利用するだけしてくれよ

【有限戦争】中は対戦中の色の邪魔にならないよう、講堂かそれぞれの待機場所のいずれかに滞在する事が義務付けられている。仕方なく北斗は【セイトカイ】対【ウキコボレ】の対戦が中継されているモニターを眺める【オチコボレ】の面々からわずかに距離を取った。教室の後ろ半分を覆い尽くしている机に腰掛け、北斗は声のボリュームを押さえながら「それで話って?」と問い掛けた。

「……比与森の事だ」

 そう言えばと思い出してみる。1年前軽音部で起きた暴力事件について語った後、芥答院けとういんは北斗に対して何かを言い掛けていた。それはその後姿を見せた響によってさえぎられてしまったが。

「俺はお前と……比与森に謝らなければいけない事がある」

 一体何の事だろうかと頭上に疑問符を浮かべていれば、芥答院は深々と頭を下げた後、今にも消え入りそうな声でポツリと呟いた。

「俺はあの日、あの場所に居合わせた」

 あの日、あの場所。そして北斗と比与森に謝らなければいけない事。それらの言葉を繋ぎ合わせれば、彼が言わんとしている事が何なのかはすぐに理解出来た。

「比与森と響の事はよく知っていた。派手な奴等だったし、入学してから何かと問題を起こす馬鹿連中だと認知はしていた」

 馬鹿連中。その言葉に北斗は苦笑いを零した。返す言葉もない、ぐうの音も出ないとはこの事だ。

 北斗に促され、僅かに顔を上げた芥答院は自らを責め立てるように手首を強く握り締めていた。

「歓楽街の薄暗い路地を通りがかった時、複数の男が集まって何かをいたぶっているのが見えた。響の他にガラの悪い男達が必死に抵抗して逃げようとする女を押さえ、殴る蹴るの暴行を繰り返していた。……それが比与森だった。

 どうしていいか分からず、俺は立ち止まった。助けに入るべきか、警察を呼ぶべきか。……その二択は真っ先に思い浮かんだのに、行動を起こす事が出来なかった。目の前の光景が恐ろしくて立ち竦んでしまった」

 小刻みに震える手を押さえ、芥答院は再び俯いてしまった。

「必死に逃げようと抵抗していた比与森とそこで目が合った。“助けて”とか細い声で手を伸ばされたのに、俺はその手を取ってやれなかった。

 ……他にも人は居た。だが、誰もが見て見ぬ振りをして通り過ぎて行った。……だから俺も、逃げたんだ」

 比与森が暴力事件を受けた事、響が退学処分、北斗が三か月の停学処分を言い渡されたと聞くのはその後だったと芥答院は語った。

「正直、俺はお前が嫌いだ。騒がしい上に馬鹿で無鉄砲に動く考えなしとは口すら聞きたくないと思っている」

「えっ、ここまで真剣に聞いてたのに急に俺の悪口言うじゃん……」

 分かりきってた事だろと芥答院はすかした様子で呟いた。

「……だが、さっきの話を聞けば変わった」

 ゆっくりと顔を上げた芥答院の目はしっかりと北斗を捉えていた。思えば彼と初めて目が合ったかもしれない。

「お前も畑山も、俺に出来ない事をした。俺には比与森を助ける事も、響を一発殴り飛ばす度胸もなかった。

 ……急に自分が情けなくなったから、俺はお前に謝る事で赦された気になろうとしたんだろうな」

 全く馬鹿げていると芥答院は自嘲げに笑った。芥答院があの時助けてさえいれば、比与森の心が壊れてしまう事はなかったかもしれない。だが彼の行動を責める気にはなれなかった。誰かを助けるという行動には必ず勇気と犠牲が伴う。自分の身を守り逃げ出す事だって、一種の選択だ。比与森を助けた結果、彼が傷付けられる可能性だって充分あり得たのだから。

「そっか……。でも一ついちゃもんつけていい? その話、俺じゃなくて比与森に言わなきゃ駄目だろ」

 そう言って北斗は有馬と作戦を構築していた比与森に声を掛け、手招きをした。「珍しい組み合わせだな」と驚きながら歩み寄って来た彼女に芥答院は渋面を浮かべた

「おい、黒瀧弟」

「大丈夫だって」

 どんな反応をされるか不安なのだろう。頻りに視線をさ迷わせる芥答院をジィッと見つめた後、比与森は「モジモジしてどうした」と首を傾げ、ハッと閃いたように目を見開いた。

