ラブコメだけどぶっちゃけ恋愛とかないです

前田有機

第1話 プロローグ的な


 皆、一度は憧れただろう。現実では体験することのできない、未知の生物との限界状態での命のやり取り。仲間や友人たちとの甘く切ない青春物語。

 かく言う僕も憧れた。感動や興奮が湧いて溢れるそんな壮大で激しい人生に!

 駄菓子菓子! ………じゃねえや。だがしかし!

 現実は非情にして卑劣であり、そしてどこまでも現実なのである!

 夢見がちな恋する乙女かよ、と思う輩もいるだろう。しかし! 僕はそんな奴らにこそこう言ってやろう。


 …………ごめんなさい。思いつかなかったのでパスで。いや、ほんとすみません、締まらなくて。すみません、全部思いつきでした。勢いとノリで突っ走ってました。調子乗りました。ごめんなさいすいません堪忍してください。所詮、僕なんて現実に向き合うことができない陰キャなんです。妄想の中でしか生きられない憐れな生物なんですどうか大目に見てやってくださいそして養ってください。


 ────パキン。

 右手に持ったシャーペンの芯が折れた音が暴走する僕の妄想に終止符を打った。気付けば昼食を摂ってから四時間が過ぎていた。

 陽は傾いて、空が朱色に染まってきている。窓の向こうからは野球部の掛け声やその他運動部の生徒たちの話す声が響いてくる。

 そう、ここは高校。僕、日比谷照一が通うどこにでもあるなんの変哲もない高校だ。気分的にモノローグ的な語りをしてみたくなったので小説の序盤風に、自己紹介をしてみよう。


 僕の名は日比谷照一。私立天坂高校(しりつあまさかこうこう)の一年生だ。ぶっちゃけたところ見た目も学力も運動のセンスもこれといって秀でたものはない。いや、少なくとも容姿だけは。容姿だけは並より上であるはずだ。小綺麗な服装にメタルフレームの知的な眼鏡。それの似合うこれまた知的な顔。つまり、見た目は良いが中身は凡人。多少、無理はあるかもしれないが、これが僕なのだ。最近のラノベでありがちな九割凡人レベルなのに何か一つだけ周りよりも優れている、ラノベの主人公。これが、僕だ!

 そう、僕はラノベの主人公なのだ。ラノベの主人公と言えばそう! 可愛い女の子たちにモテモテェ。みんなからちやほやされ、あっちに手出しこっちに手出し………。

 そうだ。僕こそがこの世界にハーレムを築くマハラジャ!!

 僕万歳! 凡人万歳!!

 と、その時のことだった。

 ガタリと教室の後ろの扉の方で音がした。直後にキュッと内履きの床と擦れる音がしたから誰か来たのだろう。

 背筋を冷や汗がつつっと伝い落ちていく。確実に見られてしまった。

 妄想の最高潮に至り、自分のモノローグに合わせて万歳三唱する僕の姿を。

 誰だ。誰が見た。

 僕は固まった関節がギシギシ言うのを感じつつも上半身を捻り、背後に視線を向けた。(両手は万歳したままで)


 そこにいたのは校内で見かけたことのない少女………。転校生だろうか。

 髪は肩に僅かにかかる程度。制服もスカートから少しだけ太ももが覗くくらいの長さ。目は二重で、程よくふっくらとした体型。

 見た目は悪くない。うん、むしろ合格点を上げてもいぃ………じゃなくてだな。

 そんな僕の醜態を目の当たりにしてしまった名を知らぬ少女は、あからさまに引いた感じを身体で表現しながらも僕から視線を外さない。よし、目を合わせてみよう、あ、逸らされた。

 しかしながら、これは好機。

 正に読んで字の如くの一種の束の間。僕は机脇のカバンを持ち、早足で教室の前の扉から出る。

 けれども、そこで偶然とも言えそうな不幸が僕の額と自慢の眼鏡に襲いかかった。


「おぅっ……!」

 びっくりして変な声が喉奥から漏れ出る。思ったよりも衝撃は柔らかかったけれど、勢いが乗っていたことから割と痛かった。眼鏡の鼻に乗せる部分が目頭に刺さったのが一番痛い。目潰しされた時ってこれの何倍痛いんだろうか。

「お、日比谷か。悪いな、今帰りか?」

 ぶつかってから反射的に俯いた僕のほんの少し頭上から野太いオッさんの声が響いてくる。

「前方不注意でした、すません、山下先生」

 僕がぶつかった相手はうちの高校の生徒指導部、体育科を担当する山下丈伸(やましたたけのぶ)である。

「気を付けろよ?」

「ええ、まあ、っすね」

 はぁぁぁぁぁぁ、んだこの体育会系ガチムチ色黒角刈り野郎は!!!

