の文字盤で言うところの、1時から8時に当たるエリアが既にシンの手に陥ちてしまっているらしい。


「……めちゃくちゃヤバイやん」

「はい……めちゃくちゃヤバイです。だから私は国王陛下からの命を受けて、異界へ渡る為の最後の許可証を使い、魔王を倒せる者を探しに貴方の世界に渡ったのです」

「ちなみに、その神様達が祀られている場所って……?」

「こことここと……」


 ナジミが地図に次々と印を付けてゆくのだが……その印を付けられた位置というのが、よりにもよってことごとく魔王軍の支配地域内だった。


「うっわぁ……マジか」

「はい……マジです。こ、こうなったら……」


 ナジミが勢いよくベッドから立ち上がった。


「……私一人の力で世界の壁に穴を開けて、異界渡りの秘法を行います!!」

「おいおい、大丈夫なんかそれ?」

「……私、全身の骨が砕けて脳みそ爆裂しちゃうかもしれませんけど、仕方ありません!!」

「うええっ!? ちょっやめ──」


 言うが早いか、ナジミは怪しげな呪文を唱えると右手の人差し指と中指を立てて、空間に縦に線を引くように、右手を上から下に降り降ろした。ナジミの手の動きに合わせるように、何もない空間に縦に切れ目が入る。


「開け……異界への扉!!」


 今度は、裂け目に向かってかざした両手を左右に開く。その動きに合わせて、裂け目が左右に広がった。


「くう………っ、た、武光様……い……今の内に……っ!! うああああ……っ!!」

「お、おう!!」


 武光が枕元の荷物を引っ掴んで、穴に飛び込む!!


「よ、良かった……これで……」


 ナジミは術を解除しようとしたが、穴の中に入ったはずの武光が、10秒もしない内に悲鳴をあげて穴から転がり出て来た。


「はあっ……はあっ……た、武光様!? な、何で戻ってきちゃったんですか!?」

「な、何でもヘチマもあるかい!! あの穴全然違うとこ繋がってたぞ!? 何か空が赤黒かったし、穴から出た瞬間、赤い目ぇした黒いゲルで出来た人型のバケモンに襲われるし……」

「す、すみません。やはり私の力だけでは……ほ、本当にごめんなさい!! うっ……うっ……ぅおえええええ!!」

「わーっ!? 嘔吐えずくな嘔吐えずくな、分かったから……な?」


“バァン!!”


 そうは言ったものの、何がどう分かったのが自分でも分からないまま武光がナジミの背中をさすっていると、部屋の扉が勢いよく開き、四人の子供達が入って来た。


「ナジミ様、お城からお迎えが来ましたー!!」

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る