「芥答院、便所は我慢しない方がいいぜ。膀胱炎は辛いってうちの爺ちゃんが……」

「誤解を与えたなら申し訳ないが、そういうのじゃない。あとお前のお爺さんの話は今どうでもいい」

 えー、じゃあ何モジモジしてんだよと顔を顰めながら急かした比与森に、芥答院は綺麗に体を折り畳み、お手本のようなお辞儀をした。急に頭を下げ、すまなかったと謝罪を述べる芥答院に、当然身に覚えのない比与森は混乱した様子で彼と北斗を見比べた。

「あの日、俺は逃げた。助けを求められていたにも関わらず、見て見ぬ振りをした。

 謝って済む問題だとは思っていないが、こうしなければ俺の気が済まない」

 助けを求めた、と呟いた後に首を左右に倒しながらうんうんと唸り出した比与森に、北斗と顔を上げた芥答院の視線が集中した。

「悪ぃ、よく覚えてねぇわ。その……とにかく必死だったからさ。手当たり次第に助けてくれって、言ってたのかも」

 ゆっくりと比与森の視線が下がっていった。また嫌な事を思い出してしまったかと申し訳なさそうに眉を下げた2人に、比与森はパッといつも通りの笑みを浮かべながら開口した。

「んな気にすんなよ。過去には戻れねぇんだ、くよくよ悩んでも仕方ねぇだろ?」

「だが……」

 それでも自分自身が赦せないのか、腑に落ちない様子のまま首を振ろうとしなかった芥答院を見上げ、比与森は彼の隣に回った後、その背を勢いよくひっ叩いた。本当に人間の手が当たったのかと考えてしまう程、巨大な音が鳴った。その音には他のメンバーも驚いたように振り向いて、やがて背中を押さえながら蹲る芥答院に「先輩何かしたんですか」「痛そー」とそれぞれ哀れみの言葉を掛けていた。

「比与森……急に何を」

「それでチャラにしてやるよ。次謝ってみろ、今度はケツが4つに割れるぜ」

 悪役のようにニィッと口角を吊り上げながら有馬の隣に戻って行った比与森は、貞原・飛影・有馬の1年生3人組に何があったのかと質問攻めにされ「いやぁ、実は芥答院の背中にでっけぇ虫がな」と下手くそな言い訳をしていた。

「たっく……所々下品な奴だな」

「でもいい奴だろ、比与森」

 どうして助けてくれなかったのかと責めてもいい位、彼女は辛い経験をしたというのにそれをしない。かなりの時間を掛けてトラウマを克服し、前を向いて歩き出している。勇敢で優しい友人の比与森は北斗の誇りだった。

「そうだな。比与森も……北斗もな」

「そうそう、比与森も俺も……」

 そこでしばしフリーズ。固まったパソコンのように頭の中が真っ白になって、ようやく処理が再開された時、北斗は何食わぬ顔で【オチコボレ】の輪に戻った芥答院を追い掛けた。

「えっ、ねぇ今名前で呼んだ!?」

「うるさい。黙れ黒瀧弟」

 何で元に戻っちゃうかな、黒宮といい素直じゃないと騒ぎ立てながら北斗は食い気味に「じゃあ俺も芥答院って呼ぶ」と声を上げた。てっきり馴れ馴れしいだのと理由を付けて断られるかと思いきや「勝手にしろ」と彼らしくない返答がポツリと聞こえた。


「それで、今はどっちが優勢?」

 芥答院・比与森と話を終えた後、北斗は湊斗へ戦況について質問した。映像には【ウキコボレ】KING・青沼を探しているのか、眩いネオン街を背景に【セイトカイ】のメンバーがあちこちを走り回っている様子が映し出されていた。

「【ウキコボレ】の方が劣勢だな。最初の滑り出しこそ良かったが、お得意の姑息な手はまんまと【セイトカイ】に封じられている。一番大きいのはKINGとQUEENで連携が出来ていない事だろうな」