 四十もそこそこのいいおっさんがカッコつけてんなよ? その気になれば僕だってお前なんかよりも女の子に人気出るんだからなぁ?

 僕はこの山下先生が嫌いなのだ。いや、この高校の彼が顧問を務める野球部の部員以外の男子生徒のほとんどは彼のことが嫌いだ。

 この筋肉ダルマ。奴は女子に声を掛けられればニヤニヤと気持ち悪い笑みを浮かべながら十分や二十分平気で駄弁る癖して、男子には無理難題を唐突に押し付けるなどをする。つまるところのクズなのだ。

 あまり関わりを持ちたくない。だからここは言葉少なにさっさと立ち去るのが正解だ。帰り際であることを有効活用させてもらおう!

「んじゃ、帰ります。先生、さようなら」

「おう、さようなら」

 よぅっしぃ!!! 僕はあっさりと山下の手を逃れられた幸運に限りない感謝を、神がいるなら送りたい。


 山下に背を向け僕は廊下の突き当たりの階段を目指す。僕のクラスの教室は二階に位置している。今いる廊下の突き当たりの階段を降り、左に行けば生徒玄関はすぐだ。

 さあ、帰るぞ。さっきと今は僕の日常でもなかなかないレベルの痴態ではあった。けどそんなのはもうどうでもいい。

 今日は! というか、今日もだけど。先週の日曜日に発売された新作のエロゲ (十八歳未満は購入してはいけません) をやるんだ。年齢制限? 関係あるかそんなもの。エロにそんなものを設けるなんて国と倫理委員会が間違っている。


「そうだ、おい、日比谷!」

 野太い声が歓喜に打ち震える僕を恐怖の震えに置き換えさせる。

 なぜだ。あなたはさっき帰りの挨拶までしたじゃないですか。

 論理的思考を阻害した肌の焼けた筋肉の方に足を止め振り返る。

「なんすか先生」

「お前さぁ、どうせこの後することないだろ?」

 うわぁ、何こいつすげえムカつくんですけどぉ? やることない? はぁ? ありますよ。僕は四条院ツカサちゃんと甘々で退廃的で爛れた日常をこれから送るんです。ほら、あるでしょう?

 とは流石に言えません。はい、正直に言…………

「課題があるんですが…」

「んなもんパパッと終わるだろ。それに三十分くらいで済む」

 ファ○キュー!! どうせそんなこったろーと思ったよ! 心の中でお前を小馬鹿にしようとした僕が馬鹿みたいだ!

「で、日比谷。お前にはその子に学校案内をしてやって欲しいんだ」

「「え?」」

 山下の前後から同じリアクションが飛び出した。

 脈絡なくね? あんた、何言ってんすか。いや、確かにその子結構見た目悪くないし? 僕は歓迎なんですけどね?

「え、ちょ、山下先生……」

「俺もあんま時間ねえんだわ。っつーわけで日比谷。今が十六時だから……三十分後に生徒指導室までこの子、連れてってやってくれ。この後すぐに会議あんだわ」

「いや、ちょっ………⁉︎」

 山下は返事もくれずプラプラと手を振りながら生徒指導室のある方へと歩いて行った。

 そうして取り残された僕と謎の美少女。彼女を見るとなんか、凄く微妙な表情された。クセになりそう。

 そうじゃない。さて、この降って湧いたラブコメ展開。現実にあり得るはずがないと思ってたこれに僕はどう対処すればいいんだろうか。

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ラブコメだけどぶっちゃけ恋愛とかないです 前田有機 @maedasan_

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