血と永遠

まつこ

第1話

 薄暗く、広い洞窟。普段一切他者の干渉を受け付けないこの場所に、しかしこの日は月明かりだけが進入を許されていた。その光が、洞窟の主と、彼のモノの足元にある財宝を照らしている。財宝は月明かりを反射し、洞窟の中を更に明るくしている。

――――――そんな財宝を、無作為に踏みしめる者が一人、愚かにもやってきた。主は体を起こす。自身の体から精製されるそれらは、主にとって大切なものだ、無粋に踏まれたとなれば、怒るのが当然である。そして主はある理由によって、ただでさえ気が立っていた。

 主の体は巨大だ。直立すれば、20メートルはあろうかというこの洞窟の天井に頭がつきそうになる。主の縦長の瞳孔が開かれ、招かれざる客人の姿を完璧に捉えた。月の光を思わせる白い髪、ルビーを溶かし、流し込んだかのような、真紅の瞳。今まで作り出したどの財宝より美しい姿に、主は、『竜』は一瞬、目を奪われた。

 だがその一瞬は本当に瞬きの間。即座に竜は不敬なる侵入者に攻撃を加えようと、自らの肺にある発熱器官を作動させた。これより竜が吐き出すは灼熱の炎。岩を融かし、鋼を焼き、一切の生命の存続を許さない、滅びの力だ。

 竜はほとんど無造作にその一撃を放った。財宝が新たな光源によって、侵入者の瞳もかくやという程に赤く照らされていく。侵入者の命は、あえなく散った。そう、竜は確信してしまった。

 この世には4つの知性を持つ生命体がいる。人、竜、神、そして吸血鬼だ。吸血鬼は人を糧にしなければ生きられない。それ故竜や神、時には人にさえ侮られることがある。この竜もまた、そうだった。目前の侵入者は吸血鬼だ。だが、人であろうが吸血鬼であろうが、あるいは神であろうとも、自身の力は通用すると、この身一つで滅ぼせると慢心していた、驕っていた。無理も無い、6000年もの長きに渡り、この竜を脅かす者は誰一人としていなかったのだから。だがそんな生命にも、いつか滅びは訪れる。


「油断したな、この老竜めが」


 炎の中から、そんな声がした。竜は驚愕し、一時、炎を弱めた。それが致命的だった。


「その隙、貰ったぞ?」


 竜の首に小さな違和感。それを取り除く前に、竜は呼吸が出来なくなっていた。

 6000年を生きた巨大で強大な生命が財宝の上に倒れ伏す。その質量によって、地面が軽く揺れた。

 長きを生きた命の終焉は、あまりにも呆気ないものだった。


「如何なる炎にも焼かれぬ火鼠の皮衣。入手には難儀したが、竜の炎にも効果はあったようだな」


 竜の死体を見据えながら、侵入者である美しき吸血鬼は己が纏っていた衣を検分した。炎に焼かれた痕はどこにも残っていない。火鼠の皮衣は貴重な魔道具だ、上半身に羽織るだけで、着用者の全身を炎から守護する。


「オイオイ、ゴ主人、オレハコノ通リ焦ゲチマッタゼ」


 効果に満足げな表情を浮かべていた吸血鬼の足元から、そんな声がした。見れば、そこには可愛らしい少女の姿をしながら、右手に血塗れの肉切り包丁を持ったおぞましい人形が立っていた。可哀想に、髪の先やスカートの裾が焦げてしまっている。


「お前まで手が回らなかった。別にいいだろう、燃え尽きていないなら修理出来る」


「ケッ、人形使イの荒イゴ主人ダゼ、最悪ナヤツニ作ラレチマッタ」


人形はそう悪態を吐いてから活動を停止した、厳密には吸血鬼が魔力の供給を切って無理矢理黙らせただけなのだが。吸血鬼の指には数本の銀色の糸がある。それでこの人形を操り、竜の首を斬ったのだ。この吸血鬼は世にも珍しい、達人級のドールマスターなのである。


「さて、気を取り直して、戦利品を回収するか」


 吸血鬼は手近な財宝を両手一杯に拾い上げ、月光によってかろうじて出来ている自身の影の上に落とした。不思議なことに、それらは影の中に音も無く吸い込まれていく。吸血鬼の使う魔術によるものだ。

 洞窟の中にある財宝を全て回収するのには、それなりに時間がかかったが、それでも夜明けまでには終わった。竜の死体も回収して、最後に洞窟全体を見回っていた、その時。


「ふむ、これは……なるほど、普通の竜なら、立ち去るよう警告くらいはするものだ、問答無用に攻撃してきたのはこれが原因か。全く、問答無用に攻撃するつもりだったのはこちらだったというのにな」


 吸血鬼の目の前には巨大な卵があった。現代の世で最大とされるダチョウの卵さえ比べ物にならない大きさだ。

 竜には雌雄が無い。いや、なくはないが、長い時を生きるモノは往々にして性別が曖昧になる。竜は特にそれが顕著で、雌雄など関係なく、自分の分身である卵を作り出す。これを生み出した先程の竜は、出産直後で気が立っていた母親だったというわけだ。


「竜を育てた吸血鬼、というのはまだ聞いたことがなかったな、私の研究のためにも、それは有意義な挑戦だ」


 吸血鬼はそれも影の中に収納し、洞窟の外へ悠々と歩き出した。今宵は満月。一仕事を終えた吸血鬼は多少の喉の渇きを覚えていた。

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