 モニターからは青龍寺が青沼に対してひたすら指示を出している声が聞こえていたが、彼がそれに答えている様子はない。

「青沼くん……」

 大丈夫かな。不安の声を上げた後、北斗は祈るようにモニターの映像へ目を凝らした。


「ずっと貴方の事呼んでるみたいだけど、お返事しなくていいのかしら」

 サーベルを片手に姿を現した金敷とインカムからずっと聞こえる青龍寺の声。それらに意識を向けた後、青沼はやんわりと首を振った。

「雪親ちゃんは優秀よ。どんな手段を使ってでも勝とうとする意地汚さと見た目だけ高く作った脆い自尊心以外は評価できる。

 当然、気分は良くないけれど勝てる可能性は充分ある。……龍悟ちゃんが従いさえすれば」

 金敷の言葉に青沼は目を細めた。若干苛立っているようにも見える。

「人の事を意地汚いとか、脆いとか言うあんたの方が俺は気に入らない」

 はぁっと溜め息を吐き出し、金敷は肩を竦めた。海外映画のように大きすぎるくらいのリアクションだ。

「いつの時代も争いが起きる原因はこれよね。

 ……お互いに分かり合えなかった時」

 ヒュン、と風を切る音が聞こえた。バッドを思いっきり振ったように重い一撃。青沼の顔面を目掛け、針のように迫ったサーベルを咄嗟に躱した青沼の右頬が僅かに切れた。すぐさま距離を取った青沼を追うように、金敷が振り被った一撃を青沼の槍が受け止めた。

「反応は鈍くない。脳に中身だって詰まってる。……ただ、戦う意思がない。お友達の赤星ちゃんと同じで特定の誰かと連携したくないから……なんてぬかさないわよね」

 押して引く、勝負の付かない鍔迫り合いを飽きたと放棄するように、金敷の突き出した膝が青沼の手に当たった。下から押し上げるようにぶつかった膝によって槍が宙に投げ出される。

 青沼がそれに気を取られている内にと弾丸のようなスピードで彼の間合いに入った金敷に、青沼の反応は早かった。踵を掴み直した青沼は刃先を金敷に向けた。彼を貫くように迫った槍は見事、金敷の肩を掠めた。じわっと血が滲んだ傷口を一瞥し、金敷は「私に傷を負わせたの、貴方が初めてだわ」と青沼の槍の柄を払いのけながら告げた。

「俺には戦う理由がない。北斗みたいにどっちが正しいかって悩む事も、赤星みたいに異端者は悪くないって断言する事も。金敷や銀塔みたいに殺すべきだって判断も出来ない」

「せめて先輩を付けなさい、龍悟ちゃん。一応上級生よ」

 金敷の指摘に青沼はパッと左手で口を押さえ「よ、呼び捨てにしないよう頑張る」と頷いた。

「それに、雪ちゃんのやり方は……」

「青沼!」

 何かを言い掛けたところで噂をすれば何とやら。カツカツとヒールの音を奏でながら近づいて来た青龍寺に青沼は槍を下ろし、振り向いた。

「雪ちゃん、あのな俺」

 近付くや否や、青龍寺は青沼のネクタイを思いっきり自分の方へと引っ張った。まるで飼い犬の首に繋いだリードを引き、制御しているような絵面だった。青龍寺に目線を合わせるような形で屈む形となった青沼に、青龍寺は「どういうつもり」と問い詰めた。

「作戦の内容を忘れたの? ……そんな訳ないわよね、本番の2週間前から何回も何回もやらせて来た。練習で出来ている事がどうして本番で出来ないの!? 技術もある、才能もある。なのにやらないのは私への侮辱だわ」

「雪ちゃん、俺は……」

 青沼に発言させる隙も作らぬまま、青龍寺は畳みかけるように怒りをぶつけた。

「青沼、貴方以外は作戦通りに行動出来てる。けど貴方だけが指示通りに動かないせいで、前回もそして今回も形勢を逆転されてる」

「雪ちゃんは、どうしてそこまでして勝ちたいんだ」

 決まってるわよと噛み付く勢いで青龍寺は叱責した。

「異端者を弾圧する、それ以外に理由はない。青龍寺のため、業績のため、そして私自身のためよ!」

 ハッキリと自らの戦う理由と目的を怒りの感情に乗せながら主張した青龍寺の怒りはいつの間にか沸点に達していた。青沼の顔を覗き込み、睨み上げるその瞳には勝利への執着に加えて、どす黒い何かが蛇のようにとぐろを巻きながら居座っていた。

