魔王城のふたり③ ~勇者との対決~
「アウロラを見守ってて気付いたんです、勇者って案外無事なんだなって」
「無事、とな」
縄は解いたものの、先生が興奮しないよう、麻痺の魔法をかけた状態でトマは寝転がっている。その先生はというと、吾輩のマントの中に入り、首だけを出しているという状況である。いっそ見なきゃ良いと思うのだが、同じ空間にいるとなると、まるっきり視界に入らない方が怖いらしい。
「だって、魔物の方から逃げて行くんですもん」
「あぁ、確かに」
「最初はアウロラにはそういう特別な力があるのかなって思ってたんですけど、じぃっと見ているうちに、思ったんですよね、あぁこれ、伝説の武器と防具があるからだって」
「成る程、着眼点は素晴らしいな」
「だけど、もちろん僕には襲いかかってくるわけでして」
「当然だ」
ていうか別に伝説の武器防具で判断してるわけじゃないはずだが。……ないはずだが?
「さすがに死んでしまったらアウロラに会えなくなっちゃうから、一度村に戻ることにしたんです。とりあえず身体を鍛えて、伝説のとまではいかなくても強い武器とか防具を装備すれば何とかなるかなって」
「なる……だろうか」
吾輩は、「レベルめっちゃ低いくせに超高級防具で固めた剣士がいたんすよ!」と笑いを必死に噛み殺しつつ報告してきた部下がいたことを思い出した。そりゃその部分は強いのだろうが、どんな鎧であっても、どうしてもカバーしきれない部分は確実にある。そいつは、そこをちょいと傷付けただけで、激痛のあまりショック死したのだという。どうやら鎧の下はレベル3程度だったらしい。
こちらでは完全に都市伝説レベルの笑い話だ。
「ウチ、貸金庫屋なんで、長期利用してる客の防具とか着てみたりとかしてたんですけど」
「お前それは良いのか」
「こないだ、勇者が伝説の武器防具を預けに来たんですよ。まさかアンリの野郎が勇者になるなんて。あいつより全然俺の方が強いのに!」
「むぅ」
少なくとも、客の荷物を漁るような男を勇者として指名する
「とりあえず、アンリが着替えてる隙に隣の金庫に入ってた『黄金の水瓶』でぶん殴って――」
「お前それも良いのか」
「武器と防具を奪ったんです。これさえ着てれば無敵なんですから!」
「よく拒絶反応が出なかったな」
「うーん、しばらくの間は身体が痺れたりとか、痒かったりとか、変な出来物が出来たりしたんですけど、我慢してたらイケました!」
「おぅ……」
さしもの伝説セットもコイツには根負けしたのであろう。うむ、この男相手によくぞ健闘した。コイツならば仕方あるまい。敵ながらあっぱれ。もう休め、伝説の武器防具よ。
「アウロラは絶対生きてると確信してました。魔王の城で俺を待っているはずだって」
吾輩の背中に微振動が伝わってくる。何事かと思ったが、それはどうやら先生が震えていただけだった。案ずるな、先生よ。吾輩がついておる。
「途中、勇者の仲間になりたいってヤツらがついて来たんですよ。まぁ、全員女だったし、華やかなのも良いかなーって思ったり……。あっ、アウロラ? 焼きもち焼いちゃった? 大丈夫だよハニー、俺の心はいつだって君だけだから。むふん」
「おぅ……」
背中をぎゅうとつねられた。何だ何だ。まったく痛くはないが。いや、これはつねっているのではないな。先生がしがみついているのだ。彼女は身体が小さいのでそう錯覚してしまったのだろう。落ち着け先生よ。もしもの時はこんなヤツなど一瞬で消し炭だ。
「でもさすがに魔王のところは危ないかなーって思って、勇者じゃないんだよねーってバラしてさ、そしたら案の定お別れですよ。まぁほんのちょっと残念な気持ちはありましたけど。一回くらいなら、って気持ちもありましたし」
「一回くらいなら? 何が一回くらいなのだ? ――おぅふ」
ばしん、と背中を叩かれた。どうやら聞いてはならないものらしい。わかったわかった。鱗を剥がすな。
「――で、現在に至る、というわけでして」
「成る程、わかった。色々わかった。わかった上で、だが――」
