魔王城のふたり② ~あの娘の名前~
「とりあえず、だ」
「……うん」
吾輩の足元には、麻縄でぐるぐる巻きにした状態で高いびきをかいている勇者がいる。
「知り合いで間違いないのだな?」
「うーん、認めたくないけど、一応ね」
「誰なんだ、こいつは」
「えーと、トマ」
「うん、それはもうわかった。名前はな。ついでに先生の名がアウロラということもな」
「うえー、バレちゃった。あんましその名前好きじゃないんだよなぁ」
「なぜだ。そう悪い名でもないだろうに」
「そうかなぁ。だって、アウロラだよ? ほら、夜の空にひらひらしたの出るじゃんか、あれだよ?」
「ほう、オーロラか。それからとったのか」
「そうだよ。あたしのガラじゃないと思うんだよねぇ。何かよくわからん占い師のばあちゃんがつけたらしいし」
オーロラか。そういえば久しく見ておらんな。
しかし、ガラではないと言われてもなぁ。現にいま、ひらひらしたのを着ておるだろうに。
「まぁ、先生の名前の件は一旦置いておくとしよう」
「そうしようそうしよう。何ならここで捨てても良い感じ」
「そう簡単に捨てるな。それより、だ」
そう言って、しまりのない顔でよだれを垂らしながら眠っている勇者を指差した。
「こいつとはどういう関係なのだ」
「なぁーにぃー? 魔王君、もしかして、やっきもちぃ~?」
「餅など焼かんわ、この状況で」
「もー、ちょっとぐらい付き合ってくれてもさぁ。えーと、トマはね、ウチの近くに住んでたヤツでね、まぁ、何だろ、とりあえず、知り合い、知人、かな?」
「ほう。しかし友達とか恋人はいないと言っていたではないか」
「いやいやいやいや、勘弁して。あたしにだって選ぶ権利あるよね。恋人はまずアウトだけどさ、友達の審査でもまず通らないよ、コイツ。書類審査でもう駄目。アウト。さよなら。来世でも関わってくんな」
「そこまでか。何でだ」
しゃがみ込んでじっくりと観察する。まぁ、しまりのない顔だが、決してブ男というわけでもないと思う。というのは、以前『自称・スーパーイケメン勇者』というのが乗り込んできたのだが、そいつとそう大して変わらないように見えたからである。
「悪い顔では無いと思うぞ」
だからその通りに言ってみた。すると先生はいままでに見たこともないような顔をして、それから超高速で首を左右に振った。おお、その動きだけならレベル20はありそうだ。
「顔とかじゃないから! ていうか、決してその顔も『悪くない』とかってレベルじゃないから! 強いて言えば『もーマジで勘弁して』ってレベルだから。来世に期待してってレベル。イナゴにでも生まれ変われば良いんじゃないかな? そっちのがまだマシ」
「先生は来世が好きだな。しかし、まぁ……そうなのか」
とすると、あの『自称・スーパーイケメン勇者』は何だったのだろう。
「いやマジで勘弁なんだって。そいつ、あたしのストーカーなんだよね。勇者になって旅してた時もさ、ずーっとつけてきてたんだから! あーっ、気持ち悪っ!」
そう言って、先生はぶるりと身震いをした。どうした、寒いのか? もう少し室温を上げようか。
「とっとと追い出してよぉ」
「ふむ。それは吝かではないが……。良いのか? さっきの感じだとコイツは先生を連れて帰りたいようだが。ここにずっといるよりも、人間の世界の方が暮らしやすいのではないのか? もし、そうならば――」
「いやいやいやいや! だとしても、だよ? もー5000万歩譲って、人間の世界の方が良いとしてもだよ?」
「ご、5000万歩か……」
「何なら1億5000万歩でも良いけど、とにかく譲ったとしても、コイツとは絶対絶対絶対ぜぇ~~~~~~ったい嫌! ストーカーだって言ったじゃん! 意味わかる? ストーカーって!」
「いや、わからん。しかし、先生はいつも言うではないか、陰で見守るのも『愛』だと。吾輩は先生からそう習ったのだぞ」
「う、うーん、それとはちょ―――――――っと違うんだよなぁ~」
「違うのか? このトマの『愛』は間違っているのか?」
「そ、そう! 間違ってるの! ブッブー、不正解! 地獄の谷底へゴー! 這い上がってくんな! だから、間違った愛をぶつけられてもノーサンキューなわけ、こっちとしては。わかった? オーケー?」
「うむ、わかった」
ていうか、そんなにここでの生活が良いのか? 娯楽という娯楽もないし、話し相手と呼べるものも吾輩しかおらんというのに。まぁ吾輩にしても業務があるから一日中相手をしてやれるわけでもないし。なるべく定時で上がってはいるけれども。
「では、コイツをどうしようか。勇者だというのならまぁ殺すが」
「そうだねぇ、勇者なら仕方ないよね。うん、仕方ない仕方ない。ていうか、トマもお告げを受けたのかぁ。何かすごいムキムキだけど弱いのかな」
「うむ、勇者ならばレベル1のはずだ。さっさと終わらせるか」