「能力も才能も何もかもが私より劣っている貴方には、白村の言う通りお飾りのKINGがお似合いだわ! 今の貴方は私にとって邪魔者! これ以上私の邪魔をしないで!」


『分からないの? ……あんたは邪魔なの。私の人生に必要ないゴミ同然。

 ……私のためだと言うなら、さっさと死んでくれないかしら』


 頭が痛んだ。釘を刺すような痛みに合わせ、脳に集中した血管がドクドクと脈打っているのが分かる。えぐるような鈍痛は降下し、右目に襲い掛かった。その痛みには覚えがある。思い出しただけで冷や汗が全身を伝い、呼吸が乱れた。

 眼帯越しに右目を覆い、俯いてしまった青沼に異変を感じたのか青龍寺が「聞いてるの、青沼」と彼の体を揺さぶろうと手を伸ばした瞬間。乾いた音を立ててそれは弾かれた。

「ちょっと、いきなり」

「雪ちゃんは……結姉ちゃんとは違う」

 結姉ちゃん。突然出て来たその呼称には青龍寺だけでなく、金敷も小首を捻っていた。

「一緒だと思ってた。でも違う。お前はあいつと同じだ」

 青沼の言う“あいつ”が誰なのか、青龍寺には知る由もなかった。だが、青沼の向ける目を見れば分かる。怒りや憎しみ、哀愁といった感情を混ぜ合わせた深淵のように暗い表情。

 自分にとって好ましくない人物と一緒くたにする事が火に油を注ぐと分かっていても、受けた嫌悪感を呑み込まず青沼はその場に吐き捨てた。

「内輪もめしてるところ悪いけど、もういいかしら。私待たされるのって嫌いなのよ」

 2人の言い合いを傍観していた金敷が痺れを切らしたようにサーベルを動かした。間を裂くように突き出された剣先に青龍寺が咄嗟に半歩退いた瞬間。たった一瞬の隙を狙っていたかのように、金敷の握るサーベルは軌道が変わった。

 素早く手首を動かし、武器を持ち替えた金敷は勢いのまま青沼の腹部を貫いた。腹部から内臓へ。そして背中まで達した刃物を金敷が抜き取れば、傷口から血が滴り落ちた。

「一番足を引っ張っているのは、本当に龍悟ちゃんなのかしら。

 ……私から見れば雪親ちゃんが勝利の障害になっているように思える」

 キッと青龍寺の目が金敷を睨み付けた。歯を食いしばり、彼女の長い髪は威嚇をする獣の毛のように逆立っている。

「好き勝手言ってくれるじゃない。私が勝利の障害? 馬鹿言わないで、それは青沼の方よ。私は勝てる手段を選んでる。どんなに姑息だろうとね」

「そうね、でもどれだけ努力したって貴方はQUEEN。……KINGにはなれないのよ」

 金敷のサーベルが青沼に伸びた。とどめを刺すように首筋に当てられた刃が容赦なく切り付けられ、鮮血が迸った瞬間。その時もう既に勝負はついていた。

「【ウキコボレ】KING・青沼龍悟、戦闘不能チェックメイト。よって勝者【セイトカイ

 淡々とした理事長のアナウンスを聞いてすぐ、金敷は踵を返し講堂の方向へ歩き出した。風景が元の学園に戻っていく中、金敷は合流した【セイトカイ】のアズサや龍之介を始めとしたメンバー達と労いの言葉を掛け合っていた。

 これで二連勝。未だ負けなしの最高色・【セイトカイ】の実力に青沼が呆気に取られていれば、ふてぶてしい表情をした青龍寺と目が合った。フンと鼻を鳴らし、声を掛ける事なく歩き去ってしまった青龍寺を呼び止めようと、青沼が一歩を踏み出した瞬間だった。真横から伸びて来た手が荒々しく彼の襟元を掴み上げ、そのまま力任せに彼を壁際へ押し付けた。ゴンと痛々しい音を立てて激突した後頭部を守るように擦りながら、青沼の隻眼が相手を睨み付ける。