「はい」
「残念だが、お前の言う『アウロラ』はここから出る気はないらしい」
「そんな!」
「もし無理やりにでも、ということであれば、吾輩としても黙ってはおれん。伝説の武器防具も装備していることだし、勇者ということにしてお前を屠る」
「えぇっ! ちょっ……!」
「ただ、彼女を諦める、ということであれば、逃がしてやろう」
「ほんとですか!」
「ちょっと、魔王君?!!」
「先生よ、そろそろ鱗を剥がすのを止めてくれないか。しかも一箇所を集中して剥がしておるだろ。マントで隠せるとはいえ」
「あはは、わかる? いまね、ハートの形に剥がしてたの。かぁーわいいよぉー」
「何だそれは。まぁ、それは後でな。さて、どうする、トマよ。勇者として死ぬか、一般人として逃げるか」
ここ一番のキメ顔でそう告げると、トマは唯一動かせる首を何度も縦に振った。それは一体どっちの意思表示なのだ。
「にっ……逃げます! 逃がしてくださいっ! もっ、もう勇者なんて止めますから!」
「わかった。では……」
吾輩は先生をベッドの上に座らせると、「すぐ戻る」と言ってトマの元へ向かった。そして彼を片手で持ち上げ、ドアを開けて廊下へ降ろす。
「直に動けるようになる。歩けるようになったら、どこへでも行くが良い。二度とここへは来るな。良いな!」
顔を近付け、磨きあげた爪と牙を光らせてそう言うと、トマは「ひぃ!」と短く叫んだ。そして少しでも早くこの場から――というか吾輩の前からかもしれないが――立ち去りたいと見えて、首だけの動きでどうにか逃げられないかと必死である。さすがに無理だろ。
まぁ、ここまでびびらせておけば安心だろう。
そう思って部屋に戻り、施錠をした上で開かずの魔法をかけた。
「終わったぞ、先生」
ベッドの上の先生は腕を組んで不満気に頬を膨らませている。
「どうした」
「甘くない?」
「いや、食ってないからわからん」
「そうじゃなくて! アイツ絶対また来るし! 全然信用出来ないんだから!」
「むぅ、そんな案ずることはない」
「案ずるよ! こういうこと何回もあったんだからね! 父さんに叱られても、怒鳴られても、次の日にはケロッとした顔であたしの前に現れたんだからね!」
先生は真っ赤な顔で足をばたつかせている。
「まぁまぁ、落ち着け先生。吾輩は魔王だぞ? ちゃんと考えておるわ」
「魔王だからってね――むぃ」
なおもしゃべりたそうな先生の唇を指の先でちょいとつまむ。すまんが少し静かにしてもらわんと内線がかけられんのだ。
「うむ、吾輩だ。城内に勇者の偽物がおる。――そうだ、伝説の武器防具を装備しているが、あれは偽物だ。門番共にお前達の目は節穴か、と伝えておけ。それで、誰でも良いから即刻始末しろ」
受話器を置き、先生の口をつまんでいた指を離すと、彼女は「ぷはぁ」と息を吐き出した。
「あんね、いきなりはびっくりするから」
「むぅ、すまん。早目に手を打たんと、と少々焦ってしまった」
「良いけどさー。あぁ、でもこれで安心した」
「それは何よりだ先生。しかし……、一度確認せねばならんな」
「確認? 何を?」
「まず、部下共が勇者の顔をしっかり覚えているか、という点だ。伝説の武器防具のみで判断している可能性がある」
「確かに」
「それから、もうひとつ。トマに殴られたという勇者の安否だ」
「いる? そこの確認」
「当然だろう。もし死んでしまったのなら仕方がないが、生きているのであれば、トマから回収した伝説の武器防具を届けてやらねばならんしな」
「そこまでするべき?」
「今回ばかりは吾輩達に落ち度があるからな。勇者でも何でもないヤツを勇者として扱ってしまった、という。まぁせめてもの償い、というか。不戦勝とはいえ、せっかく方々駆けずり回って集めたのだろうし、サービスだ」
「変なところ優しいっていうか、律儀っていうか……。まぁ、良いけど」
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