「ねー。ぱっぱと終わらせて、いっぱい遊ぼうー!」
「あそ……っ?! 吾輩は決して遊んでいるわけでは……!」
「にゃははー、ジョーダンジョーダン。お勉強でしたー」
「うぐぐ……」
何だか体よくあしらわれているような気がする。気がするのに、あまり腹が立たないのはなぜだ。
「とりあえず、だ。いくらレベル1とはいえ勇者は勇者。寝首をかいたり、動けない状態で殺すなど、卑怯なことは出来ん。起こすとしよう」
「えー? 良いよぉ~。このまま
「先生、お前それでも元勇者か」
「もー勇者じゃないもーんだ」
「ぐぬぬ……。――ええいっ! 目覚めよ、勇者!」
両手をかざしそう叫ぶと、良い夢でもみていたのだろうか、何やら幸せそうな顔をして眠っていた勇者はぱちりと目を開けた。
「――はっ! ここはどこだ! あっ、そうか、魔王城だった! 卑怯者め、この縄を解け! あ、あぁ! アウロラ! アウロラーっ!! アウロラさーんっ!! あぁ僕の天使! 女神! こっ、こっち向いてくださーい! 視線こちらにお願いしまーす!」
起き抜けに何とも元気なヤツである。
足の先を人魚のようにぐねぐねと動かして何とか先生の近くに移動しようとしているらしいのだが、本物の人魚だって陸地では無理だ。あやつらは水中でしかその下半身を活かせないのである。
「ひえぇ! キモっ! キモいっ! だから言ったじゃん! だから言ったじゃん、ってぇ! 早速キモいじゃん! このまま殺してよぉ~。うぇぇ――……」
とうとう先生は泣き出してしまった。彼女の涙を見るのはこれで2回目である。
「まぁ落ち着け。そんなに嫌なら離れていれば良いだろう」
「嫌だ! 魔王君の近くの方が絶対安全だもん!」
「アウロラ! 可哀想に、魔王に囚われていたんだね。僕が来たからにはもう安心だよ! こんな醜い魔物、僕がいますぐに――――おぶしゅ!!」
「――?!!」
麻縄ぐるぐる巻の勇者は、奇妙な叫び声を上げゴロゴロと床を転がっていった。彼がさっきまでいた場所で右足を高く上げているのは先生である。おい、いつの間に瞬間移動の魔法など会得したのだ。ていうか、ここってレベル上がるのか?
先生はゼイゼイと肩で息をしている。どうやらあのぐるぐる巻勇者を蹴り飛ばしたのは彼女らしい。やっぱりレベル5くらいにはなってるんじゃないだろうか。
「……ないもん」
「どうした、先生。勇者なら吾輩が――」
「魔王君は醜くなんかないもん!」
「え? そうなの?」
いやー、そうはいっても人間と魔物の美醜感覚って絶対違うと思うしなぁ。まぁ確かに吾輩、自分でいうのも何だが、魔物視点では割とそこそこっていうか……、まぁ、『魔王』って肩書き抜きしても結構上位っていうか。魔王就任時は『美魔王誕生!』なんて結構騒がれたというか……。まぁ、前任が兄者だったっていうのもあるけど。兄者の母上はグールだったからなぁ、アレ系の顔って結構好みががっつり分かれるんだよなぁ。
「ごめんね、あのゲロカスストーカー野郎が酷いこと言って。あたしが代わりに謝るから!」
「いや別に、吾輩全然気にしてないが」
「あたし、魔王君のそのよくわかんないトゲトゲの部分とか可愛いと思うし、ザラザラの鱗も撫でるの結構好きだし」
「お、おう……?」
まぁ吾輩もこの頭のトゲトゲの意味はよくわからんが。強いていえば……上から勇者が降ってきた時のため、かな? そんなことあるか?
自身の謎パーツに首を傾げていると、視界の隅の芋虫……じゃなかった勇者がモゾモゾと動き出した。まぁさすがにあれくらいじゃ死なんわな。
「う、うぅ……。アウロラ……どうして……」
「まだ生きとったんか、貴様オラァァァアアっ!!」
「ひぃ!」
そして鬼の形相でそれを再び蹴りに行かんとする先生をとりあえず抱き上げて阻止する。
「先生よ、トドメはさすがに吾輩が。このままでは職務怠慢になってしまう」
「ガルルル……! ガルルルゥ……!!」
最早人間ではない。鼻息もフスフスと荒く、まさに獣である。
何、この部屋に人間を住まわせるとこんな風に進化するの? 進化? それとも退化? これどっち?
「わ、わわわわわ! 怖い! 僕の知ってるアウロラじゃない! でも何だろう、嫌いじゃない、この感じ! じゃなかった。す、すみませんでした!」
「別に謝ってもらわんでも、吾輩は気にしておらん。とりあえず縄を解くから、正々堂々戦おうぞ、勇者よ」
そう言いながら結び目に手をかける。むむ、少々固すぎたか……?
「違うんだ!」
「何がだ。まぁ確かにあそこにいるのはお前の知ってる『アウロラ』ではないかもしれんが――」
「そうじゃなくて!」
「む?」
「おっ、俺! 違うんだよ!」
「何が違うのだ」
「だっ、だから! ここだけの話! 実は俺、勇者じゃないんだよ!」
「何だと?」
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