「手を払った上、“お前”だなんて呼ぶのは雪親ちゃんへの侮辱だ。今すぐ謝れ」

 眉の上で切り揃えられた空色の髪に月のような色をした三白眼。身長は180センチ後半代と銀塔ほどではないが、高身長の部類に入る青沼より小さいくらいで、そこそこ筋肉の付いた平均的な体格をしていた。【ウキコボレ】BISHOP・氷暮ひぐれ嶺乃だ。学園改革前から彼女と常日頃行動を共にしているのを何度か目にした事がある。関係性は分からないものの、自分の身近な人物をぞんざいに扱われた事が気に食わなかったのだろう。敵意を剥き出しにする氷暮の主張は分かるものの、彼の命令口調が気に食わなかった青沼は冷静さを欠き、それに食って掛かった。

「……年長者に、女の子にするべき態度じゃなかった事は謝る。

 でも、雪ちゃんは神様じゃない。……雪ちゃんにも非があった事は責めないのか」

「雪親ちゃんはいつだって正しい。……何も知らないお前が雪親ちゃんを語るな!」

 青沼がふぅっと息を吐き出した。そこには疲労だとか恐怖なんて感情はなく、単純な呆れ。それに尽きた。不機嫌そうに威嚇を続ける獣のように獲物から目を離さない氷暮を引き剥がした人物に、彼は「何すんだよ、離せ」と声を荒げた。

 ウニのようにツンツンと飛び跳ねた花色の髪にナイフのように吊り上がった赤色の瞳。身長は氷暮より高く、日頃から鍛えているのか逞しい肉体が制服越しからでも窺えた。【ウキコボレ】NIGHT・海原明十だ。彼も氷暮と同じように、青龍寺と行動を共にしていた。男2人を先頭に、3歩後ろを歩く姿はさながら女王の凱旋パレードそのものだった。最も、高飛車な彼女には相応しいと言えよう。

「雪親、こいつは駄目だ。戦力になりゃしねぇ」

 氷暮の首根っこを掴み上げ、青沼から完全に引き剥がした海原は吐き捨てるようにそう告げた。海原の言葉に対し、青龍寺は意地の悪い笑みを浮かべながら「分かりきっていた事でしょう」と答えた。

「KINGが使い物にならないから、わざわざQUEENの私が……この青龍寺雪親が作戦を練って指示を出しているんじゃない。私のやり方が気に食わないのなら、無理に従わなくて結構。その代わり、無駄な事はせずに【有限戦争】の間はネズミのようにこそこそ隠れているか、かかしのように突っ立っていてくれるかしら?」

 つまりは邪魔者。自分は堂々と王座に座っているだけ、政策や軍事全ての指示を出しているのは女王。凪紗の言う通り、自分が負飾りのKINGである事実を突きつけられたというのに、青沼の内に湧いて来る感情は何一つとしてなかった。嗚呼そうか、やっぱりそうだよななんて妙な納得と共に青龍寺の言葉はストンと胸に落ちた。

「……2人は雪ちゃんの友達か?」

 青沼の変化球とも呼べる質問に青龍寺は眉を顰めながらも、すぐに「そんなんじゃないわ」とかぶりを振った。

「嶺乃は青龍寺グループの社長秘書を代々務めている氷暮家の子供。明十も本社ビルや保管庫の警備を長年務めて来た子会社の子供よ。それ以上でも以下でもないわ」

 つまりは親同士の関わりで成り立った主従関係、というものだ。青龍寺グループは海外から輸入した食器を国内で販売している大手企業だ。自社オリジナルブランドも手掛けていた。高級ブランドという事もあり、なかなか庶民には馴染みもないが、市場では常にトップの売り上げを誇っていた。……数年前までは。

「私にはこんな場所でくすぶっている時間はないの。全ての異端者を弾圧して、青龍寺グループのために、私自身のために名声を上げる。……それだけよ」

 フイッと顔を背け、そのまま振り向く事なく歩き去ってしまった青龍寺と青沼を一瞥した後、海原と氷暮もそれに続くように歩き出した。

「……青龍寺」

 青沼の手はポケットに押し込まれたままのデバイスに伸びた。インターネットを開き、検索画面に“青龍寺グループ”と入力する。するとすぐにいくつかの記事が出て来た。


“海外工場が異端者の襲撃被害 青龍寺グループ倒産危機か?”

