第41話

 双刃が一刀に襲いかかる。本来なら瞬く間も無く斬り伏せられるはずのそれに、老人は本能的な危機感を覚え、初めてまともに攻撃を受け止めた。澄んだ音が夜と同化していく。刀身が軋む音を聞いて、老人は大きく後退した。

 だがそれにリドルはピッタリと追従していく。離されたのと同じだけの間合いを、一切のタイムラグ無く詰めていく。やがて後退は無意味と理解した老人は改めてリドルと打ち合い始めた。打ち合いになること自体が、老人にとっては最早異常なことである。いや、そもそも自分と戦ってこれだけ長い時間生きている相手がいるという時点で、全てが異常だったのだが。

 リドルは何も語らず、ひたすらに剣を打ち込んでいる。彼女が纏うのは純粋な殺気。何の魔術も、特殊な能力も用いていない。ただただ純粋に、相手を殺す最適解だけを求め続ける殺人機械。一撃一撃が必殺、一撃一撃が会心。人体の急所という急所を狙い尽くし攻め尽くす。次第に原始的な死の恐怖だけが、相手を支配していく。恐怖それは手足を絡み取り、動きを鈍らせ、本来出来るはずのことを出来なくしていく。最後に残るのは無力感。人は虎を殺すことは出来ても、虎になることは出来ない。生命として優れている相手に、生身で敵うはずが無いという、老人にとっては消え去っていたはずの常識が、殻を破って顔を出す。


「ひっ、あ、うわあああああああッ!!!! 」


 人が恐怖に囚われ、何も解決策が無くなった時に出来るのは、無様に悲鳴を上げることだけだ。それでもまだ刀から手を離さず、襲い来る剣に対応しきっているのは称賛していい。じわじわと人や吸血鬼という概念を斬る感覚を忘れていく中でそれが出来るのは、確かに老人が研鑽を積み上げてきたという証拠だからだ。

 ……そんな称賛は、何の気休めにもならないだろうが。


 狂乱した老人の刃が、奇跡的にリドルの肩を掠めた。血が吹き出て、すぐに止まる。もはや老人の殺意はリドルの命に届かない。神に与えられた奇跡の肉体に、傷痕1つ作ることが出来ない。

 凶刃が老人の頭を裂こうと振るわれる。抵抗の余地の無い老人は、だらりと腕を落とし、それを受け入れようとした。


「そこまでだ。もう、そいつは死んだも同然だ。これ以上は必要が無い」


 リドルの腕を、アークが掴んで止める。老人は攻撃を受けるまでもなく気力が萎えきり、地面に倒れた。

 しかし、リドルは止まらなかった。殺意の化身。それはリドルが永い時を殺人のみに費やしてきた結果、完全に感情と、愛する者を殺すだけの機械になった時と同じ状態だ。この状態のリドルと、アークはかつて三日三晩殺し合った。ぞぶりと嫌な音を立てて、双剣がアークの胸に突き立てられる。骨をへし折り心臓を破壊し生命を停止させる刃。アークはそれを甘んじて受けた。先程の老人の攻撃に勝る痛みが全身を駆け抜け、思考力を奪い去ろうとする。だがアークは血反吐を吐きながら耐えきった。


「お前に私が殺せないのはお前が一番良く知っているはずだ。お前は愛する者に対して、本当の意味で冷酷になりきれない。人を殺すにはそれで十分だった。だが吸血鬼を殺すには、お前は人間的でありすぎた。1000年前も同じ話をしたはずだが、忘れたか」


 アークの言葉は1つ1つが暗示の魔力を持っている。戦闘時アークに語らせれば語らせるほど、戦況はアークに有利になっていく。だがそんなことは関係無く、リドルは剣を手から離した。


「1000年前からずっとアナタを愛してると言っているのに、未だに返事が無いんだから、そんな戯言覚えてあげてるわけないでしょ」


「正気に戻ったなら剣を消してくれないか……」


「あら、正気だからこそ消してないのだけど」


「まったく、お前の前だとどうにも格好がつかんな」


 結局アークは自力で剣を抜き、殺人犯を改めて強力な暗示で眠らせてから、自警団の詰所に報告に戻るのだった。

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