“青龍寺グループ株価暴落 約50年ぶりに西賀峰が市場1位に”

“新CM公開 長年青龍寺グループのCMに出演している青沼麗子が『美しすぎる』と話題に”

“青沼麗子効果か 青龍寺グループ売上回復も市場は未だ2位”


 青龍寺グループ、そして青沼麗子。その二つを目に焼き付けた後、青沼は目を背けるようにデバイスをポケットに押し戻し、その場から歩き出した。


「……赤星、今回の作戦は」

 続々と講堂に戻って来る【セイトカイ】と【ウキコボレ】メンバーを目で追いながら、花条は隣に座る赤星に疑問を投げた。スクリーンの映像を終始苛立った表情で見つめていた赤星の瞳が花条を映す。

「いつも通りに決まってんだろ」

 いつも通り。その言葉に花条は下唇を噛み締め、膝の上に置いたままの拳にズボンの布地をかき集めた。まるで山脈のように皺が寄る。いつになく真剣な表情を見せた花条は赤星に体を向けながら、口火を切った。

「赤星、事情があるのは分かる。ただ、だからってこんなやり方いつまでも続ける訳にはいかないだろ。

 無理に協力しろとは言わない。でも、獅子洲とか草薙くらいとはせめて連携を」

 ダンと大きな音が鳴った事で花条は口を噤んだ。赤星の握り締めた拳が椅子の手摺を強く叩き付けたからだった。

「事情があるのを察せるくらい馬鹿じゃねぇなら黙ってろよ。綺麗事しか言えねぇ口なら尚更」

 少しでも気を抜いたら刺し殺して来そうな殺気が彼の全身から漂っていた。恐怖で思わず声が震える。

「お前は……自分を過小評価し過ぎだ。前回の【有限戦争】だってまともにやり合っていれば【フウキイイン】に勝つ事だってあり得た。

 ……分かるか、お前にはそれだけの実力と才能があるんだよ。だから……」

「それをどう扱おうと俺の勝手だ。……いいから黙ってろ」

「黙らない! 頼むから……俺の話を聞いてくれ、赤星」

 赤星の右手を掴み取り、花条は祈るように俯きながら「頼む」と零した。

レットウセイ】と【ユウトウセイ】のメンバーに壇上に向かうよう理事長からのアナウンスが掛かった。続々と両チームのメンバーが立ち上がる中、赤星と花条だけは動き出す気配がない。

「自己犠牲で楽な方にばっか逃げないでくれよ。【有限戦争】でも、ほっちゃんの事だってそうだ。

 自分が居なければ全て上手く行くなんて、考えないで欲しい」

 赤星の目がゆっくりと見開いた。口に出しはしなかったものの、図星と言いたげな彼の表情に花条は手を離しながら立ち上がった。

「お前はKINGで、俺はNIGHTだ。俺達は皆、お前を守るための駒。俺や他のメンツが信じられないなら無理に頼る必要はない。だからせめて俺だけでも……利用するだけしてくれよ」

 そのまま壇上へ向かってしまった花条に、赤星は顔を俯かせ何かを呟いた後、ゆらりとその場に立ち上がった。

 対戦色【ユウトウセイ】KINGの凪紗は赤星の表情に思わず唾を呑んだ。髪の隙間から見えた彼の顔つきは前回とは似ても似つかない。本当に同一人物なのだろうかと疑ってしまった。

 面倒臭そうな顔でも、苛立った顔でもない。そこには何もなかった。

 まさに無の境地。試合前の選手のような面持ちに殺気すら感じた。

「ほう、今回は期待出来そうだな」

 壇上に飛び乗った赤星の表情を眺め、講堂の最前列で足を組み直しながら銀塔は不敵な笑みを零した。

「あら、リヒちゃん随分とご機嫌ね」

「そりゃあ機嫌も良くなるさ。今すぐ白村に代わって貰いたいくらいだ」

 やがてその日の最終戦であり、波乱を呼ぶ【レットウセイ】対【ユウトウセイ】の火蓋が切り落とされた。

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